鏡の国のミラー
瑞崎はる
プロローグ
あなたは「鏡のある駅前」にいる。
そこは奇妙な噂のあるところ。
運が良ければ不思議なことに出会えるという。
あなたはつまらない毎日に飽き飽きしていた。
ゾクゾクするようなスリルを味わってみたい。
ここならば、何か面白いことが起こる。
そんな気がしてここに来た。
ドキドキしながら鏡を見ていると、背後からあなたを呼び止める声がする。
――――ねぇ、君。そこの君。そう。君だ。
おめでとう。君はあの世に選ばれた。
さぁ、僕と一緒に「鏡」を通って、素敵な世界に行かないかい?
あなたを呼び止めたのは男の子だった。
黒い髪に黒い目。黒いシャツに黒いショートパンツ。膝までの靴下も履いている靴も全部黒。
黒、黒、黒の黒づくめ。
真っ黒黒の黒猫みたいな男の子。
男の子はとても人懐っこい。子猫のようにあなたの足下にまとわりつきながら親しげに話しかけてくる。
―――――ねぇ、君は行きたくない?
不思議な魔法。誰にも負けない強い力。仲間だって友達だって簡単に手に入る。うるさい親や先生や上司もいない。いじめっ子や嫌な奴はグチャグチャに潰れるまでやっつけちゃおう。
大丈夫だよ。お金はいらない。努力もいらない。お腹も空かない。君は何もしなくてもいいんだよ。何もしなくても全部、神様かえらい誰かが与えてくれるから。
男の子は甘えるようにあなたを誘う。可愛いがしつこい。あなたは思わず「そんな都合の良い話があるわけない」と言ってしまう。しかし、男の子はおかしそうに笑った。
――――そんなことないよ。
だって、君は選ばれたんだもの。
ガチャや懸賞や宝くじと同じだよ。君は当たったんだ。
たまたま偶然。運だよ。運が良かったのさ。
すべては運次第だよ。
男の子はあなたの耳元で優しく囁く。
――――運なんて天に任せておけばいいんだ。
楽なもんだよ。少しの勇気と欲と怠け心があれば。
さぁ、僕と行こう。僕は君を待っていた。
君がいいんだ。君を選んだ。君じゃなきゃ嫌だ。
男の子は熱心に何度もあなたを誘う。あなたはだんだん気持ちがほだされてきた。道の向こうから、心を浮き立たせるような楽しげな音楽も流れてくる。あなたは男の子に尋ねる。
「じゃ、一緒に行ってくれる?」
――――もちろんさ。僕が君を案内してあげる。
彼の名前は「ミラー・コフィン」。
鏡の世界から来たあなたの案内役…
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