第6話 日常の千佳
大会シーズンが終わり、学校生活は通常にもどった。学校内では女子剣道部が全国大会にでたということで盛り上がっていたが、それもおさまり、平穏な日々となっていた。でも、女子剣道部員に対する見方は、ちょっと違っていた。特に弱々しいイメージをもたれていた横山が
「最近、男子にからかわれなくなったの。廊下を歩いていても、男子が道をあけてくれるようになった。前は、通せんぼされていたのにね」
美香は、複雑な気持ちになった。いいことなのかもしれないが、同級生たちの中で部員への視線が変な方向にいかないか心配だった。自分たちは特に変わったわけではない。変わったのは千佳が新戦力として入っただけだからだ。その千佳だが、クラス内では、ほとんど口を開かなかった。授業中も発言をすることなく、教師から指名されても無言でとおすことがある。最近は、教師もさじをなげている。テストの点数だけはまともなのだが・・・。
自主参加の朝稽古には千佳は毎日来ていた。大会前はほとんどの部員がきていたが、大会後はぐっと少なくなった。学校があく7時半から8時まで、防具をつけずに足さばきや素振り・タイヤ打ちをするのである。千佳はいつも1000回素振りをしていた。他の人よりも速いスピードである。それも姿見鏡の前でである。まっすぐ振っているか確認しているとのこと。
昼休みも千佳は武道館に来ている。何をしているかと思いきや、柔道たたみの上で大の字になって横になっている。寝ているわけではないようだが、本人いわく
「目と体を休ませている」
とのこと。5時間目が始まる5分前の予鈴でパッと起きるからすごい。美香は何度か見て、じゃまをしては悪いと思い、千佳を一人にするようにしている。これが千佳の生活リズムだからだ。
4時から6時まで部活動。基礎は男子といっしょだ。男子剣道部の主将樋口が声がけをする。彼は区大会で個人戦3位に入る実力の持ち主だ。だが団体戦はそれほどでもない。樋口は幼稚園のころ、千佳といっしょに遊んでいたらしい。近所だったから、例のチャンバラ遊びの一人だったのかもしれない。樋口はよく覚えていないらしい。千佳にその話をしても怪訝な顔をしていた。でも、同じ警察宿舎に住んでいるから絶対につるんでいたと美香は思っている。西田中の強さは保護者に警察官が多いからかもしれない。美香の年代では千佳一人だが、1年生には2人いる。小学校時代からやっていて、今は補欠登録をしている。来年の貴重な戦力だ。
12月のある日、美香が千佳に
「千佳の家に遊びに行きたいんだけど・・」
と言うと、
「どうして?」
と返ってきた。
「別に、変わり者の千佳の生活を知りたいだけかな」
と言うと、しばらく間があって、
「いいわよ。ただし、美香一人だけね。大勢で来られるのは苦手なの」
ということで、土曜日の部活の後、行くことになった。小6の弟さんがいるということで、お土産のお菓子を持ってきていた。
警察宿舎の2階に千佳の部屋があった。だれもいなかった。弟さんの出げいこで母親が付き添っているとのこと。2LDKの部屋は少し殺風景だった。県北にいた時は1軒屋だったので、もっと家具が多かったそうだが、全部は入らないので、父親の実家に置いてあるらしい。男子部屋と女子部屋があるが、父親が帰ってくるのは週に3日ぐらい。事件があると、1週間帰ってこないこともあるらしい。弟が一人で部屋を使っているので、頭にくると千佳は言っている。寡黙な千佳でも兄弟ゲンカはするのだなと思い、少しおかしくなった。もっぱらリビングのテーブルに座り、話をした。持ってきたお菓子を二人で食べることにした。千佳が紅茶をいれてくれた。
「お腹すかない?」
と千佳が聞いてくる。
「ううん」
と美香が応えると、
「私はすいてきた。カップラーメンでいい?」
ということで、美香もいっしょに食べることにした。食べ終わると美香の質問が始まった。
「東北大会でもらった個人戦の優勝カップは?」
「あーあれね。父親の実家に置いてある」
「大事なカップなのに?」
「うーん、どうしてかな。置くと狭くなるからかな。3人で剣道やっているから、カップとかトロフィーがいっぱいあるからね」
「へえー、何個くらいあるの?」
「うーん、数えたことないけど200ぐらいかな。父親のが一番多いよ」
「200!」
美香は想像できなかった。部屋ひとつまるまるカップやトロフィーが並んでいるとしか思えなかった。
「使わなくなった防具もおいてあるから、蔵は剣道博物館みたいだよ」
「蔵!」
どんな家なのか、美香はますます想像できなかった。
「お父さんの実家って?」
「県北のM町」
「もしかして、お父さんって、K農林の出身?」
K農林とは県内でも有数の剣道の名門校である。全国大会で優勝したこともあるし、卒業生には全日本チャンピオンもいる。
「そう、K農林を卒業して警察官になったんだって。若い時は機動隊で、剣道ばかりやっていたらしい。今は捜査畑だから夜勤もあって大変みたい。現場を知らない大卒のキャリアの上司に振り回されているみたい」
「なんか刑事ドラマみたい。それで実家は?」
「ただの農家よ。100年以上続いているみたいだけど・・今は伯父さんがやっている。父は祖父から蔵ひとつをもらったの」
「蔵をもっているなんてすごいね。サラリーマン家庭のわが家では考えられないわ。ところで、千佳はどこで勉強しているの」
「勉強? ここよ」
「えー! 自分の部屋じゃないの?」
「母親といっしょだから電気をつけてできないじゃない。弟は自分の部屋でやっているけどね。何をやっているかはわからないけど・・」
「ゲームとかしないの?」
「するわよ。信長の野望。週末に1時間限定だけどね。部屋にあるよ」
「信長の野望? どおりで歴史好きなわけだ。家族で旅行なんかするの?」
「母親とはするよ。ディズニーにも行ったことあるよ。弟はじゃまだったけど」
「おとうさんとは?」
「うーん、記憶にないな。日帰りで行ったことはあるけど・・」
「あのさ、千佳って笑うことあるの?」
と美香は一度聞いてみたいと思ったことを、おもいきって聞いてみた。千佳は上を見上げて、遠くを見て思い出しているようだ。
「うーん、最近はないかな。小学校の時はあるよ。ディズニーでも笑ったし、プーさんのハニーハントは楽しかったよ」
中学生になってからの千佳が変わったということか。ますます前の学校で何かがあったのではないかと思う美香であった。
3時ごろ、千佳の母親と弟さんが帰ってきた。とたんににぎやかになり、美香は帰ることにした。その際、母親から美香は手を握られ。
「いつも千佳のことを気遣ってくれてありがとうね。こっちへ来てよかったと心から思っています。これからもよろしくお願いしますね」
と、半分涙目であった。やはり千佳の過去になんかあったのだ。そのことは後で知ることになる。
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