第10話 県大会
6月、県北のN町体育館で県大会が開催された。新人戦と同じ会場である。第1シードはD学院、第2シードが西田中である。上位4校が東北大会に進出できるのは新人戦と同じだが、優勝したチームだけが全国大会に出場できる。東北大会で勝っても全国大会にはつながっていない。全国大会に出るためには、D学院に勝たなければならない。直接対決で勝ったことはまだ一度もないのだ。厳しい戦いになることは充分予想できた。
予選リーグは無難に勝ち抜いた。決勝トーナメント1回戦の相手は地元N中である。千佳が2年の夏までいた学校である。いわばいわくつきの相手である。しかし、試合前の挨拶ではN中の大将の目つきは鋭いものの、千佳の目つきはやわらかい。N中はすでに眼中にない、という顔をしている。
先鋒の横山は1本勝ち、次鋒の平田は2本負け、中堅の美香は1本勝ち、そして副将の篠田は2本負けを喫した。勝者数は2-2とタイだが、本数では2-4で負けている。千佳が引き分けだと負けてしまう。勝つしかない。相手は田嶋である。先ほど千佳をにらんでいた相手である。
試合が始まると、田嶋は積極的に撃ってきた。まるで、かかり稽古みたいな勢いだ。千佳は防戦一方である。それが1分ぐらい続いた。それで、やっと見あう時間となった。そこに千佳が渾身の飛び込み面を打つ。田嶋は出ばな面にくる。相打ちかと思われたが、白旗が3本上がった。千佳の勝利である。だが、2本目は田嶋の小手が決まった。1本とった千佳が構えた瞬間に、捨て身の小手打ちを田嶋が見せたのである。残り時間は少ない。田嶋はもう打つ気はないようだ。そこに、千佳のかつぎ面がさく裂する。田嶋は身をのけぞらせてそれを防ごうとするが、またもや白旗3本があがった。かろうじて西田中の勝ちとなった。
準決勝の相手はM学院。女子高の中高一貫校だ。今年、有望な1年生が入り力をつけてきた。
先鋒の横山の相手は、その1年生。横山は小手胴を打たれて1本負け。相手の動きが素早い。次鋒の平田は2本勝ち。中堅美香と副将篠田は引き分けた。またもや大将戦である。相手は本数で負けているので、本気でかかってきている。千佳はまたもや防戦一方になった。そこに相手の面がぽこんとあたってしまった。千佳が2試合続けて、相手から1本とられるのを美香は初めて見た。
(今日の千佳はなんかおかしい)
と思っているのは美香だけではなかったようである。
そこで、千佳は目覚めたのかもしれない。竹刀を上からたたいて、飛び込み面を決めた。結果、千佳は引き分けで本数差で西田中が決勝進出を決めた。
控え席にもどってきた千佳に、美香が尋ねる。
「千佳、今日調子悪くない?」
と聞くと、
「うん、ちょっと熱っぽいんだよね」
という返事に、後の3人も近寄ってきた。美香が千佳のおでこをさわると、確かに熱っぽい。
「千佳、大丈夫?」
と4人が聞く。
「まあ、何とか・・」
ということで、監督の山村には内緒で決勝にのぞむことにした。千佳をのぞく4人はいつになく気合が入っている。
相手は強敵D学院。先鋒横山は出ばな面を決めて1本勝ち。次鋒平田も出ばな小手を決めて1本勝ち。これで2-0でリードした。応援団は大盛り上がりだ。ところがD学院がこのまま引き下がるわけはない。中堅の渡部妹は美香から面2本をとった。でも美香も抜き胴1本を取り返している。副将篠田はねばって引き分けに持ち込んだ。そして大将戦。引き分け以上で西田中の勝利。千佳の1本負けなら代表決定戦。2本差負けなら本数差でD学院の優勝である。渡部姉は最初から積極的に打ってくる。千佳はまたもや防戦一方だ。動きがすごく悪い。顧問の山村が、美香に聞く。
「千佳の調子が悪いな。どうかしたか?」
と聞かれて、美香は本当のことを言うしかなかった。
「ちょっと熱っぽいです」
「ひどいのか?」
「いえ、本人は大丈夫だと言っています。でも、ベストではないです」
「そうか。鉄人も熱には弱いか」
そう言い残して、試合を見守っている。
2分ほど経過したところで、渡部姉の面が決まった。このままだと代表決定戦だ。だが、渡部姉は攻撃をやめない。体当たりをくらうと千佳はふらついている。3分が近づき、タイムキーパーがホイッスルに手をやる。今はブザー形式のホイッスルだ。それを鳴らそうとする瞬間、渡部姉が飛び込み面にいく。が、千佳が最後の力を振り絞って出ばな小手を打つ。それが決まった。3人の審判の白旗が上がるのと、試合終了のホイッスルが同時だった。同時は有効打として認められる。結果、西田中の優勝が決まった。応援団は歓声とともに、大きな拍手をしている。だが、試合を終えて、控え席にもどってきた千佳がドタッと倒れた。あわてて山村が千佳の面をはずす。大会本部席から救護担当が駆け下りてきて、千佳の様子を見る。そして、
「救急車を呼んで!」
と叫んでいる。千佳は更衣室に運ばれ、防具をはずされ、救急車に乗せられていった。副顧問の木村が付き添っている。試合後のあいさつや表彰式は千佳抜きで行った。西田中は念願の初優勝を果たしたが、だれの顔にも笑みはなかった。この時点では、明日の個人戦に千佳が出られないと思っていた。
N町の隣の市のビジネスホテルに美香たち3年生は泊まる。1・2年は帰宅した。副顧問の木村からの連絡では、千佳は意識を取り戻し、病室で点滴を受けているとのこと。熱は37度8分だということだ。やはり高熱をがまんして試合にのぞんでいたのだ。千佳が明日の個人戦に出られないのでは、ここにいても意味がないのだが、可能性があるので泊まることにした。千佳の母親が病院に向かっているということだ。最終判断は千佳と母親の判断になる。
翌日、会場で待っていると、母親のクルマで千佳がやってきた。防具は美香たちが預かっていた。千佳が
「みんな心配かけてごめん。何とか37度より下がったので、やってきました」
そこに顧問の山村と木村もやってきた。
「千佳、大丈夫か?」
「何とかやれます」
「無理はするなよ。調子が悪くなったらすぐに言うんだぞ」
ということで、会場に入った。美香が練習相手をすることになっていたが、
「今日は練習をやめとく。ストレッチだけにしておく」
ということで、美香が練習相手をすることはなくなった。
予選リーグは2戦とも1本勝ちで抜けた。でも、千佳は肩で息をしている。やはり本調子ではない。男子の個人戦では樋口が1勝1敗で予選リーグを抜けることはできなかった。樋口も千佳の応援にまわってきた。
決勝トーナメント1回戦。相手はN中の田嶋だ。団体戦の雪辱を果たそうと気合いが入っている。昨日、千佳が倒れたのは知っているので、休ませる気はなさそうだ。攻めに攻めてくる。だが、千佳もさる者。おっさん剣道の面返し胴を決めた。その1本で決まった。
準決勝は渡部妹。ここまで千佳の3勝1敗2分け。本来のコンディションならば勝てない相手ではないが、今日の千佳は絶不調。あっけなく2本をとられて負けてしまった。3位となり、東北大会出場は決めたが、個人での全国大会出場はできなかった。ちなみに優勝は渡部姉だった。表彰式後、千佳は渡部姉に
「体調がいい時にまたやろうね。東北大会を楽しみにしているよ」
と言われてしまった。千佳はにこやかに笑って、握手をするだけだった。
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