メンテナンスの御願い.2

 本当に月並みな事しか俺は言えやしないが、技師さんはすごい。すごいよ。あの腕さばき、立ち所に問題のあった部分が直ってしまう。尊敬すると言う他ないね。どこに何が入っていて、コードがどう繋がっているか、どこの箇所に問題があるのか……最短経路でその不備を見つけ出してしまうんだ。

 今回の故障はあまりに早すぎたかな、とも思う。立ち止まって考えれば、もっと頑丈に造られた二輪車なんてどこにでもある。

 しかしそれでも電動キックボードはすごいや、なんて思う。

 私が乗っているのは、ピンクナンバー。言ったら原付二種だ。

 排気量は51ccから125cc……と、電動なんだから、排気量とは言わないか。それは違いすぎる。電動だから出力電圧だと、ええと、……。


 ふむ!600Wから1000Wだそうだ。覚えてなかったから、スマホで調べちまったよ。このスマートホンってのも新しい技術だよな、言ったら。


 でも。すごいすごいとは言うけど、その新しさから、周りの目線がすごく苦しい時がある。小学生や中学生なんかはキャアキャア言って、少し照れ臭いくらいだけど。大人はそうは言わないな。日々後ろ暗いニュースなんかを聞いてるからだろうね。開こうと思わなくても流れてくるのは、「電動キックボードがまた事故!」なんてのばっかりだ。技術の革新よりも、危険性が大いに紙面を賑わせているのは、心情的にビミョーだな。本当に自転車や原付より事故は多いのか、少なくないワケがないのか。それは私には分からないけどさ。


 私が警察官だったころも、とっくの昔になってしまった。あの時に片手間で取った免許が、こんな能天気オヤジになってもまだ、変わらず私のズボンの左ポケットに入ってるなんて思わなかった。

 しかし安全に乗りこなすことができさえすれば、電動キックボードさまさまで、善用するに苦はないものだよ。

 私は少なくとも、あって良かったなあと思うんだ。安価で、早くて、ちょっぴり壊れやすいけど、それなりに速いモンなあ。


 待合室で座って話してたんじゃあ、魅力が伝わらないか。実際に、「街で」乗ってみたら丁度いいよ。この郊外でなら特にね。マチノリってやつさ。だが、遠距離にはとても対応できないだろう。田舎の道を我が物顔で走りまくるのは、流石にガソリン車が中心だ。それに、周りの乗用車やトラックに合わせて、ビュンビュン走るのにも適していない。速度を一定に守り続けなきゃ、航続距離はたちまちに伸び悩んでしまう。その意味では、かなり限定的な市場だ。


 え?誰にでもオススメかって?

 ……いやあ、どうだろう。

 それなりに難しいと言えば難しい。東京はベルリンやパリより雨が多い。


 公道走行かどうかについても諸々の線引きが複数あるしな。自転車の仲間から私の愛車みたいな自動二輪まで。それらの規格に合わせて、できることとできないことは変わってくる。技術に焦って法律がどうにか合わせる、なんてのもおかしな話だ。人だってそうさ。どんな道具だって、人と機械がお互い歩み寄らなきゃあ、と思うよ。

 今では規制が緩和されたとかなんとか。ハハハ。怖いよ、怖い。危険性もしっかり知っておかなきゃな。道を歩く人もいれば、立ち止まってる障害物もある。ますます増えるかどうか、なんてのはすぐに言えるものじゃない。キックボードを取り巻く悪評が、電動モービルのブレーキになることもあるだろうよ。当たり前だ。


 だから、例えば、新宿の周辺?代々木やらなんやら。初めて見た時、私なんかは正直「なんだい、あれは」と思っちゃったよね。それは元の仕事柄というのもあるのだろうけれど、キックボードにお世話になっているユーザーのひとりとして、素直なコメントだよ。

 この前、ハンバーガー屋のカウンター席から、西武新宿駅前を見ていたときのことだ。ノーヘルの兄ちゃんが自動車の一方通行道路を逆走して行ったんだ。迫り来る車を避けながらさ。二車線の間をすり抜けて行った。

 あれ、本人はどういうつもりなのか。ニンジャにでもなったつもりなのだろうか。見ているこっちが、目を背けるほど怖かった。運転してる人から見たら、自分に向かって、それなりのスピードで人間が突っ込んで来るんだ。あれはマズいよ。

 もっとも、法律的には、あれらは車じゃない。自転車の仲間だ。ノーヘルだっていいし、車に向けた規制である一方通行に従わなくたっていい。今は。犯罪じゃないんだから、その不親切さを咎めることをできても、裁いて強制的に行いを止めさせることはできないのかもしれない。

 ……うん。

 なんて時代だ。機械の進化は凄まじい。

 例え公道を走行する、バイクの仲間でなく、自転車の仲間であっても、ルールとマナーは手放しちゃいけない。ああいった連中はキックボードでなくともスケボーだろうとセニアカーだろうと、同じことを繰り返すのだろうけど。自分を一般化して、周りからどう見えているかを推測し、行動を選択する力……ってやつは、全ての人が持っているものじゃない。

 だから、まず調べる力なんだ。機械を所有する人間が、機械を運用するために、必要なんだ。ロボだろうが、人工知能だろうが、運用する資格を一個一個積み上げる手間を求められているのだよ。


 やれやれ、「お前が言うな」ってんだろ?分かってるよ、カアさん。私が今日ここにいるのも、生憎ハンドル操作を昔、誤ってしまったからなんだもの。

 だからこそ、とでも思ってくれればいい。

 事故っていうのは、外に放り出された私に口を開かせるほど、怖いんだ。本当だぜ?お前サンが知っているか知らないかは分からないけどな。


 ……。


 「車にぶつかれば人は死ぬ」。最近では死という言葉を使うことに、世間様は抵抗があるらしい。だが、私はあえて使う。人は死ぬ。

 車に跳ねられれば私達は死ぬ。

 事故って、そういう怖いものなんだ。そういう怖い出来事を防ぐために、取り返しのつかない事象を遠ざけるために、わざわざ小さくない額の金を払って、教習所に行き、世間的に技能を認めさせるために、免許ってもんを取得する。


 規制緩和云々というのは、世のお偉いさんが決めているんだから、私がどうこう言っても仕方が無いし、君がどう思っているかも分からない。同じ考え方をしろっていうんじゃない。

 だが、私は、それで幸せな社会になるのかなあとは思う。まあ、嫌なことを言った、忘れてくれ。

 結局、一つ一つの過ちや悲しみを反面教師にして、私たちが気をつけようとするしかないらしいんだ。


 私にとっては、あの乗り物はありがたいものだ。

 実に有意義なものだ。


 かつて取り上げられた、なんて言い方は、少し詩的過ぎるよな。だけどさ、もう私に付き合ってくれるのは、バスとタクシーくらいだったんだ。マイカーでもいいけれど、私にあの箱は大きすぎた。

 また新しい朝に出会えたのなら、それは幸せなことなんだと。私達が、再びネジを巻き直すときに、差し出された一日へ秩序を組み込まなければならぬ……。ハハハ。


 さて、そろそろ呼ばれる時間だが。あの走行車両を乗りこなすためには、私も気合を入れ直さないといけないね。

 お、呼ばれた。じゃあ、この片義足のメンテナンスに行ってくるよ。まだ電動キックボード、車高十三センチの走行する板に、鉄の脚をあてがい続けることを許していてもらうためにね。


 HJ二四式のオーナーは、音も立てずに静かに立ち上がったが、一歩歩く毎にカチカチと噛むような音を立てた。歪んだディスクがブレーキポイントで擦れるように。

 〇藤□代さんは故人である。自動車事故でとっくの昔に死んだのである。彼女の旦那さんが再び、小型二輪に匹敵する機動力を取り戻した時は、もうその背に回される体温は無い。二人乗りを求める必要がなかったことも、ひとつの幸いであったのだ。

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