第4話 東北大会

 県大会から2週間後、10月末の青森は紅葉が始まっていた。新幹線で青森まできて、ローカル線で弘前までやってきた。同じ東北とはいえ、青森は遠い。4時間もかかってしまった。東京に行く方が早い。

 稽古をする場所もないので、ホテルに入ってから夕食まで時間があるので、弘前城に行くことにした。美香が千佳を誘うと、珍しくついてきた。今までは部活以外に付き合うことはしなかったのにだ。

 歩いて15分ほどで、弘前城に着いた。と言ってもお堀と追手門(大手門)である。天守閣はまだ見えない。紅葉がきれいだ。画になる。美鈴たちはキャーキャー騒いでいるが、千佳はじっと追手門周辺を見つめている。そして一言、

「この桝形、攻めにくいわね」

 と口にする。きっと戦国時代にもどって城攻めの作戦をたてているのかもしれない。中に入ると、木立ちの中に大通りがある。お祭りの時期らしく通りにはぼんぼりが連なっている。歩いて10分ほどで、天守閣のところまで来ることができた。時間の関係で中まで入れなかったが、そこから見える岩木山がすばらしかった。さすが津軽富士といわれる名峰だ。美鈴たちは歓声をあげている。千佳は修理している石垣をのぞきこんでいる。きっと、忍者になったつもりで、石垣を登る姿を想像しているのだろう。美香はそういう千佳を見て、ふとおかしくなった。そこに千佳が振り返る。

「なんかおかしい?」

 と聞くので、

「ううん、でも千佳って変わっているよね。今でいう歴女ってやつかな?」

「そうね。歴史はきらいじゃないよ。鎧とか刀を見るとゾクゾクってするの」

「やっぱり刀剣女子だわね」

「家に父親の居合刀があるんだけど、それを握っている時が一番好き」

「お父さんに叱られないの?」

「見つかると怒られる。子どもがもつ物じゃないって」

「親って、みなそうなんだよね。14才といったら、体は大人と同じなのに、親から見ればいつまでも子どもなんだよね」

「そうなんだよね。子どもの成長を認めないんだよね。でも、明日、見にきてくれるんだって。事件がなければだけどね」

「へー、それはがんばらなきゃね」

 帰路は堀にそって歩いてもどってきた。どこを歩いても画になる。さすが重要文化財。現存12天守のひとつだ。国宝になってもおかしくないと美香は思った。

 翌日、弘前城近くの体育館で東北大会が開催された。4面しかないが、観覧席は広い。そこに東北各県から4チームずつ計24チームが参加している。今日は女子の部で明日は男子の部が開催される。全国選抜大会には3校が選ばれる。だが、各県1校なので、準優勝しても優勝校が同一県だと全国大会にでることはできない。打倒D学院ができなければ全国大会には出られないのだ。

 まずは予選リーグ戦だ。西田中はFブロックで相手は福島県1位のA中と岩手県3位のS中だ。まずは、A中とS中の試合を見る。さすがにA中が強い。5-0でA中の勝利。次は西田中とS中の対戦。オーダーは県大会と同じだ。だが千佳と美香しか勝てなかった。あとの3人は引き分けだった。その試合をA中がじっと見ているのは皆感じとっていた。

 A中との対戦。先鋒千佳は危なげなく1本勝ちをおさめた。でも余裕というわけではなく、何とか勝ったという感じだった。控え席にもどってきて一言、

「手ごわいよ」

 次鋒の平田はがんばった。だが、小手を打っていたところを抜かれて面を打たれた。中堅の篠田もねばったが、終了まぎわに胴をぬかれて負けてしまった。長身がゆえに、どうしても胴をぬかれやすい欠点がある。副将の美香は引き分けかと思ったところで、出ばな面が決まり、これで2-2のイーブンとなった。本数も同じだ。そこで大将の横山は動きに動いた。相手の攻撃をかわす。打ってきたら出ばな面で相打ちに持ち込む。そうやって、3分間をしのいだ。終わって、控え席にもどってきた横山はやりとげた顔をしていた。

 代表決定戦には千佳がでる。相手は中堅だった堀井だ。小柄で平田とあまり差がない。テクニシャンだ。そういう相手には下手に打っていくと、応じ技でやられる可能性がある。千佳は最初に「ヤー!」と威圧の気合いをだし、審判団にやる気を見せたともいえる。そこからは、相手の動きを見る姿勢になった。まるで観音さまの立ち姿だ。相手は打ち込むスキが見つけられずにいる。そこで、竹刀を下から払って小手を打ちにきた。だが、小手打ちははずれて、千佳の右腕をたたいた。その後、つばぜり合いになった。お互いに下がり、間合いをとる。と思った瞬間、相手が打ってきた。反則ぎりぎりだ。しっかり間合いをとらないうちに打つと反則となる。だが、千佳は動じない。竹刀でさばいて胴を打った。それで決まり。決勝トーナメントに進出できた。

 決勝トーナメント1回戦は岩手1位のM中とあたった。千佳が1本勝ちをし、あとの4人は引き分けに持ち込んだ。大将の横山はまたもや動きに動いた。終わった時には、もうヘロヘロという顔をしていた。大将に楽をさせることができず、美香たちは横山をねぎらっている。

 準決勝は山形1位のY西中だ。千佳と美香が1本ずつとり、あとの次鋒・中堅は引き分けた。大将の横山は気楽に試合にのぞむことができ、出ばな面ねらいで引き分けに持ち込んだ。今回はあまり動かずにすんだと喜んでいた。ここで、番狂わせが起きた。優勝候補のD学院が負けたのである。相手は青森1位のA大付属中学校。渡部姉妹は勝ったものの後の3人が負けてしまった。団体戦のつらいところだ。応援団が意気消沈している。千佳も口をあけ、ポカーンとしている。美香に声をかけられて、やっと正気にもどった。だが、これで全国大会出場が決まった。数少ない応援団が喜んでいる。

 決勝戦、先鋒の千佳は苦しみながらも面抜き面を決めて1本勝ちをした。次鋒平田・中堅篠田は2本ずつ取られ敗退。副将美香は何とかひきわけ。大将横山が勝っても本数負けなので、この時点で準優勝が決まった。それでも横山は3分間粘った。終了間際に小手をとられ、1本負け。それでも応援団からは拍手がやまなかった。美香と千佳は

「上には上がいるものね」

 と話し合っていた。A大付属中学校はふだん高校生とやっているだけでなく、週1回は大学生とも稽古をしているとのこと。生徒は全国からやってきて、特待生は学費無料で寮費も無料。剣道だけでなく、サッカーや卓球でも有名選手を輩出し、T大入学者数も増えている。文武両道の学校なのである。

 昼食はなごやかに過ぎたが、個人戦を控えている千佳は、バナナで栄養補給をしている。そこに一人のがっしりした男性が近寄ってきた。そして千佳に声をかけ、去っていった。千佳は不機嫌な顔をしている。美香が

「今のだれ?」

 と聞くと、

「父親」

 とボソリと応える。

「なんか言われたの?」

「うん、下がって1本なんかとるな。だって」

 先ほどの決勝で下がって打った面抜き面のことを指摘されたのだ。美香は厳しい父親だということを感じ取った。その上、事件が起きたので、帰っていったとのこと。千佳の笑わない顔は、こういう家庭環境からきているのかもしれないと思った。

 午後は個人戦だ。予選リーグ戦、千佳はシードされており相手はさほど強くはなかった。順調に決勝トーナメントにすすむことができた。個人戦の全国大会はないので、この大会で完結する。

 決勝トーナメント1回戦、相手は岩手1位のS中水嶋。千佳より10cmほど背が高い。開始早々飛び込み面を打ってきた。それが千佳の面ぶとんにあたった。千佳はあさいと思ったが、赤旗が2本上がった。美香たちは千佳が渡部姉妹以外に1本とられるのを初めて見た。千佳の精神状態が不安だったが、そこからの千佳は別人のように動いた。そして終了まぎわに小手面から体当たりにして、相手の体勢を崩し、下がり胴を決めた。中学生には難しい技だが、警察官はよくやる。千佳は警察の道場で身に着けたのだろう。延長戦に入り、水島は最初と同じように飛び込み面を打ってきた。そこは想定すみ。千佳は抜き胴を決めて準決勝進出。

 準決勝、またもや渡部妹と対戦。ここまで1勝1敗2分けのイーブン。5度目の対決だ。3分間では決まらず、またもや延長戦。千佳はまた最初に気合いをだして、後は観音像の立ち姿だ。渡部妹はスキを見つけられず、竹刀を上からたたいて面を打ちにきた。しかし、それはフェイントで体をやや右にずらして胴を打ちにきた。千佳は一歩下がってその動きを見破った、胴打ちにきた竹刀をたたき落として、渡部妹の面に打ち込んだ。渡部妹は頭を動かしたが千佳の面は有効打となった。白旗3本が上がった。納得のいく勝ちだった。

 決勝戦。やはり相手は渡部姉。県大会の再演だ。前回は、相打ちと思われる技で渡部姉が勝っている。千佳は間合いをとって、相対している。終了まぎわに渡部姉が動いた。竹刀を巻いてきたのである。そのまま逆胴を打ちにきた。中学生がやるのは難しいし、よほどきれいに決まらないと1本にならない。千佳は竹刀を巻かれてしまったので、竹刀でよけることができない。そこで、左足をおもいっきり蹴り、相手に体当たりをくらわせた。それで間合いがつまり、渡部姉の逆胴は元打ちとなり、不十分となった。しかし、主審が合議をかけた。相談の後、千佳に反則1回が宣告されたのである。体当たりが不当と判断されたのだ。いた仕方ないことだ。千佳もそれを覚悟でやったとしか思えなかった。

 延長に入った。ここで千佳が大技をだした。左足を出して、竹刀を大きくふりかぶって、すぐに飛び込み面を撃ちにいったのだ。まるで上段からの技みたいだ。中学生に上段は認められていないが、流れるような技なので問題はなかった。渡部姉は、思わずのけぞった。タイミングはバッチリだったが、面は浅く、白旗は1本しかあがらなかった。それからまたにらみ合いがはじまった。消極的だと反則をとられるので、千佳は時おり気合いをだしている。それにじわじわと前にでている。渡部姉はそれに応じて動いている。それが主審の眼には消極的に見えたようだ。合議がかかり、渡部姉に反則1回が告げられた。これでイーブンだ。

 渡部姉は反則をとられたので、あせったのだろうか。いちかばちかの面打ちにでてきた。そこに千佳は出ばな面で応じる。千佳の面は正中線をとっている。渡部姉の面は横に流れた。この時のために県大会以後、千佳は強い出ばな面を打つ練習をしてきたのだ。とうとう千佳は渡部姉妹に勝つことができたのだ。

 

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