第4話 気にくわないし許さないけど
あまりの勢いと突然の言葉に、お嬢様が目をパチクリとさせている。
一方私は「なんて無礼な事をしているのか」と、目を細めながら彼を睨みつける。
しかし当の本人は、まったく気がついた様子がない。
それどころか、更に一歩前に出て畳みかける。
「正直に言って、俺がクレーゼン行きを志願する理由は不純です! フーが行くから。それ以外の何物でもありません!」
「ダニエル!」
「でも行くからには、仕事はきちんとさせてもらいます! そこは絶対に手を抜きません!!」
流石に私は声を上げた。
羞恥からじゃない。
怒りが勝った。
だってこんなの、お嬢様を守る事を第一のモチベーションにはしていないという事だ。
騎士としての職分よりも、別の物に忠実だからこそ出た志願だという意味だ。
あまりにも失礼が過ぎる。
しかしお嬢様は微笑んだ。
「分かりました。いいでしょう」
「お嬢様?!」
そんな意思表示の声は、少し悲鳴じみたものになった。
しかし彼女は穏やかなままだ。
「本心に素直なのは悪い事ではありませんよ。もちろん時と場所を選ぶ必要はありますが、ダニエルはきちんと選んでいますし」
「しかしこのような!」
「むしろ、彼の誠実さの現れでしょう。本当の志願理由なんて、取り繕うと思えば幾らでも取り繕う事ができるのですから」
たしかにそうだ。
そうだけど。
お嬢様は、いつだって優しい。
そしていつだって正しいのだ。
だから反論も難しい。
「そもそもダニエルの剣の腕は、我が家お抱えの騎士団でも指折りです。騎士団長にも目をかけてもらえる程の手腕ですし、公の場に姿を見せる際には彼にも護衛をしてもらっています。引き続きその任を行うのですから、職務自体には慣れたものでしょう」
ダニエル自身はあまり自分の成果を自慢してくる人じゃないけど、私だってお嬢様の側で仕事をしているのだ。
聞こえてくるダニエルの実力や評価がある。
それがいい事も知っている。
でも。
「彼自身も誠実な性格です。仕事には手を抜かないという言葉も、これまでの彼を知っている私には、信頼に値する言葉だと思えます」
「しかしそれは、クレーゼンに連れて行く人材として適任である事と必ずしもイコールにはなりません」
お嬢様を一番大切にできないような人をたった一人の騎士に選ぶなんて、私は反対だ。
頑として譲らない私に、しかし彼女も譲らない。
「その上、行くのは行った事もない土地。そしてするのは平民暮らし。『フーや私とも固くならず気軽にやり取りができ、周りへの人当たりもいい騎士』が適任だとは思わない?」
「それは!」
分からないでもない。
そして、明確に口にはしないけど、きっとお嬢様はそういう意味でも彼が適任だと思っているのだろう。
私の反発を言葉で無理やりねじ伏せて「命令だ」とか「決定事項だ」と言ってこないあたり、お嬢様らしい。
きっと、同行者として既に決まっている私を尊重してくれているのだ。
そして、強行した結果両者の間に不和が生じたりしないように、こうして彼を選ぶ事の有用性を示し、私に理解を促している。
本来なら、使用人と護衛騎士にそこまで気を使う必要なんてない。
なのにそれができてしまう。
だからお嬢様は皆に好かれるのだ。
私は「はぁ」とため息をついた。
おそらく彼女の『周りへの人当たりもいい騎士』というのは、あちらの領主館、平民街の両方で、トラブルなく新しい人間関係を構築できる騎士を欲しているという意味なのだろう。
たしかにそういう人材でなければ、お嬢様がやりたい事の邪魔になる。
当然の選定基準だと思う。
そしてそれに、残念ながらダニエルは当てはまっている。
贔屓目でも忖度でも何でもなく、おそらく純粋な評価として、彼を知る者に聞いたとしたら10人中9人は「適任だ」と言うだろう。
そう思ってしまった。
分かってしまった。
だとしたら、お嬢様にそれを偽る事もできない。
「……適任の範囲内ではあると思います。お嬢様が『彼を』と仰るのなら、これ以上止める理由はありません」
それでも、おそらくお嬢様が聞きたかっただろう素直な賛成を口にはできなかった。
理由は簡単。
まだ先程のダニエルの無礼を、私は許していないからだ。
たしかに適任かもしれない。
お嬢様が欲する人材なら、一緒に行くのも致し方がない。
もちろん仕事上の付き合いはする。
ちゃんと必要に応じて協力もする。
お嬢様がいる時には、不和を感じさせるような態度は絶対に取らない。
メイドの矜持にかけて誓う。
だけど、お嬢様に無礼な物言いをした事・不純な理由で同行する事は、気にくわないし許さない。
それが最終的に私が行った心の中の線引きだった。
聡明なお嬢様の事だ、おそらくそんな私の心の中のアレコレはすべてお見通しなのだろう。
突き放すような物言いになってしまった私にクスクスと笑いながら、彼女はダニエルの方を向いた。
「フーからも同意が得られたようです。という事で、ダニエルには私の護衛騎士としてついて来てもらいます」
「ありがとうございます!!」
弾み過ぎている声と弾ける笑顔に、私はまた「はぁ」とため息をついた。
ダニエルもついてくる事になってしまった。
ならばせめて、これ以上お嬢様に失礼を働かないように、私が監視しなければ。
密かにそんな決意をしながら、パチッと目が合ったダニエルを睨みつけておいた。
睨んだのに、何故かダニエルは嬉しそうだ。
そんな様子である理由は……一旦考えない事にしておこう。
私はお嬢様のメイド。
その立場に恥じない仕事をする。
それだけ考えられていれば十分。
そう思う事にしたのである。
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お読みいただきありがとうございました。
2024年1月25日にMFブックスより発売した商業作品<転生令嬢アリステリアは今度こそ自立して楽しく生きる>第1巻の発売記念として執筆したスピンオフSSの第一章は、これにて完結とさせていただきます。
続きもいずれ書きますが、それについてはまた書き溜めたらという事で。
ここでは「おそらく貴方が予想されている通り、ツンケンしながらも少しずつ距離が近づいていきますよ、この二人」とだけ言っておきましょう。笑
第二章の公開は、こちらの作品ページの続きで行いますので、ご興味のある方はぜひブックマークをしてお待ちください。
待ちきれない方は、本編やゲーマーズ 様 書き下ろしSSペーパー「番外編:お嬢様の服論争(アリステリア×フー×ダニエル)」で触れています。
※時系列的には、第一章の直後の話がSSで、その後クレーゼンに行く感じです(書籍版・本スピンオフの第二章に合流します)。
気になった方は、ぜひ読んでみてください。
【書籍化作品スピンオフ】公爵令嬢アリステリアのメイドは、いつもお嬢様第一主義 野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨ @yasaibatake
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