第11話 東北大会 千佳3年生

 今年の大会は岩手の盛岡城内にある県武道館で開催されることになった。コートは3面しかないが、趣のある会場だ。1日目は女子、2日目は男子の大会が行われる。

 団体戦は県から4校ずつ、24校で行われる。3校ずつの予選リーグはいつもと同じだ。西田中の相手は岩手2位のM沢中と福島3位のK峰中だ。M沢とは3ー1,K峰中とは4-1で勝利した。ひとつ気がかりなのは、大将の千佳が本調子ではない。副将までに勝負が決まったとはいえ、2試合とも1本負けを喫したのである。いつもの千佳の剣風ではない。わざと手を抜く千佳ではないので、体調に問題があるかと思っていた。だが、理由は違っていた。弟大介が、38度の熱をだし、病院に検査に行っていたのである。予選リーグが終わったところで、母親から連絡のメッセージが入っていた。「大介、陰性」という簡単なものである。これで、千佳が復活した。今までは感染症にかかっているかと思い、気合いをだすこともできなかったのである。これで、心おきなく試合にのぞむことができる。

 決勝トーナメントは福島1位のA津中。先鋒横山は引き分けた。次鋒平田は、小手抜き面を打たれ1本負け。中堅美香は出ばな面を決めてタイに持ち込む。篠田は抜き胴を決められてA津中の王手となった。

 大将千佳は予選リーグのうっぷんをはらすかのごとく、動きが活発だ。あっという間に2本を決めて、もどってきた。さすが東北チャンピオンの貫禄だ。

 準決勝は、秋田1位の秋田K大付属中学校である。先鋒横山と次鋒平田は引き分けた。中堅美香に期待がかけられたが、手強い相手で1本負けを喫してしまった。団体戦で美香が負けるのは珍しい。副将篠田はなんとか引き分けに持ち込んだ。決勝進出は千佳の双肩にかかってきた。だが、千佳は何も苦にすることなく、面と小手を決めてもどってきた。その剣風はまるで王道みたいな風格だ。

 決勝の相手は、準決勝でD学院を破った青森のA大付属中学校だ。昨年の新人戦の時の再演だ。試合前のあいさつでは、相手は勝つ気満々だ。新人戦では3-1で西田中に勝っている。東北では敵なしである。ただ、千佳だけはマークされていた。大将の原田は鋭い視線を千佳に向けている。原田は準決勝で渡部姉と引き分けている。千佳にとってはあなどれない相手だ。

 試合開始、先鋒横山と次鋒平田は1本負けを喫した。このまま敗退かと思いきや中堅美香は引き分けた。そして副将篠田は終了まぎわに出ばな面を決めて意気揚々ともどってきた。大将千佳に託す。

 大将戦が始まった。2人の最初の気合いが会場内に響く。原田がじりじりと間合いを詰める。まるで千佳のかつての剣風だ。出ばな面ねらいがありありだ。千佳はフェイントをかけるが、原田はのってこない。(本気でこい)と言っているようだ。

 千佳が竹刀をたたいて打っていくと、原田は後ろに下がる。千佳の剣風は完全に研究されている。ましてや引き分けでA大付属中の勝ちが決まる。審判に反則をとられない程度に動けばいいのだ。だが、その中途半端な技を千佳は見逃さなかった。終了間際に、原田が小手面からつばぜり合いに持ち込もうとして、千佳に体当たりにきた。その体当たりをはね返すのではなく、その力を活かして、後ろに下がって面を打った。それがきれいに入った。千佳の1本勝ちである。原田はすごくくやしがっている。代表決定戦となった。西田中は千佳がでる。A大付属中はもめている。どうやら大将の原田が監督に出させてくれと懇願しているようだ。監督としては休養充分の先鋒を出すつもりのようだった。先鋒に面を着けるように指示をしていたからだ。結局出てきたのは原田だった。

 代表決定戦が始まった。1本勝負である。原田はまたもやじりじりと間合いを詰めてくる。千佳は相手が出ばな技をねらっているのはわかっているので、それをさそうことにした。面と見せかけて大きく前に出て竹刀をやや下に向ける。案の定、原田は出ばな面にくる。そこを千佳がすり上げて面を打つ。前に出る面すり上げ面だ。美香は後ろに下がるのは見たことはあるが、前に出るのは初めて見た。中学生にとっては最高レベルの高等な技なのだ。白旗3本があがり、千佳の勝利が決まった。西田中が東北大会優勝。公立学校の優勝は10年ぶりの快挙である。会場は大歓声につつまれた。

 昼休み、控え席で西田中のメンバーは保護者たちからもみくちゃになるほどの歓迎を受けた。そこに、意外な人物がやってきた。千佳の父親だ。まわりの保護者は一瞬凍りつき、立ちすくしている。それだけオーラが強い。二人がどういう会話をするのか、皆、聞き耳をたてている。

「決定戦の技はよかったな」

 と、父親はめずらしく千佳を誉めた。

「見ていてくれたのね。ありがとう」

 千佳が父親に感謝の言葉を言うのを初めて聞いた。

「個人戦もがんばれよ。要は一歩前進だ。オレは本庁から呼び出しがあって、もどらなければいけない。かげながら応援しているよ」

「気をつけていってね。スピード違反でつかまらないようにね」

「何言っているんだ! 警察官がスピード違反でつかまったら洒落にならんだろ」

 という会話で、まわりから失笑が起きた。千佳の父親は周りの保護者たちにあいさつをして、そそくさと会場をあとにした。


 午後の個人戦、千佳は無難に予選リーグを勝ち抜いた。決勝トーナメント1回戦の相手はA大付属中先鋒の北沢だ。団体戦では横山に1本勝ちしている。千佳は、北沢の剣風を見て、小手打ちにくることが予想できた。そこで、ねらいは小手すり上げ面だ。だが、北沢は千佳の出ばな面を警戒して、なかなか打ってこない。終了まぎわに、千佳は相手をさそうべく、大きく一歩前へでた。案の定、小手うちにくる。千佳はそれを払って、小手を打ち返した。間合いを詰めずに打たなければいけない高等技だ。一瞬の技でふつうの人ではわからなかったかもしれないが、審判の赤旗が3本上がった。その後、終了のホイッスルがなり、千佳の準決勝進出が決まった。

 準決勝の相手は、D学院の渡部姉である。組み合わせの妙で、ここであたってしまった。ここまでの戦績は2勝2敗2分けである。イーブンである。中学生の公式大会で渡部姉とあたるのはこれが最後。因縁のライバルとの最終決戦である。

 試合が始まった。最初の気合いが会場に響く。お互いに気合いがはいっている。だが、またもやにらみ合いである。しかし、審判は合議をかけない。消極的ではなく、緊迫している雰囲気を感じ取ったからである。3分がたち、延長戦となった。とたんに渡部姉が面を打ち込んできた。その気迫に千佳は応じ技が出せずに、下がるのが精一杯だった。そしてまたにらみ合いが続く。というか、間合いを詰めたり離れたりをしている。2分がたち、再延長。またもや渡部姉が動いた。間合いをつめて、小手にくる。今度は千佳は下がらない。出ばな面にいく。だが、渡部姉は体を右にはずし、胴を打ちにくる。絶妙の小手胴だ。審判団の白旗が3本上がった。一瞬の違いで、千佳の面があたっていたのだ。試合後、渡部姉が千佳に近寄ってきて

「これで、あなたの勝ち越しだね。続きは高校生になってからだね」

 と話しかける。千佳は笑顔を返しただけであった。


 決勝の相手は、A大付属中の原田だ。準決勝でD学院の渡部妹を破って決勝にすすんできた。原田は団体戦の雪辱を果たすべく、気合いが入っている。試合が始まるとすぐに打ってきた。千佳はおさえるしかなかった。原田優勢で試合がすすむ。千佳も応じ技を出すが、原田の動きがいいので、なかなか決まらない。ところが、終了まぎわ、原田は疲れてきたし、延長戦が頭をよぎったのであろう。一瞬動きが止まった。そこを千佳は見逃さなかった。渾身の飛び込み面がさく裂する。赤旗が3本あがる。そして時間切れとなった。千佳の優勝である。試合場でのあいさつを終えて、面をはずし、お互いに正座をして場外であいさつをかわす。その時の原田の一言、

「全国大会でまたやりたいね。その時は私が勝つから」

 千佳は全国大会の個人戦に出られないのを原田は知らないようだ。

 表彰式は西田中の応援団の大きな拍手で包まれた。団体と個人の両タイトルをとったのだから無理もない。記念写真の際も大いに盛り上がった。


 翌日、意外な報がもたらされた。D学院の渡部先生が盛岡からの帰りに交通事故に巻き込まれたというのだ。それに渡部姉妹も乗っていたとのこと。大けがをしたらしい。

 後日、県の剣道連盟から

「全国大会に中嶋を推薦したい」

 という連絡がきた。渡部姉妹は足を骨折しており、全治3ケ月とのこと。そこで、東北チャンピオンの千佳にお鉢がまわってきたのだ。大会規定には各県から1名ということなので、何も問題はない。

 千佳は顧問の山村と一緒に渡部姉妹が入院している病院に見舞いに行った。

「あら、珍しい人がきてくれたわ」

 と足を吊ったベッドの上で、渡部姉が迎えてくれた。

「この度は災難でしたね」

 と千佳が言うと、

「へえー、ふだんはやさしい声を出すのね。剣道の時は激しい声をだすから、もっと太い声かと思っていた」

 そう渡部姉から言われ、いつも笑顔を返すだけの自分を思いおこす千佳であった。ひととおりの見舞いの言葉を言い、去ろうとすると、

「中嶋さん、全国大会がんばってね」

 と言われた。自分の代わりに千佳が出場するのを知っているようだった。

「はい、渡部さんの分もがんばります」

「自分の剣道を信じて、やれば大丈夫よ。ところで、来年一緒にやらない?」

 そこで千佳は足を止めた。

「一緒って?」

「D学院にこないかってことよ。スポーツ特待生になれば、県立の学校に行くより安くすむと思うよ」

 千佳はすぐ返事ができなかった。

「何もすぐに返事しなくていいよ。12月にスポーツ特待生の選考会があるから、それまでに決めればいいわ。私も妹もそれを受けるから。3人がそろったら最強よ。K学院やP学院にも負けないわ。高校で全国大会制覇ができるかもね」

 その言葉に千佳は、心が動いた。でも、すぐには決められない。

「考えてみます」

 とだけ返事をして、病院を去った。今は全国大会に集中せねばと思う千佳であった。

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