第5話 全国選抜大会

 11月半ば、日本武道館で、全国中学校選抜大会が開催された。先週、全日本選手権が開催された聖地での大会で、西田中のメンバーや応援団は感激にひたっていた。千佳だけはいつものごとく声を発せず、あたりをにらみつけている。

 全国から32チームが選抜されて参加している。観覧席はほぼ満杯だ。新幹線で2時間でくることができるので、青森より近い感じがする。前日は、浅草近くのビジネスホテルに泊まった。夜遊びは禁止だった。でも顧問の山村がごちそうしてくれるというので、皆でもんじゃ焼きを食べにいった。地元では食べられない味である。お好み焼きみたいだけれど、やわらかくて熱い。初めて食べる人にとっては、難行である。でも、食べるとおいしかった。山村はビール片手にご機嫌だ。D学院が出場していないので、今年の目標は達成すみだ。

 2週間前に山村はオーダー変更を発表していた。

「全国大会は最初からトーナメント戦だ。負ければ終わりの大会だから、強豪校にあたれば終わりだ。だから特に目標はたてない。1戦1戦を大事にして、目の前にいる相手から1本とることをめざしてほしい。そこで来年のことも考慮して、オーダーを発表する」

 ここで皆の眼の色が変わった。奇策か正攻法か、はたまた意外なものか、興味深々だった。

「先鋒、横山!」

「はい!」

 と、横山は晴れやかな声で応えた。

「今までつらい大将をよくつとめてくれた。これからは気楽にやってくれ」

「はい」

 と、横山は明るい。

「次鋒、平田。平田の小手打ちは大きな武器だ。これからもそれを磨いていけ」

「はい」

 と平田も明るい声で応える。

「中堅、斎藤。斎藤は主将でもあり、不利な状況でもここでふんばってほしい。メンタルの強い齋藤だから任されるポジションだ」

「はい」

 と、斎藤は引き締まった顔で応じた。大将にこだわる斎藤ではない。

「副将、篠田。長身を活かした技を磨いてほしい。遠間から伸びる飛び込み面を自分のものにしていけ。胴を抜かれないようにな」

「はい」

 とかしこまった声で応えている。

「大将は中嶋。東北チャンピオンの自覚をもって、自分の剣を突き詰めていってほしい。団体戦だが、常に個人戦のつもりでやってほしい。もっとも中嶋には手を抜くという言葉はあてはまらないがな」

 皆はそのとおりだと思った。千佳だけは返事もせずに厳しい顔をしている。美香は千佳が何を思っているのか、わかるような気がした。あらたな目標をさがしていることは美香にもわかる気がした。


 全日本選抜大会が始まった。1回戦は四国1位のT中である。初戦はどちらも緊張していたのか先鋒・次鋒は引き分けた。中堅の美香がかろうじて出ばな面を決めて西田中がリードしたが、副将の篠田は2本を決められてしまった。最初から大将戦である。千佳の相手は、体当たりされたら千佳でもぐらつきそうながっしりした体格である。案の定、小手面から体当たりがやってきた。千佳はまともにくらったので、後ろへ倒れてしまった。まるで猛牛におそわれた感じである。主審は千佳の身を案じ、試合を止め、千佳に

「大丈夫ですか?」

 と聞く。千佳は

「はい。問題ありません」

 と応えている。試合再開である。

 試合は一進一退の状況となった。相手が前に出ると、千佳が退く。千佳が間合いを詰めると相手が下がる。そして終了間際、またもや相手が小手面を打ってきた。千佳は体を右にずらして相手の体当たりをかわす。そして、相手が千佳の方を向いた瞬間、勝負が決まった。千佳の面がさく裂したのである。これで2回戦進出。ベスト16である。

 2回戦は東京1位のW中である。W大付属の私立中学校で関東大会でも準優勝をしている。

 先鋒・次鋒は1本ずつとられて負けてしまった。中堅美香はかろうじて引き分け。そこで副将の篠田がふんばった。終了間際に、大きく一歩前に出て相手が出ばな小手にくるところを、竹刀をすり上げて面を決めたのである。これで大将戦にもちこんだ。千佳の相手は長身で千佳より10cmほど背が高い。1回戦では飛び込み面2本を決めている。面にくるのは目に見えている。案の定、遠間から飛び込み面がやってきた。千佳はまず抜き胴を決めた。その後、相手は警戒したのか飛び込み面を打ってこなくなった。にらみ合いが続く。このままだと代表決定戦になってしまう。向こうもそれはしたくなかったのだろう。今度はフェイントで面を打ってきた。千佳は出ばな小手を打とうとして、少し前にでたところに相手の面がやってきた。しかし、動じることなく、左から竹刀をすりあげ、下がりながら面を決めた。千佳の2本勝ち。これで勝者数は2-2でタイだが、本数は3-2で西田中の勝ち。準々決勝進出。ベスト8である。

 準々決勝の相手は九州1位のK学院。高等部は全国制覇を何度も果たした強豪校だ。その人たちといっしょに稽古をしている。前回の大会の優勝チームである。案の定、西田中はまったく歯がたたない。前4人全員が2本ずつとられて負けてしまった。千佳の相手は勝負が決まったせいか、積極的には打ってこない。引き分けねらいがありありだった。千佳も相手に守りに入られると決め手に欠ける。これが千佳の今後の課題なのだ。

 結果はベスト8で終了。東北1位のA大付属中は準決勝で大阪P学院に負けた。決勝はK学院が3-2で勝利。昨年に続いての連覇となった。

 帰路の新幹線の中では、千佳をのぞくメンバーは満足した顔をしている。なにせ公立中学校でベスト8に残ったのは西田中だけなのである。あとの7校はすべて私立の中高一貫校であった。新幹線を下車すると駅ロビーには横断幕をもった応援団が迎えてくれた。そこには手書きで「公立中学校ナンバー1おめでとう!」と書いてある。美香たちは苦笑いしながらも、応援団の気持ちがうれしかった。その場でにわか報告会が行われ、主将の美香があいさつをした。

「今日は、皆さん出迎えていただき、ありがとうございます。結果はベスト8でしたが、初の全国大会参加としては、皆よくやったと思います。課題もはっきりしました。この経験を活かし、来年の中体連でがんばりたいと思います」

 と述べると、大きな拍手がおきた。

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