第2の冒険 ①
彼の言葉に船内が凍りついたように静まり返る。
「……今何て?」
「だから、ランプに触れなかったら死んでくださいと——。」
「たかがゲームに失敗しただけで死ねだと? ふざけてんのか!」
そう言ってジャファーに殴りかかろうとするシャーディーをハイサムが鼻で笑う。
「ハイリスクだからこそのハイリターン。何の問題もない。自信のない奴は降りればいいだけの事。」
「降りる訳ねぇだろ。俺が優勝してやるよ。」
売り言葉に買い言葉。シャーディーはハイサムに焚き付けられるようにして参加を決めた。それを見ていたアーリムとクトゥブも同じく参加の意思を固めた。
何なんだこれは。この異様な雰囲気と急なシリアス展開にシンドバッドは戸惑いを隠せない。
「準備はいいですか?じゃあ、始め——。」
「いやいや、ちょー待ちいや。」
平穏な雰囲気から一変、突如始まったデスゲームにシンドバッドは堪らず割って入る。自分は参加しないとはいえ、いくら何でもやりすぎだ。
「シンドバッドさんも参加しますか?」
「いや、そういう事やのうて……。仲間内で賞金賭けて争って運が悪けりゃ死ぬやなんていくら何でもやりすぎや。——だいたいさっきあんたも船員と仲良うしたいって言うとったやろ。こない事して何になる?」
船員の中で唯一の良心だと思っていたのにややこしい伏線張りやがって。とんでもない裏切りだ。やはり悪党ジャファーの名は伊達ではないという事か。
「参加しない人が口を出さないでください。それでも皆参加すると言うんですからいいじゃないですか。」
そう言われればそうなのだが、物語の主人公としてやはり一度は止めておかなければならないだろう。それと全滅はさすがにやめてね。シャレならんからマジで。
「では皆さんいいですか? よーいスタート!」
ついに始まってしまった賞金を賭けたデスゲーム。しかし始まった途端シンドバッドはその様子に釘付けになった。
驚くべきはジャファーのその身のこなし。彼はランプを奪おうとする3人の手をするりと躱わし、船内へと逃げ込んだ。
「くそ……何なんだあいつ! めちゃくちゃ速えじゃねぇか!」
「フン……面白い。」
いや面白い、やのうてもっと危機感持ってくれんと全滅——。
彼らの後を追い、船内に足を踏み入れたシンドバッドは目の前の光景に言葉を失った。
「ちょっ……皆どないしたん!?」
たった今船内に入っていったシャーディーとハイサム、そしてアーリムの3人が縄で体をぐるぐる巻きにされ床に転がっている。シンドバッドは動揺を隠せなかった。
「ジャファー君。君はランプを持って逃げるだけの筈や。手出すんは違うやろ。」
シンドバッドはどこにいるかも分からないジャファーに向かって問いかける。
「僕は危害なんて加えてませんよ。ただ彼らが勝手に罠に引っかかっただけで。」
動けない3人の前に颯爽と現れたジャファーは悪びれる様子もなくそう言った。
「何だとっ……?」
挑発された3人は彼を睨み付け身を捩るが、やはりきつく縛られた縄はびくともしない。
「何でや? 僕ら仲間やろ?」
シンドバッドがそう問いかけると、彼は床に転がっている彼らを見下ろしながら吐き捨てるように言った。
「仲間? 彼らのどこが仲間なんですか? 鯨の背に上陸した時は僕らを置いて自分達だけ逃げたじゃないですか。こんな奴ら海に沈んでしまえばいいんです。」
ジャファーは改めてこちらに向き直って言った。
「僕の仲間はシンドバッドさん、貴方しかいません。さあ、僕と一緒に冒険を続けましょう。」
そう言って歩み寄ってくるジャファーにシンドバッドは思わず後ずさる。
これが俗に言うメンヘラというやつか?
呑気にそんな事を考えている間に壁まで追い詰められてしまった。
「――ッ!?」
その時、ジャファーの持っていたランプが何者かに奪われる。彼は驚き、後ろを振り返った。
「誰ですか貴方は?」
そう問われ、彼は消え入りそうな声で答えた。
「あ、あの……クトゥブです。僕も一応参加の意思は伝えたんですけど……。」
どうやら彼は頭数に入っていなかったらしい。1人だけ罠にかからなかったのもきっとそのせいだ。
「影が薄いといい事もあるんやなぁ。」
そう言って今度はシンドバッドが彼を追い詰める。
「で、でも罠にかかった彼らはランプに一度も触っていない。どっちにしろ死ぬ運命です。」
「触ってますよ。今。」
クトゥブは縛られた3人をコロコロと転がし円状に並べると、彼らの足元にランプを置いた。確かにランプは全員の足に触れている。
「ふざけるな。やるなら縄を解いてからにしろ!」
「だ、だって……解いたら君達どうせこのランプを奪い合うでしょ……?」
クトゥブの言い分にアーリムが頷く。
「彼の言う通りだシャーディー。それに命を救われたんだぞ。感謝はしても罵倒など有り得ない。」
「ちょっと待って、何を言っているんですか皆さん。ランプを取ってから触れさせるなんてそんな――。」
嘲るように笑うジャファーに対しクトゥブは至極冷静に言った。
「だってランプを取ってから触れるのは駄目なんて聞いてませんよ。例えそうだったとしてもゲームが始まる前に説明しなかった貴方が悪いです」
確かに。
そこにいる全員がクトゥブの言い分に納得した。
論破された挙句、船員たちの蔑むような視線に耐えきれなくなったのかジャファーは何も言わず船から飛び降りた。
「お、おい……!」
さすがに驚いた一行は船の甲板から海を見下ろした。しかし彼の姿は既になく、やはり穏やかな海が続いているだけだった。
シンドバッドのゆるゆる冒険記 みるとん @soltydog83
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