夜明けは遠く、ただ暗く
目々
夜行
悪い、夜中に玄関汚して。人間あんまりクると吐くって、本当なんだな。
外が明るくなったら、俺ちゃんと掃除するから、今はちょっと。まだ夜だから、駄目だろ騒いだりがしゃがしゃやったりしたら。まともな人間はさ、夜に外に出るような真似したらいけないだろ。何だっけ、何かの曲で聞いたなそんな歌詞をさ、暗いやつ……。
急に押しかけて悪かった。駄目もとで来たんだけど、夜中だし、時期が時期だから誰もいないのも覚悟してたんだけど、お前返事してくれたからさ。藁にも縋るっていうかもうとにかく部屋入れて欲しかったんだよ。
そうなんだよ年末だからさ、一人暮らしの連中はほとんど実家帰ってんだよ。実家住みのやつらのとこなんか無理だし。自分ち帰ったって誰もいないし──そう、誰かに会いたかったっていうか、人がいるとこに行きたかったっていうか、そうやって考えてたらお前んちに来ちゃった、っていうか。お前んちはさ、今までもそこそこ遊びに来てたから咄嗟に思い出せた。こないだ来たばっかか、そうだな、暇だからってレンタルショップでバカみたいなジャケットのDVD借りて鑑賞会しながら飲んでた。何だっけ、ゾンビがめちゃくちゃ動きが良くってさ、こいつらSASUKE出た方がいいみたいな話をした。
ああ、いや。今そういうの、あれだな。
ごめんな本当。貧乏くじ引かせたな、年の瀬に。
何してたんですか、ったら、普通に、飲んでた。まあ……馬鹿の年納め、とかそんなつもりだったんだよ。バイト先の気の合う連中で飲み会してたんだ。
それこそ年末だからさ、忘年会みたいな感じで。どいつもこいつも時給目当てで実家にも帰らずに
バイト先のさ、城野さん、な。いい人なんだよ。試験近いときのシフトとかも相談乗ってくれるし、喫煙所とかで一緒になると何かと気にしてくれるし、あとあれだ、俺の好きなバンドをあの人も好き。そのくらいで十分じゃん、仲良くなんの。仕事仲間と仲悪いよか上手くやれてた方がいいだろ、絶対。
で、城野さん中心にこの年の瀬までシフト入れてるような連中で忘年会しようって話になってさ。適当なチェーン店に予約入れて、二時間飲み放題コースでぐだぐだやってたの。うっすいサワーと安いつまみを量だけばかばか流し込んでさ。それでもまあ、馬鹿騒ぎできたからな。楽しかったんだよ。
ラストオーダーで店ぞろぞろ出て、二次会どうする、って話になってさ。城野さんのとこ行って家飲みすることになったんだ。一人暮らしだからさ、集団でなだれ込んでも文句言われないし近いしっていう理由。
先輩んちの近くのスーパーで酒とか食いもん買い込んで、配信サービスで適当な映画流してさ。だらだら飲んでたんだよ。潰れるやつもいたから、そういうやつはちゃんと端にどけて布団かけてやったりしてた。都会でも冬だからさ、明け方なんか冷えるし。
そうやって飲んでるうちにさ、何だろうな、近くに心霊スポットがあるって話になったんだよ。
何でそんな話になったっけ──ああ、あれだ。こうやって俺たち騒いでも大丈夫なんですか大丈夫このアパート住んでる人殆どいないし俺の階の連中みんな夜いないから何すかそれ訳ありとかじゃないですか違うよ俺んとこは訳ありでも何でもないよって、そうだ、そういう話を、したんだ。覚えてんだよその辺の流れ。ちょうど流してた映画で工夫も何にもなく腕ぶった切られて血みどろになるアホのカップルが出てきたところでさ、悲鳴うるせえなって思いながら話してたんだ。
そう、俺んとこはって言ったんだよ、城野さん。だから、聞き返しちゃったんだ。その言い方だと訳あり自体はよそにある、みたいな感じになるじゃないですかって、ビールの缶片手にさ。ほんの雑談のつもりだよ、それ以上の意図なんかがあるわけないだろ。
そうなんだよあるんだよ医療ミスと経営不振と院長の自殺とっていうフルコースの個人医院がさって、答えたんだよ城野さん。
すらすらさあ、もう話慣れてます! みたいな感じで。本当にその三つ、個人医院で人死ぬ系の医療ミスがあって、訴えられはしなかったけど地元でやっぱ噂になって患者来なくなって、そんで罪の意識? とか食い詰めた院長が診察室のドアノブで首括ってもう全部駄目シンプルお化け屋敷、って感じの話。
要点まとめんの上手くってさ、そういうとこにもやっぱ仕事できる人は違うなみたいなこと思ったりした。
で、さ。行こうって話になったんだよ。
一応酒が切れてそうになってたから、みんなで酒の買い出しついでに、ってな。メインどっちだよって、言うまでもないだろ。馬鹿なことがしたかったんだよ。探検気取りでさ
この寒いのに馬鹿じゃんって思うだろ。思ったよでも、楽しかったから。酔ってたしさ、俺も城野さんも、他の連中も。だからみんなで馬鹿なことをやりたかったんだよ。何もなかったら大笑い、何かあっても複数人ならどうとでもなる。そう思ってたんだよ。
何があったか、言いたくない。
っていうか、分かんない、んだよな。どう喋んのが正解なのか、見通しが立たない。
場面がさ、ぶつ切れなんだよ。暗い玄関、埃ひとつない黒くて長くて冷たい廊下、割れた写真立て、びたびたに濡れた扇風機の羽、分解されたパイプ椅子、診察室のドアノブ、転がってただ伸びていく包帯、階段を往復する足音の群れ、ゆっくり開いていくドアの昏い隙間──。
そうなんだよ。
そんで俺、逃げたんだと、思う。
どうやったのかどうなったのかも全部覚えがない。けど、気づいたら建物の外に転がってて、ぶつけたんだか擦ったんだか分かんないけどあちこち痛くって、でもここに長居もしたくなかった。
立ち上がって、とにかく足を動かした。城野さんのことも他のバイト仲間も全部どうでもよかった。つうか見つかんなかったからな、ああ……どうせもう駄目だって分かってたのかもしれない。勘だよ、でもきっと間違ってない。無事じゃないだろ、きっと。俺だってこんなんなんだから。
だから、お前が最初に噎せるみたいにして悲鳴を上げ損ねたのもさっきから近寄ってこないのも、できるだけ俺のこと見ないようにしてる理由も、分かる。怒るわけないだろ。正しいよ、お前。
おかしいの、分かってんだよ。
腕も、足もさ、普通さ、人間の腕ってこんなとこから曲がんないじゃん。俺今どうなってるかっての、お前の部屋に来てからやっと確認できたもの。駄目だよな、これ。
可能性っていうか物理現象的にはそりゃ曲げれば曲がるよ。けど、そうなったら滅茶苦茶痛いだろ。脱臼とか骨折とかそういう、重傷のやつだよ、これ。こんなお前んちでぐだぐだ泣き言喋るよか、一番最初に救急車呼んでくれって喚くべきやつだよ。
でも俺そんなに痛くない、っていうか痛いのは分かるけど痛いのを感じてないんだよ。俺の身体なのに、俺のことじゃないみたいな──それはさ、すごくよくないだろ、多分。
救急車、呼ぶべきなんだろうか。でも俺意識もちゃんとあるし、多分ここまで歩いてきちゃったし。その時点でもうおかしいんだよ、こんな足で立てちゃうのがさ、ぐにゃぐにゃにしたクリップみたいな……。
お前だって俺が玄関に立ってチャイム押してたから入れてくれたわけだしさ。深夜でも救急ならやってるかな。でもさ、頭の医者って深夜どうなんだろう。やっぱ夜明けまで待ったほうがいいんだろうか。だってまだ夜中の三時なんだ。夏ならともかく、冬の日の出はずっと遠い。
でも、俺夜が明けてもここにいられんのかな。だってさ、そういうやつらって朝になると──。
ごめん、大丈夫だ。だからそんな目で見ないでくれ。
めちゃくちゃに嫌だ、ここでお前に拒絶されるのだけは、嫌だ。期待されないのは慣れてるし、かわいそうがられるのもどうでもいいけど、今そうやって怯えられるのは困るんだ。
俺がどうなってんのかまだよく分かんないけど、とにかくお前には何にもしない。だってお前、俺のために玄関開けてくれたもんな。嬉しかったんだ。あんな目に遭って逃げ出して、とにかく誰かに会いたくって、そしたらお前がこうやって──そんなの、恩人だろ。そんな相手に何かするなんて、そんなの人間のすることじゃない。それはまだ、分かるんだよ、俺。
だから。
何にもしないから、朝までここに置いてくれないか。玄関でいい。ここからそっちにはいかないから、頼むよ。放っておいてくれていい。何ならガムテープでも投げてよこしてくれ。足でも何でも縛っておくから。
今からじゃあ家には帰れない。実家だってきっと俺のことなんか気づかない。迷惑なのは分かってる、良くないことを頼んでるのも、ろくでもないことになってるのも、分かってる。このまま俺のこと置いとくのがお前にとって少しも利がないのも、そもそも俺を部屋に入れたこと自体が間違いだっていうのも、その通りだと思う。
何でたかが大学のサークルが一緒なだけの、たまにつまんない映画観ながら飲んだり喫煙所でだらだら話したりする程度のただの先輩にこんな目に遭わされなきゃいけないんだってのは本当にその通りだと思う。関わんなきゃ良かったって思われても仕方ない。ていうか事実だよ、それ。でも関わっちゃったから、あのタイミングで思い出しちゃったから、お前が玄関を開けちゃったから──俺が馬鹿だったから、こんなことになってる。
だけど、頼むよ。
どっちだとしても、どうなるとしても、ひとりでいたくないんだ。
夜明けは遠く、ただ暗く 目々 @meme2mason
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