第3話 顔が見られなくなるだろ!



「そうだけど、それが?」

「だってそんなっ! お前、クレーゼンがどんな場所か知ってるのか?!」

「知っているわ。でもそれが何?」


 おそらく訓練の合間なのだろう。

 汚れた服、掻いている汗、先程まで使っていたのだろう木剣さえ持ったままの彼――ダニエルに、ため息交じりにそう言い返す。



 クレーゼンが田舎である事は、私だって知っている。

 お嬢様からも言われたし、私だってちゃんと調べた。


 それでも「お嬢様についていく」という意思が変わる事はなかった。

 そもそも、どこにいたって『お嬢様の助けになる』という私の仕事は変わらない。


 お嬢様の側でお嬢様の役に立てるなら、それでいい。

 そう思えるくらい、お嬢様は魅力ある人だし、重ねてきた年月だってある。

 一言では語りつくせないくらい、色々な事がこれまであった。

 私の意思は、そう簡単に外部から曲げられるようなものではない。


「何で俺に言わなかった!」

「貴方には関係のない話でしょ? わざわざ言う理由なんてない」

「フーの顔が見れなくなるだろ!」

「は?」


 私の顔?

 お嬢様ではなくて?


 踵を返しかけていた私が片眉を上げながら振り返ると、そこには真剣でいて、顔を真っ赤にしている彼がいた。



 彼は会えば話をする、同じ家に仕える同僚だ。

 それ以上でも以下でもない。


 ……まぁ他の騎士とは会っても話なんてしないけど、それはダニエルが話しかけてくるから答えるに過ぎない。

 率直で実直で竹を割ったような性格なので人としては好ましい部類だと思うけど、これまで別にそんな事を言われるような間柄ではなかった。


 ……いやまぁよくよく思い出せば、休日を聞かれたり、趣味や好むものを聞かれたりはしたか。

 以前「紅茶は入れるのも飲むのも好きだ」と言ったら、「たまたまもらったのがあった」と言って紅茶の茶葉をくれた事もあった。

 中々珍しいもので少々値も張るものだったから、美味しく頂いた記憶がある。


 しかし、やはり総じて私たちは、顔が見れなくなる事を惜しまれるような間柄ではない。


 それに、私のスタンスは一貫している。

 

「私の一番は、お嬢様です」


 暇な日を聞かれた時にも言った。

 私の休日は、大抵すべて『お嬢様』で潰れると。


 別にお嬢様の身の回りの世話をするだけが、お嬢様のためにできる事ではないのだ。

 例えば、お嬢様の携わる仕事……地方や社交場などの知識、小耳に挟んだ貴族の噂話などを元に、本を読んだり他の屋敷のメイドにお菓子を作って持って行って、お喋りをして繋がりを作ったり。


 お嬢様程ではないけど、私も忙しい。

 仕事の合間に話をするくらいは別にするけど、お嬢様以外の人のために時間を使うのは、私が楽しめる所ではない。



 一言言い置いて、そのまま去る。


 ダニエルは別に、悪い人ではない。

 顔も悪くない。

 性格も。

 ともなれば、他に彼に寄り添う女性は現れるだろう。


 彼のためにも、気を持たせるような事をする気はなかった。

 それでこの話は終わる。

 ついでに勝手に片鱗を見せてきた私への興味も、終わるだろう。

 そんなふうに思っていたのだが。


「アリステリア様! クレーゼン行きに、騎士を一人同行させると聞きました! 俺を連れて行ってください!」


 バタバタと廊下を走る音、そして乱暴気味なノック。

 それらに若干腹を立てながら開けた扉の先にいた息を切らしたダニエルに、そしてこの一言に、私は思わず目を見開いた。


 その話は、つい先程アリステリア様が家付きの雇い騎士の長に話したばかりの内容の筈だった。

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