橘君は凡人である。
三橋那由多
第1話
世の中には陽キャと陰キャという言葉が存在する。陽キャには陽キャなりのイベントがあり、陰キャには陰キャなりのイベントがある。そして俺は、陰キャに分類されるだろう。俺はどこにでもいる普通の高校二年生だ。
アニメやゲームが好きで、所謂オタクというやつだ。そんな青春とかけ離れた俺が、放課後に呼び出された。新学年になり一ヶ月。何時ものように学校につくと、下駄箱に手紙があったのだ。
内容は『橘翔太君へ、放課後話があるので校舎裏に来てください。一ノ瀬椿より』というものだった。
一ノ瀬椿というのは同じクラスの女子で、長い金髪にカラコンを入れた碧眼。ネイルも長い感じのヤンキーだ。クラスの中でも一ノ瀬はよく目立つ。誰にでも明るい性格で尚且つ優しい。同じような格好をしてるギャルとつるんでいる時もあれば、地味目の眼鏡でおさげの女子となかよく話しているのも見かける。
子供の頃よく言われた、人によって態度を変えるな。俺みたいな陰キャは、陽キャの顔色を伺って過ごすものだ。人によって態度を変えないなんて絶対に出来ない。これを出来ているのが一ノ瀬という人物だと言えるだろう。
何故俺がそんな事を知っているかというと、クラスでひと悶着あったからだ。半年前くらいの昼休み、俺とは別の陰キャ君が陽キャ君に絡まれていた。
「何読んでるんだお前……だはは! きめえ! ロリコンかよ」
ラノベを読んでいるのを馬鹿にされた様だった。自分にも言われてるみたいで腹が立ったが、陰キャの俺たちが言い返せるはずがなかった。
「あんた何が面白いんだ?」
「あ?」
その時、声を上げたのが一ノ瀬だった。
「何が面白いのって聞いてるの」
「いやいや、高校生でこんな幼女が写ってる本とかやべえだろ?」
「そう? 私は高校生にもなって人の好きなものを馬鹿にする方がやばいと思うけど」
衝撃だった。敵だと思っていたキャラが味方になった気分だ。もっと俺たちの気持ちを代弁してくれと思いながら、行く末を見守る。
「おいおい一ノ瀬。お前もしかしてこいつのことが好きなのか?だから庇ってんだろ?」
「馬鹿言わないで。私が好きなのは……」
何故こちらを向く? 黙りこくった一ノ瀬に我慢できなくなった陽キャ君が、さらに騒ぎ立てる。
「いいから吐けよ。こいつが好きだから庇ったってなあ!」
「はあ……あんた本当に高校生? じゃああんたが好きなバンド馬鹿にされてあんたは怒らないのか?」
「それとこれとは話がちがっ――」
「一緒だろ。好きなものを馬鹿にされたら誰でも腹が立つ。今時小学生でも分かる」
一ノ瀬の鋭い眼光と口調にやられたのか、陽キャ君が元気をなくした。
「すまん」
ばつが悪そうに陽キャ君は言う。
「私に謝ってどうするの。こいつに謝れ」
「ああ……馬鹿にして悪かったな」
「ごめんな。こいつ根はいいけど、馬鹿だから気にしなくていいよ」
「おい! 馬鹿はひでえだろ!」
クラスが笑顔で溢れていた。半分以上は愛想笑いだっただろうが、陰キャ君を助け、さらに陽キャ君も助けた。陽キャ君をそのまま放置すれば、おそらく友達が減っていただろう。それを見越して彼をいじり、友達の下へ向かわせやすくした。まあ、あくまで俺の推測に過ぎないが。
さて、話を戻そう。そんな性格のいい一ノ瀬からの呼び出しだ。一ノ瀬のことだから罰ゲームで告白なんてことはないだろう。幸いまだ昼休みで考える時間はまだある。一ノ瀬自身も俺を気にしている様子はない。
つまり、この手紙の送り主が一ノ瀬ではない可能性がある。どうせ陽キャが陰キャをからかおうみたいなノリだろう。取り合えず数少ない友人に声をかけようと思った時、向こうから声をかけてきた。
「どうした? さっきから唸って」
こいつは中学校からの友達で大沢涼平。涼平とは、アニメがきっかけで友達になった。女子から人気で、容姿は茶髪の爽やかイケメンといったところだろう。ただ涼平は熟女にしか興味ないらしく、学校の中で誰とも付き合う気はないらしい。
「ああ、ちょっと悩んでることがあってな」
「珍しいな、翔太が悩み事なんて」
涼平に話を聞いてもらおうとした時、もう一人の友人から声が掛かる。
「翔太の悩みなんて、買いたいゲームが二つあるけど予算が足りないとかでしょ」
「それもあるけど、今回は別でな」
こっちは家が隣の幼馴染で小川瑠奈。何がきっかけで友達になったかは覚えていない。幼馴染なんてそんなもんだ。こいつの特徴といえば眼鏡で委員長、そして貧乳といったところだろうか。ただの貧乳ではない断崖絶壁なのである。
「おい、人の胸を凝視して何を考えてるのかな?」
「おー、翔太やるなー。貧乳好きだったとは」
「いや、こんな断崖絶壁に興味ないって――」
「ふん!」
瑠奈の平手打ちをくらい、言葉を遮られた。ほどなくして涼平に話を戻される。
「それで、胸の話じゃないなら何に悩んでるんだ?」
「いってて、ああ実はこれなんだけど」
頬を擦りながら、件の手紙を二人に見せた。二人は大層驚いたように答える。
「一ノ瀬って翔太のことが好きだったのか! やったじゃん翔太」
「っていうか、こういうの人に見せるのどうかと思うわよ。私だったら嫌だし」
瑠奈の言うことは最もだ。それは分かっているが……
「それ、本人からだと思うか?」
「あー、そう言われると確かにあの一ノ瀬がオタクの翔太のどこに惚れるかって話だよな」
グサッ
「それもそうね。ただの巨乳好きの翔太みたいなエロガキに一ノ瀬さんが惚れる要素がないわね」
グサッ
「あの二人とも? その攻撃、心に来るからやめて」
「はは! 悪い悪い! 冗談はさておき、それ行くのか? 俺は一応行った方がいいと思うけど」
「そりゃ行くべきでしょ! 本人かもしれないんだから!」
二人に言われて考える。確かに悪戯なら笑い話にできるけど、もし本人だった場合笑い事ではなくなる。それをすれば、クラスの人気者の呼び出しを無視したクソオタク陰キャ、なんてあだ名を付けられてもおかしくない。
「……行くだけ行ってみるか。二人にお願いがあるんだけど、聞いてもらっていいか?」
「付いてこいなんて言わないでよね」
「お前は俺をなんだと思ってる?」
瑠奈の言葉に反論する。流石にこんな呼び出しに友達を連れて行くほど、空気の読めない人間じゃない。
「ん? くそ野郎?」
「おい」
「まあまあ。瑠奈は翔太が心配なんだよ。ただ素直になれないだけで」
「誰がツンデレよ」
「委員長に眼鏡でツンデレ、そして貧乳か。お前キャラ豊富だ――」
「ふん! 翔太は余計な事言わないと死んじゃうのかな? ん?」
さっきより強めの平手打ちをくらい、頬を押える。非難の目を瑠奈に向けながら話を戻す。
「いってー、事実を言っただけなのになあ。まあそれは置いといて、一緒に帰ってください」
二人にお願いした。涼平は二つ返事で了承してくれたが、瑠奈は悩んでる様だった。
「何に悩んでるんだ?」
「もし、その手紙が本人だったら多分告白だよね。私達と一緒に帰りたいって事は、翔太は断るつもりなの?」
一ノ瀬が優しい事は、もちろん知っている。でも、俺の知っている一ノ瀬はそれだけだ。好きかどうかと聞かれても、別に何とも思ってないというのが答えと言えるだろう。
「恐らくないと思うが、本人なら断る」
「え! なんで? もう人生で二度とこんなチャンスないわよ?」
「二次元の女にしか興味ない」
「とことんダメ人間ね。翔太の将来が心配だわ」
「お前は俺の親か?」
「翔太それはだめだ。おすすめの本をやろう」
涼平はそう言って自分の席に戻り、鞄から熟女の写ったエロ本を持ってきた。もちろん瑠奈に平手打ちをされていた。
「なんで私の周りには変態しかいないの?」
結局二人には放課後に校門前で待ってもらうことになり、昼休みは瑠奈の嘆きが響いたのだった。
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