第7話 冬合宿

 12月に三者面談があり、千佳の母親が武道館にやってきた。千佳が着替えている間、美香が呼び出されて、

「担任の先生から授業中まったく発言しないと聞いたんですが、美香さんから見て、どうですか?」

 千佳の母親の心配そうな顔を見て、少しあわれに思ったが、正直に話すことにした。

「そうですね。教室では話すのを聞いたことはありません。でも武道館ではふつうに話しますよ」

「いじめられているなんてことはありませんか?」

「いじめですか? それはないと思います。近寄りがたい感じはもたれているみたいですけど・・」

「そうですか、それならよかった。前の学校でいじめにあっていたので心配していたんです」

「いじめにあっていたんですか? 強いのに・・」

「小学校の時のあだ名は親分でした。いつも10人ぐらいといっしょに遊んでいて、その中心が千佳だったんです。ところが、中学校に入って最初の部活で2年生男子と試合稽古をして勝ってしまったんだそうです。そこから陰湿ないじめが始まったみたいです。あげくには、いっしょに遊んでいた友達が皆その先輩よりになってしまい、千佳は仲間はずれになってしまったようです。でも千佳は家で何も言わないんです。一人でじっと耐えていたんです。言ったことは剣道部をやめて、小学校時代の道場と警察の道場に通うと言ったぐらいです。なんかおかしいなとは思っていましたが、泣き言を言わないので、2年生の1学期までずっとがまんしていたわけです。私がそれを知ったのは、転校間際でした。私は息子の学年の役員をやっていたので、娘のことに関心をもたなかったのは悪いと思っています。どうか、何か気になることがあったら教えてくださいね」

 と母親が言い終わったところで、千佳がやってきた。母親は千佳に聞かれると困ると思ったのか、美香に話すのをやめて、そそくさと去っていった。

 千佳が美香に聞く。

「母親になんか言われたの?」

「ううん、よろしくお願いしますって」

 とウソを言った。千佳がいじめられていたことを母親が話したなんて言えるわけがない。でも、これで千佳が笑わなくなった理由がわかった。先輩にいじめられたというよりも友達に裏切られたという意識が強いのが一番の理由だということだと美香は確信した。


 そして冬休みに入り、冬合宿に入る。顧問の山村の出身であるS市の神社の道場で3日間稽古をする。男女いっしょである。最終日は恒例の年越し稽古で、県内各地から多くの剣士が集まる。泊まりは山村が懇意にしている民宿である。8畳間に5人で泊まる。去年は4人部屋だったので、今年は少し狭く感じる。

 1日目の稽古を終わり、民宿にもどり、交代で風呂に入り、海鮮料理に舌鼓を打つ。S市は人口あたりのお寿司屋さんが全国一の町である。お刺身が新鮮でおいしい。寝る前に、千佳は恒例の型の稽古をしている。朝は1000本素振り、夜は形の稽古と決めているとのこと。2月に2段を受けるらしい。その間に、2年生女子と話し合った。

「ねぇ、千佳の笑い顔を見たいと思わない?」

「そういえば、笑ったの見たことないわね。教室でも笑ったことないの?」

「そう、一度も見たことない」

 と美香が言うと、美鈴が

「じゃあ、明日かくし芸大会やろうよ。それで千佳を笑わせた人が勝ち」

 と言い出す。美香の思うとおりの反応だ。

「勝つとなんかいいことあるの?」

 と篠田が聞く。そこで美香が

「勝った人は、明後日の夕食で1品プレゼント。でも私が勝ったら、3人から1品ずつ没収ね」

 と応える。

「みんなが笑わせることできたら?」

「その時は山村先生からもらってくる」

「おもしろいわね。それやろう」

 ということになった。

 2日目の稽古、地元の子どもたちもいっしょなので、稽古じたいはつらくない。ただ時間がいつもの倍の4時間という長さと道場が寒い。3日目は年越し稽古だから冷え込むのが予想される。稽古というよりはがまん大会だ。

 そして、夕食後のお楽しみ大会になった。千佳が形の稽古をしている間に、部屋にステージを作った。なんのことはない。ふとんを重ねただけだ。千佳がもどってきて、拍手でかくし芸大会が始まった。冬合宿恒例の行事だからということで無理やり千佳を巻き込むことにした。

 一人目は篠田である。一人AKBをしている。ダンスはきれっきれだが、笑う演目ではない。二人目は横山である。落語の寿限無を始めた。うまいけれど、ネタはばれているので笑いはとれなかった。3人目は美鈴の手品である。スカーフを使った手品だったが、思うようにいかないので3人からは笑いがとれたが、千佳は笑わなかった。4人目は美香である。美香は千佳がディズニー好きだと知っているので、物まねをすることにした。3匹のペープサートを用意し、物まねをする。合宿前に用意していたものだ。美鈴からは

「美香ったらずるい。前から用意していたんじゃん」

 そこですかさず、

「かくし芸大会は恒例だからね」

 と応じる。美香の応じ技1本である。

 でてきたのは、ミッキーとドナルド、そしてプーさんである。裏声でミッキーの声、だみ声でドナルドの声を出し、最後にとぼけた声でプーさんのまねをすると、千佳がプッと吹き出した。笑いをこらえきれなかったようだ。それを見て、皆が歓声を上げた。美香はガッツポーズである。それを見た千佳が

「みんなは私を笑わせるためにやっていたの?」

 と聞いてくる。それで美鈴が

「そうよ。笑わせた人は明日の夕食1品多くもらえるの。私たち3人は負けちゃったからとられるの」

 と千佳に教える。

「そうなんだ。じゃあ、わたしもやろうかな」

 と千佳もステージに立った。何をするのかと思ったら

「変顔しま~す」

 と言い出し、変顔を始めた。口をとんがらせたり、目尻を下げたり、ありとあらゆる変顔を始めた。ふだんの笑わない千佳の顔とは大違いで、皆がゲラゲラ笑いだした。しまいには千佳まで笑い出した。かくし芸大会は大成功だった。最後に山村から

「女子部屋うるさいぞ!」

 と怒鳴られたが・・・。


 3日目の午前は自由行動日である。それで遊覧船に乗り、松島遊覧をした。冬の松島もおつなものである。でも海風は冷たかった。午後は年越し稽古のために昼寝である。なかなか寝られなかったが、しゃべったら夕飯1品没収ということで、黙っているうちに寝てしまった。そして早めの夕食。3人からお刺身一切れずつもらい、美香は1切れ、千佳は2切れをもらった。かわいい戦利品である。

 9時に神社の道場へ。まずは参拝をして、剣道上達の祈願をする。11時から稽古開始。そこに中嶋という大人を見つけた。前に見たことがある。千佳の父親だ。千佳と話すことはないが、師範の先生と親しく話をしている。今日は初もうでの警備で警察は忙しいはずだが、本庁勤務なので神社警備にはあたってないらしい。稽古が始まると師範の脇で元立ちにたって、参加者に稽古をつけていた。男子部主将の樋口が稽古をつけてもらい、もどってきて美香に声をかけた。

「あの人、千佳の父親だろ。つぇーな。全然打ち込めなかった。最後に面を1本だけ打たせてもらっただけだよ」

 美香もいってみたが、まったく打ち込めなかった。最後に出ばな面を打たせてくれ、「いいぞ」とほめられて終わった。

 午前3時に終了。顧問の山村が

「これで冬合宿は終わりだ。家の人が迎えにきている人は帰っていいぞ。でない人は宿にかえってひと眠りをしてもいい。でも、朝食はでないぞ。オレといっしょに元朝参りするやつは8時に玄関集合だ」

 ある男子が

「先生が朝食をおごってくれるんですか?」

 と聞くと、

「おだんご1本かな」

「なーんだ」

 という会話で笑いが起きた。千佳も笑っている。かくし芸大会で顔の緊張がとれたのかもしれない。

 千佳は美香といっしょに宿へもどってきた。

「お父さんといっしょに帰るんじゃないの?」

「ううん。今から仕事いくんじゃないのかな。父親とは口をきいていないから」

「どうして?」

「私の剣道が気に入らないみたい。大人みたいな剣道するなだって」

「そうか、例の下がる技のことね」

「そう、子どもは前に出ろだって。言いたいことはわかるんだけどね」

「親に言われると反抗したくなるか・・・」

「そうね。反抗期だから」

 と言って、二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。

 冬合宿は美香と千佳の絆を深めるいい機会となった。

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