おめーわかってんじゃねーか

 体育館内


「もう、雪梁さんのせいですよ」

「俺なりに最善を尽くしたつもりなんだがな……」


 天井から落ちた少々の瓦礫が散乱する体育館の中央部、気絶して横たわる姫妃を労わる志穂と雪梁は床に座しながらあーだこーだと駄弁っていた。

 浄霊は完了しているので危機は去ったが、姫妃の容体が心配なので目が覚めるまで二人は待つことにしたのだ。


「それにしても、凄かったですね桐原さん。最後の鳴弦、オーロラみたいでめっちゃデカかったし超キレイだった」

「俺が"界魂かいこん"したとはいえ、実質一撃で上級妖霊を浄霊するとは、幼い頃から厳しい修行を積んできたんだろうな。桐原家を背負って立つ次代の女王に相応しい実力と才覚だ」


 しみじみとそう零す雪梁へ、志穂は雪梁が行なった秘術について問うてみる。


「カイコンって、桐原さんをパワーアップさせたアレですか? 雪梁さんの大鍬ってあんなこともできたんですね」

「魂のくぎりめまで力を引き出すという意味で境界のと書く。野山を拓いて畑を耕す開墾と掛けてるわけだ」


 雪梁は大鍬を掲げ、己の法具であり相棒の本質を説く。

 この世に生まれる全ての道具には役割が存在し、役割を全うすることで初めて道具は道具となる、と。


「鍬という道具の役割は"地中に埋もれた栄養豊富な土を陽の下に掘り起こし、命を育くむ田畑を耕す"こと。霊気を伴って役割に則れば、その道具は法具としての特異性を発揮できる。それが界魂だ」


 殴る、突く、刈る、といった通常攻撃にも使えるのは、田畑を耕す過程で石や根といった異物を排除する・・・・・・・役割も鍬にはあるからだと説明は締めくくられた。鍬はあくまで鍬、武器ではない。


「物を清潔にしたり修繕したり装飾したりって目的を持った道具を模すことで法具の力は高まるって桐原さん言ってた。雪梁さんの大鍬は人の眠ってる力を呼び起こす、ステキな法具。てことは、いつも使ってる他の工具も」

「人の営みを構築し、磨き、直し、つなぐ、バリエーション豊富な自慢の法具たちだ。百姓の出もバカにできないだろ」

「最初からしてませんしっ」


 やっぱり雪梁さんの大鍬は兵器なんかじゃないんだ。

 そう胸を撫で下ろす志穂は安心を覚えつつも気を引き締めた。雪梁の真意を問うため、神妙に向かい合う。


「雪梁さん、どうしても教えてほしいことがあります」


 志穂の真剣な表情と声色に、雪梁も応える。


「排霊と浄霊、正法と外法、この違いはなんなんですか? 雪梁さんはどんな風に考えているんですか?」


 姫妃の想いは知れた。学院長のお話も聞いた。あとはただ一人、雪梁の心が聴きたい。


「……こいつには言うなよ」


 少し小声になりながら、雪梁は志穂に己の心を明け透けに晒していく。


「俺は違いなんてないと思ってる。厳密に言えば、もし違ってたとしてもそこに意味なんてないと考えている。何故なら人は、魂の行く末を確かめようがないから」


 死後の世界観を全否定するかのような発言。しかしこれは確かな事実である。


「神や仏、天国や地獄、輪廻や転生……そんなもんがあるって誰が証明した。世界中に似たような概念はあるがそれぞれで違いはあるし、実証無き正否を争って何千年も戦争する有様だ。とどのつまり、色んな考えを持って、色んな場所に住んで、色んな立場にいる者たちが、勝手にそういうことにしているってだけの話でしかない」


 姫妃には、正道の者には決して聞かせられない言葉たちを志穂は少しずつ受け取っていき、自分なりに解釈していく。


「……浄霊は御魂を慰める、ことになってる・・・・・・・。排霊は御魂を害する、ことになってる・・・・・・・。それが事実かどうかは、正解かどうかは、誰にもわからない」


 雪梁は頷き、核心に迫る。雪梁にとって排霊とは何か。そして、外法者とは何か。


「人間は古来より、事実であろうと嘘であろうと、正法であろうと外法であろうと、意思と覚悟を用いて時を重ね、たくさんの命と技を生み育んできた。俺はこれがとても素晴らしいことだと思う。神仏にはできない、そして人間にしかできない、偉大な力だと思う」


 両親の生き様を誇りに思いながら生きている志穂はしっかりと、何度も頷いた。わたしもそう思うと言葉にせずとも、意思を表したかったから。


「大事なのは想いの強さ、己の意思をどれだけ疑わず信じられるかだ。それらには正法も外法もない。異能や霊能の中だけの話でもない。生きるってこと自体がそうなんだ」


 雪梁は手を伸ばし、志穂の頬に触れる。愛でるように、慈しむように。


「これまで腐るほど悩んできたし、これからも腐るほど悩んでいくんだろう。それでも俺は排霊・・を続ける。磨いてきた己の技で、精一杯生きようと輝く目の前の命を、そして……輝き疲れて眠れない魂を、悪しき因果から解き放ってやりたい」


 志穂は己を救ってくれた大きな強い手に自身の手を重ね、委ねる。


「もし神仏なんてものが本当にいて、俺のやっていることが御魂を害するだけの行為だったなら、あの世で閻魔大王にきっちり裁いてもらう。地獄があるなら落ちてやる。それが俺の……"覚悟"だ」

「やだ」


 たまらなくなった志穂は雪梁に抱きつき、甘えるように囁く。


「そんな怖いこと、言わないで。それにきっと、雪梁さんの排霊は霊を傷つけるだけのものじゃないって思う。だってあの子、笑ってたから」

「……だと、いいがな」

「うぅ」


 ここで姫妃は声をあげ、唸りながら瞼を開けた。光の速さで雪梁から離れた志穂は姫妃に近寄る。


「おおおおおはよー桐原さんっ! わたしたちは別に何もしてないようんなにもしてない! だから落ち着いてね! ね!」

「落ち着くのはお前だ。……気分はどうだ、若女将」


 姫妃はぐぐぐと上体を起こそうとするが、よほど激しい疲労なのか、体はおろか腕すら持ち上げることができなかった。


「霊気の枯渇に身体の酷使、しばらくまともに動けないから無理するな」

「さっき学院長を呼んだから、まだ横になってていいよ」

「……何故、横槍を入れた」


 早速の問いは案の定、禁じていた加勢を行なったことだった。やはり腹に据えかねているのか、不平不満が眉間の皴に表れている。


「あれはあくまで援助で、巴蛇はだを祓ったのはお前の手柄だ、などという詭弁は通じんぞ」

「強いて言うなら、こいつのためだ」


 雪梁は志穂の頭にぽむと手を置いた。


「あそこで俺が出しゃばらなかったらどうしてた?」

「一生口利かないし話しかけられてもシカトするし桃籠も捨てるしメッセもブロックするし今まで隠し撮りしてた画像も全部消すし」

「それは今消せ。ともかく、俺としてはこんな形で協力者を失うわけには――ッ!」


 思い切り太ももを抓られた雪梁の視界には、なんか言葉を間違えとりゃせんかワレェ、とでも言いたげに怒気に歪む志穂の顔があった。ブスいほどに。


「……こいつに嫌われたくないんだ」

「ぎゅー♡」


 満足げに雪梁の腕に絡む志穂の機嫌は秒で治った。


「くッ、羽有殿を盾にするとは、男の風上にも置けぬ輩め」

「というか、お前も他人事じゃないんだぞ」

「そーだよ桐原さん! わたし桐原さんにも少し怒ってるからね!」

「そ、某に?」


 想像もしていなかった展開に姫妃は唖然とした。そんな彼女を見下ろす志穂の表情は、確かに怒っている。


「なんで一人で戦ったの? 自分だけじゃ勝てないってわかってたんでしょ?」

「それは、覚悟の表れです。羽有殿には難解でありましょうが、某には進むと決めた道があるのです。その道を汚す思想を認めることは、道を築いてきた先人たちはもとより、神仏への最上級の冒涜で――」

「でも捨てたじゃん、その道」


 志穂は突きつける。桐原姫妃の示した覚悟、その裏にある明確な怠慢を。


「あのまま戦い続けてたら死んでたってわかってたんなら、桐原さんは歩くのやめたってことじゃん。道を進もうって想いより、覚悟を示したいって想いの方を優先したってことじゃん」

「ッ、羽有殿はご存じないのです。某が今までどれほどの修練を積み、どれほどの責任を負ってこの職を全うせんとしているか」


 桐原の名が背負うもの、その重さは当人にしかわからない。


「全国の仏教徒、約8000万人を背負っているなどという大言は吐きません。しかし実際に妖霊と相対している陰陽師や霊能者はごまんと居ります。彼らの本山にして頂点である桐原は、決して信仰を疑ってはならぬのです。信仰を以て霊気を用いて魔を調伏せし者にそれは許されぬのです。その神命は某の命よりも重い。左様な揚げ足取りで揺らぐほど軽くはない!」


 信じてこそ信仰。疑わないからこそ力を生み出せる。先ほど雪梁が説いた想いの強さはここにも起因している。――それでも、志穂は納得できない。


「そうだね、わたしは桐原さんの背負うものの重さを知らない。でもね、そんなわたしにだってわかることはあるんだよ。この眼で見た事実があるんだよ」


 志穂は明らかにする。桐原姫妃が通した想い、その影にいる確かな被害者を。


「もし桐原さんが死んじゃってたら、この先桐原さんに救ってもらうはずだった御魂たちはどうなるの?」


 ――姫妃は言葉を失った。


「正法とか外法とか、わたしにはよくわからないから、そんなの気にしなくていいじゃんなんて言わない。桐原さんにとっては大事なことなんだろうし。でもね、あの水子みたく、たっっくさんいるんだよ、桐原さんを待ってる人たち。それでも覚悟のために死んじゃってもよかったって言うの? そんなの、覚悟って言わないと思う」


 覚悟とはなにか。――志穂は志穂なりの想いを綴る。


「覚悟ってさ、自分との約束みたいなものなんでしょ? だったら守らなきゃ、手放しちゃダメじゃん」

「っ……」


 やはり姫妃の言葉は出ない。何かを吐き出そうとしても、感情は言葉になってくれない。


「ご苦労様でした」


 ここで体育館の入り口から桐原花園が現れた。しかし入口の扉は開いた様子がない。


「あれ? 学院長いつからいたんですか?」

「さて、いつからでしょう。……この子のことで色々と手間をかけさせてしまったようね、ごめんなさい二人とも」


 頭を下げる花園の様子に志穂と雪梁は恐縮を、横たわる姫妃はバツが悪そうな様子を表している。


「雪梁くん、報告書は明日でいいから志穂ちゃんを寮まで送ってあげて」

「わかりました。お孫さんはどうされますか? 寮まででしたら自分が運びますが」

「貴様の世話になるくらいなら舌を噛むぞ下郎ッ」

「こら、そんな言い方。もう、仕方ないから10年ぶりに私が抱っこしていくわ」

「かわいー♪ それ撮っていいですか?」

「おばあ様ッ。羽有殿も戯れが過ぎます」

「まったくもう、いつからこんなに喧々した子になっちゃったのプリちゃんてば」


「「……はい?」」「ひッッ」


 今なんて言った? とはてな顔の志穂と雪梁とは裏腹に、姫妃の顔色は一瞬で真っ青になった。


「あら、まさかこの子名乗ってないの? せっかく私が「おばあ様待っ」プリンセスプリンセスって世界一可愛い名前つけてあげたのに」


 桐原きりはら姫妃ひき桐原きりはら姫妃ひきに非ず。

 真の名を――、桐原きりはらプリンセスプリンセスと申す。


プリンセスプリンセス……それガチですか? あだ名じゃなく?」

「もちろんガチよ。最強に可愛い名前でしょう?」

「ばふぅっっ‼」


 田中雪梁、腹筋崩壊。


「うははははははっ‼ あっははははははっ‼ あり得ねえだろそんな名前っ! ぐははははははっっ‼ どんなセンスだイカれてんのか⁉ ぎゃははははははは‼」

「っっ~~~~」


 腹がちぎれそうな雪梁と、真っ青だった顔をこれでもかと赤く染めたプリンセスプリンセスは共に体育館の床でのたうち回る。


「あ、あのまさか、学院長の名前って花園かえんじゃなくて……?」

「ええ。周りが表向きはかえんにしろってうるさいからそうしてるけど、本当はフラワーガーテンっていうのよ。ステキでしょ?」

「ばすぅぅぅぅんっ‼ ひっはははははは‼ 国内最高位の陰陽師一族のセンスはどうなってんだ⁉ 生まれながらにしてキラキラネームノシュに祟られてんのか⁉ だはははははははっっ!」

「っっっっ~~~~」


 キャラ設定を覆すレベルで抱腹絶倒する雪梁と、今すぐ死にたい次元で羞恥に染まるプリンセスプリンセス、両名を見下ろす桐原きりはら花園かえん改め、桐原きりはらフラワーガーデンは……、


「ちょっっっと笑い過ぎよねェ」


 背中に阿修羅を背負ってほほ笑んでいた。



 ◆



 翌日放課後/2-A前廊下


「お、今日はガテン系んとこ行かなくていーんかよ」


 巴蛇はだ浄霊の翌日放課後、志穂はリコナナとともに教室を出る。


「うん、今日はお休み。雪梁さんてば昨日ヘマしちゃって学院長にめっちゃ怒られたから、今日一日宿直室で正座させられてるんだー」

「なにそれウケる。ざまぁw なら今日は久々に街へくり出すかよ」

「でもゴミ男が苦しんでるところ、ちょっと見たいかも。遊びに行く前にトゲトゲに波打った石の台座と大きな重し持って見に行かない?」

「酷いし! てかそんなのあるわけないし! でもわたしも撮っときたいから行っちゃおっか♪」

「ご歓談中、失礼いたします」


 意地悪な提案にほくそ笑んでいたところ、聞き覚えのある固い声がかかる。――桐原きりはらプリンセスプリンセスだ。


「あ、またこの子」

「待てよ時代劇女、今日はシホは渡さねーぞ。久々に遊び行くんだからよー」

「ご心配には及びません。これを羽有殿に渡せば某の用向きは済みます」


 姫妃は小さな骨のような物を志穂に差し出した。


「いっ、な、なんの骨コレ? なんか怖いんだけど」

「これは漢方薬の一種で、粉末にして湯に溶かせば薬湯になります。これを是非、ご祖母様にお与えください」

「おばあちゃんに? どして?」

「これはあらゆる心腹之疾しんぷくのしつを癒すとされる薬なのです」

「しんぷく?」

「あのね……」

「なんでナナはこいつの言ってることがわかんだよ……」


 またもナナの耳打ち解説を受けた志穂ははっとした。


「じゃあ、これでおばあちゃんの病気が治せるってこと⁉ で、でもどうして」

「昨日の、お詫びです。そして今までご協力いただいたことへの御礼でもあります」


 姫妃が渡したのは、浄霊後に体育館天井の瓦礫から出てきた"巴蛇はだの骨"と呼ばれる逸品だった。

 中国に伝わる最古の地理書、山海経せんがいきょう曰く、大きな象を三年かけて消化した後に巴蛇はだから出てくる骨はあらゆる難病を癒すと記されており、オカルト界隈では非常に有名な伝説級の霊薬である。


「某がこれから出会う者への慈しみまでお持ちであった羽有殿を、なにもわかっていないと責めた。なにもわかっていなかったのは、某の方だというのに。まこと慙愧に堪えません。心からお詫びいたします。申し訳ありませんでした」

「そんなっ! やめてよ桐原さん! 頭を上げて!」

「またなんかわけわかんねー話してるぞおい」

「なんだろね、この蚊帳の外感」


 深々と頭を下げる姫妃、困惑するリコナナ、彼女たちに囲まれて一瞬途方に暮れた志穂は……諦めたように笑った。もうどうにでもなれ、そんなやけっぱちで。


「そう、だね。リコとナナにも紹介するよ」


 志穂は姫妃の背面に回り、両肩に手を置き、リコナナに向き合う。


「この子は桐原学院長のお孫さんで、プリプリって言うの♪」

「おっっっっっっっっっっっっっほ」


 血の気を一瞬で捨てた姫妃の蒼白な顔は言っている……この世には神も仏もいないのか、と。


「はあ? なんだよそのあだ名・・・

「全然この子のキャラに合ってないんだけど、なんでそんなニックネーム・・・・・・なの?」

「だってほら、この子の名前に姫が二つ入ってるじゃん? プリンセスプリンセスちゃん、略してプリプリ」


 志穂の解説にリコナナは、あははと笑い、姫妃はやはり世界の終わり顔をご披露している。

 どうして志穂はいきなり姫妃の恥部を明かしたのか、その意図はすぐに本人から語られた。


「えー、だってひきって名前・・・・・・より絶対カワイーじゃん。ね♪」


 逆転の発想! 本名が恥ずかしいならあだ名ってことにすればいいじゃん! ――そんな意味の込められた志穂の目配せから姫妃はちゃんと意を読み取った。

 もちろんこれは姫妃にとって初めての提案であった。今まで本名を聞いて笑われなかったことなどないが故、その衝撃は姫妃の全身はおろか心臓にすら響いた。


「また安直なあだ名付けやがって。キレていいんだぜコレ」

「まぁギャップ萌えの観点からはアリかもね」

「でさでさ、プリプリも一緒に遊びに行こうよ! まだこっち来て日が浅いんだし、いつも学院長のお手伝いばっかしてるんだったら遊ぶとこも知らないでしょ?」

「えっ、い、いえ、某は」

「おいシホ、勝手に決めんじゃねーよ。てかこいつも戸惑ってんじゃねーか」

「別に嫌じゃないけど、私たちまだこの子のことよく知らないし」

「大丈夫、めっちゃいい子だから」

「ちょっと羽有さん」


 ここで志穂は教室内の担任教師に呼ばれた。今日の授業で使用した教材を資料室に返す係だったのを忘れていたらしい。


「ごめん! ソッコー戻ってくるから待ってて!」


 志穂はそう言って駆けていった。残された三人に微妙な間が空く。


「……今、わかりました」


「あ?」「え?」


「あなた方が羽有、志穂殿を過保護に扱う意味が。彼女は……可憐だ」


 惚けながら志穂を見送った姫妃のこのセリフにリコナナの眼が妖しく光る――。


「そうだよそうなんだよ! あいつマジやべーんだって! 天然の人タラシっつか嫌われたりしたことねーんだよ! 嫌われる要素がねーんだよ!」

「もういっちいちキャワイイのあなたもわかったでしょ? 虫に近寄らせたくないって思うよね? やっぱ私たち悪くないよね?」

「然りです。あの無垢さは何人にも汚されてはなりません。ましてあんな外法者になぞ」

「それってガテン系のことだよな⁉ それだよそれ! うちらも初恋ならしゃーねーかって一応フォローすることにしてっけどぶっちゃけあんま納得いってねーんだよ!」

「なんであんな不潔でスカした奴に私たちのシホ渡さなきゃいけないの? ほんと死ねばいいのに」

「御尤も。もし明日から殺人が合法化されたなら、某は真っ先に彼奴を殺ります」


 ばしん、と姫妃の両肩はリコナナによって叩かれた。


「おめーわかってんじゃねーか。やっぱうちら間違ってなかったんだよナナ! ガテン系ってば実はけっこーマジメなんかなー、とか思ってたけど、そもそもあんな奴との恋路なんざ応援することねーんだ!」

「そうだねリコ。私も心のどっかで、シホのためならあのゴミ男を受け入れなきゃなのかな、って思ってたけど、その必要ないみたい」

「差し出がましいようですが忠告いたします。彼奴は一見無害で勤勉なように見えますが、それは世を欺く仮の姿。裏では他人様の蓄財を盗み、弱き者に暴力を奮い、校舎裏では火を燃やし、女性の恥部を嘲笑う、性根が腐りきった本性を持っています。何卒惑わされぬことのなきよう」

「っぱくだらねーヤンキーあがりかよあの野郎! よっしゃあ! 俄然やる気が湧いてきたぜ!」

「もうこうなったら遠慮しない。一緒にゴミ男の魔の手からシホを守ろう」

「御意」

「おまたせー、ってなんか三人とも顔怖い⁉」


 帰ってきた志穂は異様に団結する三人の様子に恐怖を覚えた。


「マックで作戦会議だプリ子! つかその前にガテン系をぶっ殺だぁ!」

「一日中正座させられてるらしいから、日頃の鬱憤を晴らしてからお茶しようねプリちゃん」

「それは朗報でございますな。トゲトゲに波打った石の台座と大きな重しに心当たりがございますので、某が準備いたしましょう。これも浄霊の一環である」


 共通の敵を打倒せんとリコナナは我先に駆けていった。志穂はどういうことかを姫妃に問うが、返答は要領を得ない。


「認知的バランス理論とでも言いましょうか。ともかく、志穂殿もリコ殿もナナ殿も善良であり、そして外法者は悪であるということです」

「もー、なにそれ。とにかく二人が無茶しないように早く追いかけないと。あ、それとねプリプリ」


 志穂は姫妃の眼をまっすぐ見つめ、宣言する。


「わたし、協力者やめないよ。プリプリの浄霊、好きだし」


 バッキュウウウウウウウウウウウウウウウン♡ ――姫妃のナニカは完全に壊れた。


「あな憎らしやッ、妬ましや外法者めッ、貴様に志穂殿は渡さぬぞォォ!」

「なんでそこで雪梁さんにキレるの⁉ てか置いてかないでよー!」


 きゃあきゃあと姦しく廊下をダッシュする二人の姿を桐原フラワーガーテンもとい、桐原学院長は学院長室に設置されている水晶玉からにこやかに眺めていた。

 そんな彼女の脳内では昨日の体育館で語られた雪梁の価値観と、それを寝たフリしながら・・・・・・・・もちゃんと聞いていた姫妃の姿が思い映されていた。


 そしてもう二点、桐原学院長はとある大きな疑問について思考を凝らしてもいた。


 一つは巴蛇はだの出現についての疑問である。

 中国の山奥に棲む上級妖霊が、何故前触れなく学院内の敷地に現れたのか。

 結界を壊された様子も突破された様子もなく、突然その場に現れた。これを実現する方法は一つ――、"結界内にいる誰かが召喚を行なった"。


 もう一つは、何故神仏を信じていない雪梁は霊気や法具神仏の力を奮えるのか、という疑問である。

 上級妖霊に臆する様子もなかったことから、花園の眼から見ても雪梁の底は未だ知れない。


「理の円、己が立つは外か内なりや」


 そう独り言ちた花園は水晶内の映像をスワイプ、宿直室の様子を映し出した。

 大人しく正座している雪梁は四名の女子高生に襲撃され、罵声を浴びせられたり水をかけられたり膝に重しを乗せられたりその様を撮影されたりしている。


「これから事が進みそうね」




――あとがき――

これにて一旦閉幕。反響があれば続きを書く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガテン系妖務員とラッキーGIRLはマンモス女子校の廊下をひた走っている 大琴 流 @8969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ