メンテナンスの御願い.3
魂が「ひとり」、夜の街に溶けて消えても、屍はこの世界に「一体」残存することになる。死体の数え方はひとり、ふたり……、ではない。一体、二体……だ。当然である。それは人ではないのだから。
屍という物体は、焼却されるべき遺骸という後暗い「モノ」である。法律上はモノである。それ以上の価値とは、私たちが、私たちの内面を通して見出すべき価値であり、故人が生きていた時間を重ね合わせて特別な感情を抱く。
それは決して否定されるべきでは無い。でも、注意した方がいい。その目線のまま世界を見た時の、ギャップの大きさは、どうにも慣れないものがある。
「まるで機械みたいな数え方だね。」
大破した軽自動車。胴、右腕、左腕、右脚、左脚。
「先生、血が足りません。血液型は……」
点滅する赤の光が、回転して、横に伏せってを繰り返す。
「チョークそこまで!はい速やかにレッカー車に車括って!右からつけて!」
私たちの記憶で、あの人が生きているあいだに。死によって乖離する霊魂と身体が、その結びつきをほどく前に。身体とは機械なのだろうか?
生きていた「人間だったもの」が、人間をやめてモノに相代わるその瞬間に、その前後に、目撃者はみな共通して泣いたり、叫んだり、怯えたりするらしい。そうかと思えば華やぎを死に求めて、自分から棺に眠る人も少なからずいる。
「日常的な過積載と 整備不良 だよ。よっぽど乗り回しときながら、整備記録はスカスカだと思う。……おい〇藤!ボサっとすんな!」
身体は機械だろうか。時に陶器に例えられるほど美しく、時に苦痛を溜め込む毒の壺。胎盤からは新しい命も生まれてくるらしい。だが誰にも平等に死が存在し、変化し続ける細胞は死の訪れによって働かなくなる。働きを私たちに捧げるという点では、まさに身体とは、機械めいているという表現がピッタリだ。
外傷だけじゃない。病が内側から潜み入り、生存に必要な機能が働かなくなれば、それによって私たちは死ぬ。生きている状態にとっては、身体そのものが、状態の継続に必要な一要素である。
しかし、機械そのものなのか。閉じられた瞳。半開きの唇から覗く歯。流血が乾き、皮膚と共に染まる髪。横倒れの三十六度五分のその物体を、モノと断定することに困難を感じてしまうほど、私は弱いのである。
「はーっ、あのさァ〇藤。お前この仕事向いてないんじゃないの。考えても分からないこと考えてたらキリがねえだろ。ガイシャが浮かばれねえよ。そんなことにグチグチグチグチ頭使ってる暇あったら体動かせ!」
「は、はい。すみません!」
私が警察官を辞めるのは時間の問題だった。
それは、私が死体を見た時に、もしくは動かなくなった人を見た時に、恐れを克服することができなかったからだと思った。
否、どんな人物でも怖いはずだ。苦言を呈した上司だってそうだ。あの時の私には、ただそれが分からなかった。身体が機械に成り下がるという事実を受け入れることができず、忌み嫌っていた、というのが真実である。
そんなことさえも分からなかった私は、もしも機械として生み出されたのなら、心にさえ鋼鉄をまとえたなら、こんな世界でももっと生きやすかったであろうかなんて思いながら、見聞書にボールペンを書き付けていた。
日が沈んだ夜の街は、イヤに体が冷えるものである。
(了)
メンテナンスの御願い 繕光橋 加(ぜんこうばし くわう) @nazze11
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