第1の冒険 後半

「皆さーん!ちょっとこっちに来てくださーい!」


 良心の声がする。

 

 己のポンコツぶりを今更自覚し、落ち込んでいたシンドバッドはその声に微かな安らぎを覚え、一行と共に声のする方へと向かった。


「何やあれ。」

 一行が良心の元へ駆け寄ると、数メートル先の地面から蒸気のようなものが噴き出しているのが見えた。


 恐怖心より好奇心。シンドバッドは良心が止めるのも聞かず、得体の知れぬそれに歩み寄る。


 しかしあんなに勢いよく吹き出していたというのに、目の前に来た所でうんともすんとも言わなくなった。


 次の瞬間。


「な、何や……!?」

 地響きのような轟音と共に、体がぐわんと揺れ、シンドバッドはその場に尻餅をついた。その後も激しい横揺れが続き、一行はパニック状態に陥る。


「か、神の怒りだ……!」

「逃げましょうシンドバッドさん!」


 しかし激しい揺れに加え、恐怖で足がすくんでしまって走ることは愚か立つことさえ出来ない。


「何か段々沈んでないかこの島。」

 そんな中アーリムが至極冷静な声で言った。

 この男には恐怖心というものがないのか?


「そ、そないな事ある訳……ほんまや。」


 海水と思われる水が服を濡らし、その冷たさにシンドバッドは身震いした。一行は脇目も振らず皆一目散に走り去っていく。チームワークなどまるで皆無。しかし命がかかっていれば仕方ないのかもしれない。


 彼らの背中を見送りながらシンドバッドは途方に暮れた。


 えげつないわ、海。

 一度ならず二度までも命の危機に晒され、シンドバッドは軽い気持ちで航海に出たことを後悔した。


「行きましょう!」

 その時、唯一その場に残っていた良心がこちらに手を差し出す。その姿にシンドバッドは度肝を抜かれた。


 宙に浮く絨毯と真顔でそれに乗っている良心。——これは夢か?


「アラ◯ンやんそれ。話違う気するけど大丈夫?」

「何か、落ちてたんですよねそこに。」


 そんな都合のいい話ある?小説なら雑すぎて絶対叩かれる気するけどまあええわ。


 男2人、魔法の絨毯に乗って空の旅。本来ならばここでロマンチックな歌でも歌えばいいのだろうがどう考えても絵面的にきつい。


 2人が船に着いた頃には島は完全に沈みかけていた。というかあれは——。


「よお見たら鯨やないかい。」


 シンドバッドは思わず独りごちた。我々が島だと思って上陸したのは息継ぎの為海面に上がってきた鯨だったのだ。


 そんなこんなでシンドバッドは二度目の窮地をまさかのアラ◯ンに救われたのだった。


「誰だ? 神の怒りなんて言ったのは。偉大な神アラーがそんな事する筈ないだろ全く。」

「す、すみません、つい……。」


 意外な信心深さを見せるシャーディーに気弱な男クトゥブが慌てて謝罪する。

 

 そこまで神を崇めるのならまず他人を助けるべきではないのか。そう思ったがギクシャクするのも嫌なので黙っておくことにした。


 しかしこの協調性のない船員達をどうまとめていったらいいのかシンドバッドは頭を抱える。


 その時ふと良心と目が合った。そういえば彼だけ名前を聞いていない。いや違う。聞いたのだろうがやはり覚えていないだけだ。


「名前、何やったっけ?」

  

 恐らく2回目であろうその質問に良心は嫌な顔一つせず笑顔で答える。


「ジャファーです。」

 

 悪役の方だった。何とも惜しい気がするのは俺だけではない筈だ。


「僕、もっとみんなと仲良くしたいんですよね。せっかく一緒に旅するんだし。」

「奇遇やな。実は俺もそう思っとった。」


 今のところ、このジャファー君としか仲良くなれそうにないが。


「皆さーん! 集まってくださーい!」

 ジャファーは急に声を張り上げ、船員を集め始めた。一体何をするつもりなのかシンドバッドはその様子をまじまじと見つめる。


「全員集まりましたね? では今からゲームをしたいと思います。」


 親睦でも深めようというのだろうか?その安直すぎる考えに船員達皆も訝しげな表情をしている。


「……くだらん。」

 鷹の目のハイサムはその提案を聞くなり踵を返し船内に戻ろうとする。


「ちょっと待ってください。実は優勝者には賞金があるんです!」


ジャファーの言葉にハイサムは足を止める。


「賞金って一体いくらだ?」

「5万リアルです。( JPY約2000万)2024.2/20現在」


 その金額に全員の目の色が変わった。


「ほ、本当にもらえるの? そんな大金。」

「はい! 優勝すれば、ですけど。」


 一気に船内が色めき立つ。


 一体何を考えているんだ?それにそんな大金一体どこから……?


 その見た目からしても単なる好青年というだけで、金持ちには見えない。


「で? そのゲームってのはどんな内容なんだ?」

 未だ疑いの目を向けながらシャーディーが言う。


 するとジャファーは懐から何かを取り出し、目の前に掲げた。


 それは黄金に輝くランプだった。しかしジャファーという名前と先程の救出劇があった手前どうしてもアレに見える。


 何かもう色々詰め込みすぎだろ。

 シンドバッドは思わずため息をつく。ランプを擦ったら願いを3つ叶えてくれる魔神が現れたりするんだろうか。


「日が暮れるまでにこのランプを僕から奪う事が出来たら賞金5万リアルはその人のものです。どうです? 参加しますか?」


 その言葉にシンドバッド以外の全員が参加の意を示した。

 

 それもその筈、彼の体格は貧弱とは言わないまでも、シャーディーの様な恰幅のいい男に比べれば余りにも小柄だ。手段を選ばなければ彼の手からランプを奪うことなど容易いことのように思えた。


「分かりました。ただ一つだけ条件があります。」


「条件だ? んなもん受けて立ってやるよ。」

 シャーディーが意気込んで前に出る。


 ジャファーは爽やかな笑顔を浮かべて言った。


「このゲームに参加したのにも関わらず、このランプに1回も触れる事が出来なかった人は——その場で死んでもらいます。」

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