第8話 春、新年度開始。
4月になり、新入生がはいってきた。千佳の弟、大介も男子剣道部に入部した。数日後、トラブルが発生した。
大介が先輩の稽古を見て、失笑したのである。それで笑われた2年生が
「そんなら防具をつけて、勝負しろ!」
と怒鳴っている。どうやら2年生はバカにされたと感じたようである。主将の樋口が間に入ってなだめている。その様子を見た美香が更衣室にもどり千佳を呼んできた。千佳は状況をすぐに察知した。小学校剣道でそれなりの結果を残していた弟の大介が、防具をつけないで、素振りとかの基本練習ばかりをさせられていると、家で文句を言っていたからである。千佳は大介に向かって
「大介、先輩に何を言ったの!」
と強い口調で言った。すると、大介がぼそっと
「下手くそって言っただけだよ」
と応える。それに千佳が対する。
「やっぱり。それが余計なことなの。いい、中学校剣道はチームなの。あなたのやっていることはそのチームをぶち壊すことなのよ。今回は、大介が悪い。ちゃんと謝んなさい!」
と強く言う。あまりの剣幕に騒いでいた2年生もおとなしく見ている。樋口たち、他の部員もあっけに取られて見ている。ふだん寡黙の千佳しか見ていないからだ。
そこで、大介はしぶしぶ頭を下げた。それを受けて2年生は
「わかったよ。これからは気をつけろよ」
と言って、騒ぎはおさまった。樋口が大介と話をしたいと更衣室に連れていった。言いたいことを吐き出させた方がいいと思ったからだ。
その夜、千佳は大介と話をした。
「大介よく聞いてね。前に道場の藤岡先生から言われたでしょ。剣道は技を磨くだけでなく、心も磨かないといけない。その中心は礼節だ。相手に対する敬意ともいえる。そういうことを稽古前によく言われたでしょ。あなたはその言葉を忘れたの?」
「そんなことないよ。切磋琢磨が大事とも言われた」
「切磋琢磨というのは、傷つけあって伸びるものじゃないでしょ」
「姉ちゃんだって、中1の時に中2の先輩に勝ったじゃないか」
「そりゃそうでしょ。勝負は真剣勝負よ」
「俺だって、真剣勝負したかったよ。でも、防具をつけさせてくれないし、あの2年生は下手くそなくせに、先輩風をふかせるんだもの」
「その考えが間違いの始まり。先輩風をふかせるのは当然よ。彼らもそうされてきたんだから」
「姉ちゃんは、それで剣道部をやめたじゃないか」
「そ、それは1年生の仲間が助けてくれなかったからよ」
「上級生にいじめられたからじゃないの?」
「無視はされたわ。でも男子部だから直接は関係ない。それより女子部の仲間が、その先輩に忖度をはじめて、私を無視しはじめたの。町の実力者の息子だったからね」
「それでやめちゃったのか」
「まあね。友達とあらそって過ごすのはやりたくなかったしね。剣道は道場でもできるし・・、大介も道場でやる?」
「いや、今日樋口さんから5月から防具を着けさせると言われた。それまで辛抱しろと言われたので、がまんすることにした。忍耐も修行だから」
「あら、大介もものわかりいいね」
「姉ちゃんみたいになりたくないからね。前の学校にいた時、姉ちゃんは暗かったからな」
「なにをナマ言ってるの」
と言い合って、その日は終わった。
そして、4月末、ゴールデンウィークの初めに山形で「さくらんぼカップ」という大会が開催された。これは、東北の公立中学校だけが参加できる大会である。西田中は優勝候補である。この大会と同日に青森で「りんごちゃんカップ」という大会が行われている。これは私立学校だけの大会である。りんごちゃんカップが先に開催されたので、今年から公立中学校対象に始まった大会である。
参加校が多いので、予選リーグ戦はない。最初からトーナメント戦である。
西田中は2回戦からの登場で相手は福島のF中。3-0で勝ちぬけた。先鋒の横山が調子いい。
3回戦は秋田のA中。これも2-0で勝ち抜け。美香と千佳以外は引き分けに持ちこんだ。
準々決勝は宮城のM中。先鋒の横山が1本負けをしたが、後の4人ががんばって4-1で勝利。
準決勝は、山形のY西中。東北大会の準決勝であたった相手だ。先鋒横山は引き分け。次鋒平田は小手抜き面を打たれ、1本負け。中堅の美香は出ばな面を決めて、同点に持ち込んだ。副将篠田は粘って引き分けとなり、大将戦となった。相手は千佳の剣風を知っている。なかなか打ってこない。と見ると千佳ががぜん攻めに転じた。間合いを大きく詰めて、竹刀をたたいて面を打っていく。だが、これは近すぎて不十分。そのまま体当たりをして、相手を押し出し、下がりながら大きく面を打つ。これが決まった。今までにない千佳の攻めの剣道である。
2本目は、相手があせって攻めてきたところを、出ばな小手を打った千佳がとった。これで決勝進出。
決勝は、青森のS中。公立の中高一貫校である。東北大会で優勝したA大付属中に2-3で惜敗した学校である。試合は乱戦になった。先鋒横山は面をとったものの小手2本をとられた。次鋒平田も小手1本をとったものの面2本をとられた。中堅美香は面2本をとって勝ったが、小手1本をとられた。副将篠田は激しい撃ちあいの末、引き分けに終わった。1-2でS中リード。本数でも4-5でS中リード。
千佳は攻めの剣道をするしかなかった。だが、見透かされていた。飛び込み面にいったところで、胴を抜かれた。完全にヤマをはられていた。しかし、千佳は動じない。2本目は面と見せかけて小手を決めた。千佳らしくないフェイント技だ。その後は、お互いに打ちあいがあり、決めてにかけた。このままでは西田中の敗退だ。だが、時間ぎりぎりで千佳が大技をだした。以前にも見せたかつぎ面だ。これが決まり。2-2の引き分けとなり、本数でも6-6と同数で、代表決定戦となった。
千佳は呼吸が乱れていたが、顧問の山村に
「私に行かせてください」
と直訴した。山村は美香をだそうと思っていたが、美香が目で(千佳でいけ)と言っていたので、千佳を出すことにした。
代表決定戦には先鋒が出てきた。休養は充分だ。それに横山から小手を2本とっているテクニシャンだ。試合が始まると、相手は積極的に打ってきた。呼吸が整っていない千佳を攻め立てる作戦なのだろう。千佳はその攻撃をなんとかしのいでいる。3分がたち、主審は一度試合を止めた。延長である。その瞬間、千佳は相手の竹刀を巻いた。それが見事に決まり、相手の竹刀は手から離れた。そこを面にいく。相手はたまらず右手で面を防ぐ。そこを千佳がたたく。何か異様な気合いをだしてである。面とも小手とも聞こえない。「ヤー!」という気合いに聞こえた。審判は赤旗を上げ、「小手あり」を宣告した。会場内に大きな拍手が起きた。
第1回さくらんぼカップは西田中にわたった。西田中はじまっていらいの優勝である。新年度早々の凱旋でゴールデンウィークあけの朝会では、体育館中に祝福の嵐が巻き起こっていたが、千佳と美香は複雑な心境だった。ライバルのD学院やA大付属中が参加していない大会では喜びも半分だからだ。ちなみに男子部は2回戦敗退だった。
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