本編
【スポット①屋台】
あなたは「鏡のある駅前」で、不思議な少年ミラーと出会った。直後、目の前の鏡に変化が起きた。大きな変化ではない。けれど、なぜか奇妙な違和感。
…なんだろう?
鏡を覗き込んでみるが違和感の正体はハッキリしない。腕を上げてみて、ようやく気がついた。今、自分は右手を上げている。しかし、映っている自分は向かって反対側の手を上げている。これは変だ。鏡は右と左が逆に映るはずなのにおかしい。映っているのは自分なのに自分じゃないような感覚。何だか気味が悪い。
「ねぇ、鏡がどうかしたの?」
ミラーが横から鏡をのぞき込んだ。しかし、どうしたことだろう。鏡には自分一人しか映っていない。ミラーは鏡に映らない。そう言えば、どこかで聞いたことがある。悪魔や幽霊は鏡に映らない。まさにこれがそうなのか。
…これは良くない。とても良くないものだ。
あってはならないことが、目の前で起こっている。
自分でない自分。鏡に映らない少年。
ゾワゾワと背中がうすら寒くなってきた。腕に鳥肌が立っている。
「どうかされましたか?」
その時、不思議そうに尋ねる声がした。振り向くと鏡の向かい側にあった屋台の店員と目が合った。店員はこちらを心配そうに見ている。
「鏡が…この鏡はおかしい」
「どこが変なのですか?」
「左右が逆になってて…」
「あぁ、あなたは鏡の魔物にとり憑かれてしまったんですね」
鏡の中の自分がおかしな動きをする時は、鏡の魔物がとり憑いているらしい。そのままにしていると、体をのっ取られてしまうという。
…体をのっ取られるのは怖い。どうすればいい?
「お一ついかがですか?美味しいですよ」
店員が店の売り物の〇〇饅頭を食べるように勧めてきた。見ると、屋台の横に「厄除開運〇〇饅頭」というのぼりが立っている。
「厄除けの効果もありますよ」
(どこからともなく心を落ち着かせる音楽が流れてくる…)
しかし、ミラーは先を急ぎたいようだ。
「ねぇ、今食べるの?運のいい君には厄除けなんかいらないよ」
「でも…」
「早く行こうよ。僕、先に行ってるね」
ミラーは気まぐれな猫のように行ってしまう。
…仕方がない。厄除けは後でもいいか。
(ブツリと音楽が急に止む)
*****
***
*
【スポット②喫茶店】
ミラーに案内されて、駅前の大通りを歩いていると一軒の喫茶店が目に止まる。あなたはちょうど喉が乾いたような気がしていた。
…そうだ。あの喫茶店で何か飲もう。
席に座ると、テーブルの上のメニューを見るようにミラーに言われた。メニューを手に取り、何を頼もうかと考えながらページをめくる。
「さて、君には読めるかな?」
ミラーが楽しそうに問いかけてくる。普通のメニューかと思っていたら、最後のページで手が止まる。
「これは…?」
そのページは左右反転の鏡文字になっていた。それまでのページとは違い、奇妙な飲み物と食べ物の名前が並んでいる。
「おめでとう。あぁ、さすが僕の見込んだ君だ。君には見えるんだね。これは普通の人には見えない特別な裏メニューなんだよ」
ミラーは楽しそうに声を上げて笑った。
アハハ。アハハ。
「君はやっぱり運がいい。裏メニューをオーダーすると、未来のことを教えてもらえるよ。やってみなよ。僕、もっと君のことが知りたいな」
裏メニューを頼むと、注文したメニューと一緒にやって来た占い師が運勢をみてくれた。
「運命の輪は逆さまを示しています」
…運命の輪って何?いいの?それとも良くないの?
運が良くても悪くても。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
占いは当たることもあれば、当たらないこともある。
運は変わるもの。信じるも信じないも自分次第。
見ると、テーブルの上に奇妙な鏡が置いてある。血のついた手で触ったような指の跡のついた気味の悪い鏡。
占い師は神妙な顔で諭すように告げる。
「鏡は真実の姿を映します。でも、知らない方がいいこともあるのですよ」
(妙に胸を騒がせる音楽が流れてくる…)
*****
***
*
【スポット③雑貨屋】
「僕、欲しいものがあるんだ」
ミラーに誘われて、あなたは店に入った。ミラーは何かを買いたいらしい。一人でぶらぶらと店の品物を眺めていると、店番をしていた店員が声をかけてきた。
「あの…お客さん。ひょっとして、鏡屋敷に行かれるのですか?」
なぜか、店員は怯えたような様子だった。
「鏡屋敷?」
「この先にたくさん鏡が置かれているお屋敷があるんですよ」
「鏡が?」
「不思議なお屋敷ですが、時々、迷子になる人がいるという噂です」
屋敷には大小様々な鏡が無数に置かれているという。
向かい合わせに置かれた合わせ鏡には、霊道が出来る。鏡の数が多ければ多いほど、たくさんの道が作られ、中にはこの世ではない世界や、魔界、地獄に繋がることもあるらしい。
そして。
鏡の中に迷い込んだ人は、霊道を通って現れた悪霊にさらわれてしまうのだという。
「もし、鏡屋敷に行くというのなら、お守りを買いませんか?悪霊から身を守り、幸運をもたらすお品です」
店員が店にある品を勧めてくる。店のレジ横に置かれた血の手形が押された鏡の前に「悪霊除け」「ラッキーアイテム」と表示された品物が並べられていた。その一番下の棚にあったミラーのように可愛らしい黒猫のぬいぐるみに気づき、思わず手に取ろうと近づく。すると…
「お守りなんて必要ないよ!」
ミラーが急に大声を出して突っぱねた。驚いていると、ミラーは言い訳するように甘えた声で囁いてくる。
「だって、君はとっても運がいいんだから。ねぇ、きっと大丈夫だよ」
(奇妙に明るい音楽が聞こえてくる…)
*****
***
*
【スポット④鏡屋敷(空き店舗)】
ミラーとあなたはある家の前に立っている。それは空き家のようで、人の住んでいる気配はない。
「終点はここだよ」
「勝手に入っていいの?」
あなたが尋ねると、あなたに応えるように入り口の扉が一人でに開いた。
(家に踏み込むと、おどろおどろしい音楽が流れてくる)
何だ、これは。あなたは目の前の光景に立ちすくむ。部屋の中に布を被せた鏡が中央を向くようにあちこちに置いてある。
「さぁ、行こう。ここではない新しい世界へ」
にっこり微笑むミラーが布を外して鏡を見てみようとあなたをせかす。子猫のように愛らしい目が早く早くと訴えかける。
好奇心にかられて布をめくると、布に隠された鏡があらわになる。鏡には生々しく血にまみれた赤い手形が押されていた。
――――いくつも。いくつも。真っ赤な。真っ赤な血まみれの…手、手、手…
思わずギョッとなるが、何かに引き寄せられるように、一枚、また一枚と、鏡にかけられた布の
…怖い。でも、手が止まってくれない。誰か…誰か助けて。
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚…」
(いちまぁーい、にまぁーい…番町皿屋敷風に一斉に読み上げる大勢の不気味な声)
ミラーも一緒になって鏡を数えている。あなたは声に導かれるように布をめくってしまう。怖くて怖くて震えているのに、あなたの手は止まらない…
「鏡を合わせると異世界に繋がる道が出来るんだよ。どこに行くかは知らないけどね。すべては運さ。運次第だよ」
ミラーの笑い声が弾ける。アハハ。アハハ。
(グチャリ、グチャリと何かを潰す音と、女の悲鳴が響く)
「君は何の苦労もしないで都合のいい世界に行きたいんだろう?だから、僕について来た。君は厄除けも占いもお守りも必要としない。誰の忠告も聞かない。さて、運のいい君はどんな世界に行くのかな?」
(ボソボソ、ボソボソと、呪うような低い男の声が聞こえる)
鏡に囲まれた自分。鏡の中の自分。
鏡に見られている自分。
たくさんの自分。こっちを見る自分。
自分。自分。自分。
自分が自分でなくなってしまいそうになる。
…今、見ている自分は本当に自分なのか?
(呪文のような声はやがて消える)
*****
***
*
屋敷から出たのは黒い子猫のような少年だけだった。
あなたの姿はもうどこにもない…。
少年ミラーはさっき買った雑貨を袋から取り出して、妖しく微笑む。それは長方形のキラキラ光る細長い箱。これを買っておいて正解だった。さっそく役に立ってくれた。
――――これはあれだよ。人間が最後の最後に入る箱。片側に小窓がついているのは、安らかに眠っている君の寝顔を見ることができるように。
アハ。アハハハ。
嬉しそうに笑うミラー。
――――僕の名前はミラー・コフィン。
どういう意味なのかって?
ミラーは鏡。コフィンは
棺って知ってるかい?
死んだ人が入る棺おけのことなんだよ。
そして、この棺おけの中で眠っているのは…(沈黙数秒)
【オマエ】だ!!!
(大きく断定的な男の声色で、脅かすように)
ミラーは黒いショートパンツのポケットに「
―――――君は本当にツイてたね。僕が君を案内してあげる…あの世に。
さて、次に入るのは誰かなぁ。
(複数の嘲笑するような笑い声が響く)
【END】
鏡の国のミラー 瑞崎はる @zuizui5963
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