第3話 県新人戦

 区新人戦後、打倒D学院を目標にして稽古に励んでいた。結果は3位だったが、事実上は準優勝と同じだ。その自信が部員たちを奮いたたせていた。

 選手登録になって、監督の山村が選手オーダーの変更を言い出した。

「この前のオーダーではD学院とやっても勝ち目はない。そこで、奇策だがオーダーを変える」

 主将の美香が付け加えた。

「先生から相談されて、D学院に勝つためには仕方ないと思いました。ぜひ、みんなにも理解してほしい」

 それで、メンバーはうなずいていた。

「では発表する。先鋒、中嶋」

 そこで千佳の顔色が変わった。しかし、無言だ。山村の発表が続く。

「中嶋には、ぜひ1本をとってチームのペースをつかんでほしい。先鋒で勝てれば、向こうもあせってくるはずだ。次鋒は平田。得意の小手でかきまわしてほしい。引き分けにもちこめればオンの字だ。中堅は篠田。相手は渡部妹と思われる。なんとか粘って引き分けに持ち込んでほしい。副将は斎藤。ここでポイントをとってほしい。できればここで試合を決めたい。大将は横山。相手は渡部姉だ。今のチームでかなう者はいない。でも、前の4人で勝負が決まっていれば横山も気が楽になるはずだ。仮に大将戦になって負けても横山のせいには絶対にしない。いいか横山?」

 横山は自分がみじめに負けるかもしれない姿を想像しながらも、しぶしぶ納得の顔をした。ところが千佳が声を発した。

「せこいのはいやだ!」

 みなが千佳に注目した。

「勝負したい。私が大将になって渡部姉とやりたい!」

 と言い出したのだ。監督の山村は困った顔をしている。美香や他のメンバーが千佳をなだめている。

「千佳、フォアザチームよ。今までの道場で稽古していたのとは違うの。チームとして稽古をしているの。横山もそれで大将をすることを了承したし、私も大将の座を譲った。みなフォアザチームの精神なの。千佳にもわかってほしい」

 という言葉で、千佳はしぶしぶ納得する顔をした。 

 山村の言葉が続く。

「ありがとう。奇策であることは重々承知している。来年の中体連には正攻法でいきたいと思っている。それで、強敵と引き分けに持ち込むポイントを確認しておきたい。俺はふたつあると思っているのだが、わかるか」

 という問いに、皆は顔を見合わせた。そこに美鈴がおそるおそる

「間合いですか?」

 と応える。

「そうだ平田よくわかっているな。いつもの間合いよりも少し大きめにとり、相手の攻撃を見ることだ。時には退くことも必要だ。抜き面とか抜き胴も有効だな」

 と山村が説明する。だが、もうひとつのポイントはなかなかでてこない。そこに千佳がポツリと

「出ばな技で相打ちにすればいい」

 と声にだした。皆が千佳に注目する。フォアザチームの言葉を発するのを初めて聞いたからである。

「そうだ。中嶋の得意な出ばな面が有効だ。たとえ1本にならなくても、相打ちにはもっていける。ただし、出ばな小手は、面を打たれやすいので要注意だ」

 と山村の解説が入った。付け足しで

「中嶋を渡部姉妹と思って稽古してみろ。中嶋のスピードについていければ、渡部姉妹とも対等にできるかもしれんぞ」

 と言い残して、山村は職員室へもどっていった。千佳はポカンとしている。自分が出ばな面を打たれる役を受け持つとは思っていなかったからである。でも、これもフォアザチームである。

 それから県大会までは出ばな面の稽古に明け暮れたといっても過言ではなかった。千佳から1本とるのは容易ではなかったが、引き分けに持ち込むぐらいまではできるようになったのである。


 いよいよ県大会。会場は県北のN町体育館である。田園地帯にある巨大な体育館で剣道の会場が8面とれる。男子と女子がいっしょに開催される会場は県内でも珍しい。それに駐車場が広いので、応援団も余裕でクルマを停めることができる。県武道館は駐車場がネックだ。

 体育館に入ろうとすると、

「あれ、千佳じゃない?」

 と声をかけてきた女子がいた。N中剣道部の女子だ。千佳は無言で振り返る。

「転校して、今度は剣道部に入ったのね。もしかしたらあたるかもね。よろしく」

 と言って、中に入っていった。美香が千佳に尋ねる。

「千佳、N中の剣道部にいたの?」

 すると、苦い顔をして

「1ケ月だけね。いやな先輩がいて、すぐやめた」

 とボソリと言っただけであった。それ以上は突っ込んで聞けなかった。千佳の性格を考えた場合、無理難題をおしつける先輩とうまくいくわけがないのだ。

 県大会には県各地から24チームが参加している。3チームごとの予選リーグの後、8チームが決勝トーナメントにすすめる。上位4チームが東北大会に進むことができる。D学院とはブロックが違うので決勝まではあたらない。だが、D学院のオーダーを見て驚いた。先鋒に渡部妹の名があったのである。これを見て、千佳の眼の色が変わった。まさにギラギラ光り始めたのだ。俗にいう燃えている状態になった。

 予選リーグは県南のH中とW区優勝のS中が相手だ。H中とは3ー1で勝つことができた。問題はS中だ。参加数の少ないW区とは言え、優勝チームだ。油断はできない。

 先鋒、千佳。いつものごとくじわじわと間合いを詰め、相手に先に打たせる。そこを出ばな面で1本を決める。2本目は、小手ぬき面を決めた。わずか30秒で終わった。以前のように1本とったら、あとは様子見というのはしなくなっていた。控え席にもどってきてからそのことを聞くと、

「疲れるからね。体力温存」

 というそっけない返事。頭の中には決勝であたるだろう渡部妹のことがあるのだろう。

 次鋒は平田。出ばな小手で1本とったが、終了まぎわに面を打たれ引き分け。中堅篠田も引き分けとなった。副将は美香。なかなかの強敵だったが、終了まぎわに美香の出ばな面が決まり、これで2-0。勝負は決まった。大将の横山は負けてもいいのだが、先ほどのH中戦で負けていたこともあり、意地を見せた。出ばな面をくりだし、引き分けに持ち込んだ。引き揚げてきた横山は満足した顔をしていた。

 決勝トーナメント1回戦は沿岸部のY中だ。千佳と美香が勝ち、2-0で準決勝進出。相手は地元N中。千佳の前の学校だ。千佳は面をつけて試合前の挨拶に並んだ。おそらく目元はギラギラになっているはずだ。

 先鋒の試合が始まる。そこで異様なことが起きた。

「ヤー!」っと、千佳があらんかぎりの気合いを出したのだ。構えた時に、気合いを出すのを初めて聞いた。美香は面をつけるのを途中でやめてしまって、千佳に見入ってしまった。すると、千佳は自分から攻めている。あっけなく面を2本決めて、ゆうゆうともどってきた。

「やればできるんじゃない」

 と美香が言うと、

「がらじゃないけどね。相手が相手だからね」

 と言ってきた。N中時代に何かあったのかもしれない。

 次鋒の平田と中堅の篠田はいずれも2本負けを喫した。いっきに不利となった。美香の出番だ。ここで負けたら敗退だ。美香は緊張でやや固くなっている。そこに相手の面がくる。面と思って手があがったところを小手をとられた。そこで、美香は開き直った。ぐっと間合いを詰めて相手が打とうとするところを出ばな面を決める。勝負だ。すると相手が勝負を決めようとして、飛び込み面を打ってくる。そこは美香の見込みどおりだ。抜き胴を決めて、美香の勝ちとなった。だが、これで大将戦となった。勝者数では2-2で同点だが、本数では4-5で負けている。大将が引き分けでは負けてしまう。横山に今日勝ちはない。本来は次鋒ででる技量なので大将は負担が大きい。だが、横山は粘った。自分から攻めることはせず、相手の動きをよく見ている。まるで千佳の動きそのものだ。間合いを考えて動いている。そして終了間際、相手が引き分けねらいとわかった時に、その大技がでた。かつぎ面である。かつて千佳が見せた苦し紛れの時の大技である。これがものの見事に決まった。ガッツポーズが許されていれば、最高の瞬間であった。剣道ではガッツポーズをすると取り消しになる。相手に敬意を払うためである。その代わり、大きな拍手が起きた。観覧席では応援団が大騒ぎだ。

 そして決勝戦。相手は予想どおりD学院。千佳は面の下で眼光するどく渡部妹をにらんでいる。だが、どちらも決めてに欠け、引き分けとなってしまった。またもや個人戦に持ちこしだ。次鋒の平田と中堅の篠田は稽古どおりに出ばな面をくりだし、引き分けに持ち込んだ。そして副将の美香の出番。最初の1分はお互いに技を繰り出すこともなく、間合い勝負となった。審判団が合議を行い、消極的だということで両方に反則が宣告された。そして、相手が面を打ってきた時に、美香は抜き胴を決めた。出ばな面とみせかけて、その裏をかいたのだ。その1本で西田中がリードした。前4人で負け越してきたのは渡部姉にとっては初めてのことだった。そのせいか、いつもと動きが違う。なんかバタバタしている。横山はその動きをよく見ている。だが、出ばな面は相打ちにはなっても、1本にはならない。終了間際、とうとう1本をとられた。竹刀を上からたたかれ、横山が面を防ごうと竹刀を上げたところを胴が打たれたのである。めったに見ない技だった。それでも、その1本だけで終わった。3分間戦い抜いただけでも横山はよくやったとほめられている。なにせ、主将の美香でさえ簡単に2本とられた相手だからだ。

 代表決定戦となった。西田中は千佳、D学院は渡部姉がでてきた。千佳は呼吸が整っているが、渡部姉はまだ肩で息をしている。千佳にもチャンスがある。

 千佳は攻めにいった。だが、渡部姉は歴戦の強者。その攻撃をうまくかわしている。なかなか1本にならない。3分たって延長戦にはいった。今度は千佳の呼吸が乱れている。渡部姉は平常にもどっている。今度はにらみ合いが始まった。前に行ったり、退いたりをお互いに繰り返している。そこに渡部姉が大きく千佳の竹刀を上からたたいた。千佳はそこで一歩退いた。大将戦で横山が1本とられた技を予想したからだ。しかし、違っていた。渡部姉は大きく前に出てきて、千佳の面をねらってきた。千佳は思わず後ろへのけぞる。だが、渡部姉の剣先が面にあたる。赤旗が3本あがった。D学院の優勝である。

 挨拶が終わって、控え席にもどってきた千佳はなかなか面をはずさなかった。くやしさで涙を流しているのかもしれない。美香や他のメンバーがなだめ、やっと面をはずした。午後には個人戦が待っている。

 千佳以外は応援団の保護者といっしょに楽しい昼食をとることができた。区大会で3位だったのが県大会では準優勝というのは応援団にとっては予想外の結果だったのだ。特に大将の横山の母親は涙を流して喜んでいた。オーダーが決まった時は顧問の山村を恨んだということだったが、何度も何度も感謝の言葉を山村に述べていた。

 千佳の家族は来ていない。父親は勤務だし、母親は弟に付き添って、別の大会に行っている。小6の弟はチームの中心になっている。でも、千佳はなんの反応を示さない。淡々と栄養補給のバナナだけを食べている。

 午後の個人戦には選手と付き添い1名だけが会場に入れる。付き添いには美香がつくことになり、他のメンバーは観覧席で応援をすることになった。

 3名の予選リーグ。千佳は難なく勝ち抜いた。決勝トーナメント1回戦。相手は沿岸部のI中。相手は千佳を警戒してなかなか打ってこない。これまでの千佳の試合をじっくり見ていたようだ。だが、千佳もそれは心得ている。試合場の隅に追いつめて、相手が苦し紛れに面を打ってきたところを、竹刀をすりあげて下がり気味に面を決めた。準決勝進出である。

 準決勝の相手は渡部妹である。因縁の相手と言える。これで4度目の対決だ。今までは千佳の1敗2分け。負け越している。ここで勝ってタイに持ち込みたいところだ。試合は予想どおり延長戦にはいった。お互いに1本勝負と思っていたのだ。

 延長戦に入った瞬間、千佳は渡部妹の竹刀を大きくたたいた。そして前に出る。渡部妹は面を警戒して竹刀をあげる。そこに千佳の小手打ちがいく。捨て身の1本だ。白旗が2本あがる。一人は体の前で振っている。不十分の合図だ。でも、2本あがったので、千佳の勝利となった。観覧席は盛り上がっている。西田中の応援団だけでなく、渡部姉妹の一角が崩れたということで、どよめきが起きている。

 いよいよ決勝戦。相手は予想どおり渡部姉。団体戦の代表決定戦のつづきだ。これまた3分間はにらみ合いが続く。渡部姉も1本勝負と思っているのは明らかだ。延長戦に入った。渡部妹にしかけた奇襲は姉には通じない。間合いをとられて打ち込めなかった。それから2分間が経ち、再延長となった。そろそろ勝負時だ。千佳がいつもより大き目に前に詰める。すると、渡部姉が面を打ってきた。千佳が思ったとおりだ。千佳も出ばな面を打つ。相打ちか? と思われたが赤が2本、白が1本あがった。千佳の負けである。会場は大きな拍手につつまれたが、負けは負けである。千佳はまたもやなかなか面をはずせなかった。美香にうながされて面をはずし、場外で渡部姉と正座で対し、あいさつをした。以前は試合後に選手同士が場外であいさつをすることはしなかったが、今では個人戦の決勝で戦った同士は試合後に正座であいさつをするのが慣例となっていた。千佳は渡部姉と言葉をかわすことなく、礼だけをして控え席にもどった。

 閉会式後、顧問の山村が千佳によってきて、

「おしかったな。ああいう時は攻めた方が勝ちになるからな。延長だと相打ちにはなかなかしないから、仕方ないかな。それに県内で渡部姉妹に勝つのは並大抵ではない。審判は公正を期すというが、審判団のほとんどは教員だから渡部先生のシンパも多い。どうしても渡部姉妹の相手に旗はあげにくい。120%の技でないと勝てないな。でも、東北大会にいけば、それはなくなるから勝てるチャンスはあると思うぞ。がんばれよ」

 と話した。剣道界の裏の面を知るようで気が滅入るが、以前に道場主の藤岡師範から

「試合では相手に勝つだけでなく、審判にも勝たなければならない。審判にもクセがあるし、それなりのしがらみもある。それを見抜くことも大事だ」

 と言われたことを思い出していた。

 次は東北大会。まだまだ戦いは続く。

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