第12話 最終話 全国大会

 7月末、夏休みに入り、全国大会が開催された。会場は日本武道館である。そこに全国から勝ち抜いた50チームが参加している。各都道府県の優勝校と東京・大阪・北海道は準優勝校も出ている。参加校が多いからだ。

 西田中は、2回戦からの出場だ。東北大会優勝が考慮されている。2回戦の相手は鹿児島のS島中だ。鹿児島は示現流の流れで、激しい動きと強い打ちが特徴だ。それで1回戦を勝ち抜いてきた。その試合を千佳たちはしっかり見て対策をたてていた。

 先鋒横山は、相手の攻撃をなんとかかわし引き分けに持ち込んだ。次鋒の平田は、相手が大きく振りかぶったところをうまくすり抜け、胴を決めた。1本勝ちだ。中堅美香は相手の面をうしろに下がってかわし、面を打ち返した。これで2-0で西田中がリード。だが、副将篠田は2本負けを喫した。勝負は大将戦である。引き分けなら西田中の勝ち。1本差負けなら本数差で西田中の負け。

 千佳は力づくでくる相手をうまくかわしている。だが、相手の動きが速く応じ技がきかない。でも、終了まぎわ、相手は疲れたのだろう。一瞬動きが止まった。そこを千佳は見逃さなかった。渾身の飛びこみ面を決めた。薄氷の勝利であった。

 3回戦。相手は東京のW大付属中学校だ。秋の全国選抜大会の2回戦であたった相手で、その時は辛勝だった。先鋒・次鋒は引き分けた。中堅美香は長身の相手と戦い、面を1本とられて負けてしまった。秋の選抜大会では千佳と戦った相手である。副将篠田はなんとか引き分けに持ち込んだ。またもや大将戦である。引き分けなら西田中の敗退。千佳の1本勝ちなら代表決定戦。2本勝ちなら西田中の勝利である。W大付属中は秋の大会の雪辱を期すべく本気丸出しだ。だが、その気負いがネックとなる。相手の動きを見た千佳が出ばな面2本を決めて、ベスト8入りを決めた。

 準々決勝。相手は大阪のP学院である。秋の大会の準優勝校である。先鋒横山は全く歯がたたず、2本負けを喫した。相手は試合慣れをしている。次鋒・中堅・副将の3人は決めてがなく、引き分けになった。西田中が出ばな面が得意なことを知っているので、無理に打ってこないみたいだった。先鋒が勝ったので、余裕と思っているのかもしれない。大将は、がっちりした体格の黒田だ。体当たりしてもびくともしない。千佳は何度かしかけたが、なかなかのってこない。引き分けで向こうの勝利になる。先に打ってくる気配はない。終了まぎわ、千佳は捨て身の技をくりだした。渾身の小手を打ちにいったのだ。だが敵はさる者、千佳の小手打ちを予想していたかのように、大きくふりかぶって面を打ってきた。小手抜き面がものの見事に決まるかと思いきや、千佳は竹刀を斜め左上にして、その面を受けて、そのまま竹刀を返して逆胴を打って下がった。相手は自分の技に自信をもっていたのだろう。あっけにとられて、動きが止まった。白旗が3本あがっている。すぐに終了のホイッスルがなり、代表決定戦となった。

 千佳の相手は、先鋒ででてきた会田である。なかなかのテクニシャンだ。だが、試合は決めてに欠けて、延長戦に入った。千佳は大将戦から続けての代表決定戦で体力を消耗している。一瞬、千佳の動きが止まったところに、会田の小手がさく裂した。千佳は小手すり上げ面にいこうとしたが、時すでに遅し。小手があたっていた。西田中はベスト8で敗退となった。秋の全国選抜大会と同じだったが、今回は公立ナンバー1にはならなかった。東京のT大付属中学校がベスト8に入っていたからである。

 西田中に勝ったP学院は準決勝で北海道のH海学園に負け、決勝は九州のK学院との戦いになり、3-2でK学院が優勝した。千佳は決勝戦をじっと見つめていた。(上には上がいる)という思いが強くなったが、決して届かない世界ではない。それを明日の個人戦で果たす作戦をはりめぐらしていた。

 西田中のメンバーはその日の新幹線で地元にもどった。千佳のサポートは副顧問の木村である。稽古相手はできないが、身の回りの世話はできる。夕食もいっしょに食べることにした。そこで、木村が千佳に問いかける。

「千佳さんは高校どうするの? 千佳さんの成績ならA高でも入れるよね。でもA高剣道部は弱いか。すると剣道の強いB高かな?」

「まだ考えていません。今は明日の個人戦のことでいっぱいです」

「でしょうね。目標はベスト8かな?」

「目標はありません。しいていえば、一戦一戦を勝ち抜くことです」

「それだと目標は優勝になっちゃうわね」

「そうですね。最初から負けることを前提をしているのは性に合わないんです」

「さすが、東北チャンピオン」

「勝負に生きる人間はそんなものですよ」

「そうか、私にはわからない世界だね」

「ところで、木村先生、D学院をどう思いますか?」

「進学先として、ということ」

「私立に行くことは全く考えていなかったんですが、スポーツ特待生の制度があるって聞きました」

「そうだね。東北チャンピオンなら問題なく特待生だね。でもD学院は宗教学校だよ。千佳さんは宗教にこだわらない?」

「そうですね。家は仏教ですけど・・」

「D学院は毎日お祈りの時間あるわよ。耐えられるかな?」

「剣道のためとなれば・・」

「そうね。まあ、よく考えてみたら・・家族の考えも大事だし」


 翌日、個人戦が開催された。個人戦も全国から50名が参加している。千佳は東北チャンピオンということもあり、2回戦からの出場である。相手は愛媛代表の松山である。千佳の出ばな面2本が決まり、3回戦進出。

 3回戦は、山形代表の中園。千佳が出ばな面を得意としているのは承知している。なかなか打ってこない。そこで、千佳がフェイントをかける。面と見せかけての小手が決まった。まともにあたったので、相手は右手を振り痛みをやわらげている。戦意も失ったのか、千佳の1本勝ちで準々決勝進出。

 準々決勝は、青森の原田だ。東北大会の決勝戦の相手である。相手は千佳の剣道を研究しつくしている。前回は動き回って、疲れたとことろを面をとられたので、今回は警戒してなかなか打ってこない。延長戦にはいった。そこで、原田がおもいきって面にくる。千佳はそれを抜いて胴を決めた。それまで一度も胴を打つことなく、相手の裏をかく技をだしたのだ。

 準決勝の相手は熊本の工藤。K学院の大将である。今回の全国大会で無敗を誇っている。千佳は工藤とあたると思い、ずっと試合を見てきた。剣風は自分によく似ていると思った。自分から打つことはめったにない。でも、いざという時の飛び込み面は素早い。間合いをぐっと詰めてきて、相手の動きを誘い、そこで応じ技を決めるというのは千佳と同じなのだ。まるで自分のクローンと戦うような気がした。

 試合開始、二人でにらみ合い、間合いどりが始まる。相手がぐっと詰めてくると千佳は無理せず下がる。千佳が詰めると向こうが下がるをくり返している。そこで、千佳は意表をつく技にでた。竹刀を上からたたいて、面にいくとみせかけて、胴を打ったのである。これが決まった。(してやったり)と千佳は思った。だが、審判の

「はじめ」

 の合図とともに、相手がとびこんできて、小手打ちにきた。千佳はそれを抜こうとしたが、ものの見事に決められた。ちょっとした気のゆるみに、つけこまれたのだ。延長戦にはいった。にらみあっている時間が続く。だが、千佳が意表をつく技にでた。相手の出ばな小手をさそうべく、一歩前に出る。相手は出ばな小手にこない。そこで、大きく振りかぶってかつぎ面にいく。間合いとタイミングはバッチリだ。だが、相手は下がって、千佳の面をすり上げ、面を打ち返してきた。それが千佳の頭上にあたる。千佳の得意技をとられてしまった。

 千佳は無言で面をはずし、決勝戦に見入った。決勝は熊本の工藤と大阪の会田である。剛の工藤と柔の会田の戦いである。どちらの相手にも千佳は勝てなかった。どこが自分と違うか、迷いながら見ていた。動きはさほど大差ない。気合いも同じ程度だ。打ちもさして変わらない。違うとすれば、相手の動きを見極めることか、やはりライバルが近くにいることが大事なのかもしれない。と千佳は思い始めていた。

 決勝の結果は大阪の会田が延長で勝った。工藤ががまんしきれなくて打ってきたところを出ばな小手を決めたのである。

 表彰式の後、会田が千佳に声をかけてきた。

「決勝であたりたかったわね。高校でまたやろうね」

 と言われたので、千佳は無言の作り笑いで返した。今の千佳はくやしさでいっぱいで、言葉にすると、とんでもないことを言い出しそうだった。

 閉会式後、副顧問の木村といっしょに新幹線に乗った。終始無言だった。木村が「3位入賞すごいね」

 と言うが、無反応だった。夜7時に仙台駅に着いた。すると、美香たち西田中のメンバーと学校関係者が迎えにきてくれていた。手書きで「3位入賞おめでとう」とボードに書いてある。それはそれで、千佳はうれしかった。それ以上に喜んでいたのは美香たちチームメートである。涙を流さんばかりにいる。

 3年生は、昨日の全国大会で引退している。夏休みあけに引退稽古があるが、それを終えれば、中学校で竹刀を握ることはなくなる。そこから受験戦争へと突入していくのである。美香は剣道が強いB高志望。横山と平田は地元のT高志望。篠田は母親の母校である女子校のM学院である。美香以外は剣道を続けるつもりはないようである。いわば燃え尽き症候群である。

 千佳は、仲間に感謝するとともに高校進学を真剣に考えるようになっていた。稽古は週に2回に減らした。知らない道場に通うのは選択せず、週に2回、市の武道館の稽古に参加するようにした。もちろん、毎朝の1000回素振りと夕方の形の稽古は欠かさなかった。

 夕陽に映えるその横顔は、未来を見据えているようで輝いていた。


あとがき


 剣道の世界を垣間見ていただけたでしょうか。剣道用語がたくさん出てきて、わかりにくい点が多々あったと思います。書いていて、剣道の技を表現することの難しさを感じていました。でも、自分の40年以上にわたる剣道人生の集大成と思いながら書いていました。ただ剣道の紹介というより、一人の女性剣士の成長ぶりを見てもらいたいと思いました。いじめにあいながらも耐え忍んで、自分を磨いていく。その中で、信頼できる友を得、よきライバルにもめぐりあえる。

 今回は中学校編でした。いずれ、高校編を書こうと思っています。県立校にいくのかD学院にすすむのか、迷っているところですが、その結果も楽しみにしておいてください。

 次回作は、ガラッと変わり、おっさん先生が主人公の話です。「代替体育教師、おっさん先生走らず」というタイトルで、妊娠している女性教諭の代わりに体育授業を受け持つ先生の奮闘(?)ぶりを描きます。興味がある方はぜひ読んでみてください。    飛鳥竜二

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剣士 千佳 飛鳥 竜二 @taryuji

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