第9話 区大会
5月末、区大会が始まった。西田中は第2シードである。第1シードはもちろんD学院だ。
予選リーグはT中とK中である。どちらも西田中の相手にはならない。2戦とも圧勝だった。
決勝トーナメント1回戦は隣学区のS中である。何度か練習試合をしているし、美香の小学校時代の同級生もいる。美香のいた小学校は西田中とS中に分かれて進学するのである。それでも試合は真剣勝負。先鋒の横山と次鋒の平田は引き分けた。中堅の美香は、出ばな面が得意だとばれているので、相手はまともに出てこない。それで、結局引き分けになってしまった。すると、副将の篠田も引き分けになってしまった。こういう時は連鎖するものである。
大将戦となった。相手は練習試合で対したことがあり、千佳の剣風はばれている。相手はなかなか打ってこない。攻める剣をしなければならない。
千佳はフェイント攻撃をしかけた。面を打つとみせかけて、いつもより大き目に前にでた。すると相手は案の定出ばな小手にやってきた。千佳の想定どおりだ。千佳はその小手をすりあげて面にいく。中学生ではなかなか見ない技だ。警察剣道で稽古をつんできた千佳だからできる技である。結局、この1本で試合が決まった。控え席にもどってくると、応援団からは大きな拍手が巻き起こった。まるで優勝したような騒ぎだ。美香はS中のメンバーから
「絶対優勝してね」
と激励を受けている。隣接校ゆえの親しさでもある。
準決勝の相手は、武道館出身者が多いK杉中である。第3シード校だ。市の中心部にあり、歩いて武道館に通うことができる。5人全員が小学校剣道を経験している。西田中で小学校剣道を経験しているのは美香と千佳だけだ。先鋒横山と次鋒平田はどちらも1本負けを喫した。中堅美香は面1本を決めて後に託した。副将篠田は粘って引き分け。上背があるので出ばな面を打っていれば、相撃ちにもちこめる。そして大将の千佳の出番である。相手は千佳と同じような体格で、テクニシャンだ。油断はできない。1本勝ちすれば代表決定戦に持ち込める。
試合がはじまった。はじめの気合いだけは聞こえたが、あとはにらみあいだ。相手にすれば、引き分けでいいのだ。自分から打っていく必要はない。千佳がしかける。間合いを詰めるが、相手はたくみに動き、間合いを近づけない。それも反則がとられないように動き、千佳の竹刀を払うなどしている。その一瞬の動きを千佳は見逃さなかった。竹刀を払われたところで、相手の小手を撃ったのだ。払いにさからうのではなく、その勢いそのままにまわすように小手にいったのだ。白旗3本があがった。残り時間は少ない。相手は代表決定戦に持ち込みたくなかったのだろう。千佳が東北チャンピオンと知っているからだ。捨て身の飛び込み面に打ってきた。だが、千佳はよく見ている。返し胴を決めた。千佳の勝利、西田中の決勝進出である。
控え席にもどってきて、千佳いわく
「おっさん剣道で勝ってしまった」
美香が尋ねる。
「なに? そのおっさん剣道って」
「楽して勝つ技のこと。道場で師範の先生方がよくやるやつ。面返し胴とか面すり上げ面とかね。父親がぜったいほめない技のことよ」
「大変ね。すごいお父さんがいると」
「口きかないけどね」
「反抗期だからね」
と言って、二人で笑い合った。
決勝戦、予想どおりD学院との対戦だ。渡部妹は先鋒ではなく、中堅にもどっている。正攻法だ。
先鋒横山、奮戦むなしく2本負け。
次鋒平田、ねばって引き分け。
中堅美香、渡部妹に面をとられるが、終了まぎわに意外な抜き胴を決めて引き分けに持ち込む。控え席にもどってきて、千佳に一言。
「私もおっさん剣道してしまった」
千佳は面の下で思わず吹き出してしまった。
副将篠田もねばって引き分けに持ち込んだ。大将の千佳が2本勝ちすれば代表決定戦に持ち込める。
渡部姉は引き分けでいい。積極的には出てこない。出ばな技ねらいなのは明白だ。千佳はフェイントねらいだが、それにはのってこない。大技をだしても、うまくかわされる。終了間際に捨て身の小手撃ちにいったが、うまく抜かれて面を打たれそうになった。頭をずらしたので1本にはならなかった。結局、引き分けでD学院に優勝をとられた。雪辱は県大会に持ち越しだ。
男子部は予選リーグを抜けたが、決勝トーナメント1回戦で敗退した。千佳の弟大介は、防具を着けて稽古を始めると、2年生を破り、レギュラーの一角に食い込んでいた。ポイントゲッターになっていたので、負けた2年生は表立って文句は言わなかった。千佳の弟というのも大いに関係している。大介の「下手くそ」発言も、その後は控えて、先輩を敬う態度をとっている。
翌日は、個人戦。新人戦の結果でシードが決まるので、千佳は第3シードだ。準決勝で渡部妹にあたる。美香はまやもや決勝トーナメント1回戦で渡部姉にあたるブロックにいる。
美香は渡部姉から1本とることができた。出ばな小手が決まったのである。でも、その後は渡部姉の猛攻にあい、面2本をあっさり取られ敗退した。口ではくやしさを表しているが、顔の表情はゆるんでいる。新人戦では全く歯がたたなかった渡部姉から1本とれたのである。
千佳は準決勝まで全て2本勝ちであがってきた。それも全て1分以内という省エネ剣道である。東北チャンピオンの貫禄といったところか。
準決勝が始まった。渡部姉は決勝進出をすでに決めている。千佳は渡部妹と剣を交えるのは6度目だ。今までは千佳の2勝1敗2分け。渡部妹は、本気モード全開だ。「はじめ」という主審の合図とともに打ってきた。それを千佳が相打ちに持ち込む。それでも渡部妹の猛攻が続く。そのたびに千佳は相打ちにもっていく。こうなると体力勝負だ。3分間が過ぎ、延長戦となった。とたんに、渡部妹の動きが止まった。疲れたと思わせる作戦だ。千佳が攻めてくるのを待っている。そう千佳はとらえた。そこで、フェイント技にでた。まずは竹刀を払う。それには渡部妹はのってこなかった。次に、間合いを大きくつめて、出ばな技をさそった。それでも打ってこない。本気で打つしかない。
再延長にはいった。そこで、千佳はあらんかぎりの瞬発力で飛び込み面にいった。それを渡部妹は見逃さない。体を右に動かし、抜き胴にきた。千佳の面が渡部妹の面の左側にあたる。そして、渡部妹の抜き胴があたる。ふつうならば相撃ちと判定されるが、旗が3本上がった。赤が1本と白が2本。千佳の面が早いと判定されたのだ。延長戦ゆえに引き分けと判定されなかったのだ。
美香が近寄ってきて、千佳にドリンクをすすめる。千佳ののどはからからだった。
決勝戦、先に決勝進出を決めていた渡部姉は体力的に余裕がある。それに東北新人大会での雪辱を期すべく、気合いが入っている。
試合開始。最初の気合いが会場内に響く。二人とも負けていない。だが、その後はにらみ合いが続いた。そこで主審が合議をかけて、二人に反則を宣告する。それでも二人は動かない。またもや合議がかかり、2度目の反則宣告。これでどちらも1本ずつとられ、「勝負」となった。美香は消極的ということで、双方が1本ずつとられるのを初めて見た。だが、2人の試合は消極的ではない。むしろ緊迫しているといえる。主審もそれがわかって、早めに反則2回を宣告したと思われる。延長にはいっての1本勝負ではなく、早めの1本勝負を見たかったというしかない。
渡部姉が動いた。渾身の飛び込み面だ。それに千佳が応じる。後ろに下がって面を抜く。そして大きく振りかぶって面を打つ。まるで真剣での試合を見ているみたいだ。白旗が3本上がった。審判団も文句のつけようがない面だった。
試合後、場外であいさつをかわした千佳に渡部姉が一言、
「この借りは県大会で返すからね。でも、いい試合だったわ」
千佳はニコッと笑みを返した。いいライバルであることには違いない。
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