第7話
カレーを食べ終わり、学年主任の話になる予定だったのだが、急遽自由時間になった。理由は、宮前先生があれからずっと怒られているからである。ありがとう、宮前先生。
「先生と翔太のおかげでもう気楽だな」
「ああ、正直鬼塚の話は聞くのだるかったしな。俺に感謝してくれ」
「はいはい。それで、この後どうする?」
「自由時間と言われても何もないよな」
四人で考えるが良い案は浮かび上がってこない。そもそも山で自由時間って散歩ぐらいしか出来ること無いだろう。実際周りのクラスメイトはそうしている。一部鬼ごっこをしている奴らもいるが、そんな元気俺にはない。
「散歩でもするか?」
「せっかくだし頂上まで行ってみない?」
「私は良いぞ。……橘は嫌そうだな」
「みんなと行くのは嫌じゃないんだけどさ、歩くのが面倒いし、頂上の景色なんてスマホで調べれば幾らでも出てくるぞ?」
三人から蔑んだ目をされる。何だよ。別に大した事言ってないだろうが。三人の視線にが突き刺さる。辞めろよその目。
「分かったよ。行きゃいいんだろ」
「やった!」
「流石翔太、圧に弱い」
「ほぼ強制だろ」
「橘! 頂上で写真撮ろうな!」
にこやかにそう言われてしまった。こちらにも心の準備というものが必要で、いきなり言われると戸惑ってしまう。
「う、うん」
「フフッ、涼平聞いた? 「う、うん」だって」
「仕方ないさ、翔太も必死に考えたけどそれしか答えが出なかったんだよ。童貞とはそういうもんだ。俺もいい感じの熟女に誘われたら、翔太みたいになるだろうな」
「いやーそれにしても、もう少し上手い一言言って欲しいな。椿ちゃんも苦労するってもんよ」
そこの二人お黙りなさい。お前らだって未経験だろうに。
「よし! じゃあ行こう!」
一ノ瀬の一言で、山の頂上まで向かう事になった。歩きながらスマホで調べると、見渡す限り自然で空気の良さそうな写真が出てくる。
「こら、翔太歩きスマホしちゃダメでしょ」
「何だ? お前は俺の親なのか」
「……そう!」
もう肯定しちゃったよこの幼馴染。
「お、お義母さん?」
「違うからな!」
一ノ瀬もノリが良いの辞めなさい。
「やっぱ、一ノ瀬の雰囲気って普段の教室にいる時と、俺達といる時で違う気がするな」
涼平の一言に、一ノ瀬が反応した。
「そりゃあ、好きな奴と一緒だとテンション上がるっていうか、あと橘だけじゃなくて、瑠奈も涼平も大切で! ええと、その……そう! 私はお前らみんなが大好きなんだ!」
この発言に照れたのは俺だけでなく、涼平と瑠奈も下を向いて顔を赤らめていた。その様子を見た一ノ瀬もまた照れるといったような、何やってんだコイツら状態である。
「お前ら! 私が怒られてる間に、ウザい空気作り出してるんじゃねぇよ! ああ、ヤダヤダ。青春なんてクソ喰らえ!」
安定の宮前先生の登場である。この人俺達の良い感じの思い出に、泥を塗りたいだけなのでは?
「先生、鬼塚に怒られてたんじゃないの?」
「最初は大人しく怒られてだんだけどさ、途中でなんでこんなおっさんに一時間も説教されなきゃならないんだ? って思ってさ、抜け出して来た。あと単純にお前らの青春を邪魔しに来た。私を勝手に振った罪は重いぞ」
「先生、本当に教員免許持ってます?」
「というか、勝手に振ったのは涼平だけだし」
「翔太、三十路にはどうしようもないプライドっていうものがあるんだよ」
涼平の言葉にまた傷付いたのか、宮前先生は凄い形相で涼平に掴み掛かった。
「お前には、身体の一部が豆腐になる呪いをかけてやる。体育頑張れよな」
「先生ちょっと待って」
一ノ瀬が宮前先生の腕を掴んで言った。
「何だ? 離せ一ノ瀬。私はこれから呪いをかけなきゃいけないんだ!」
「よく思い出して? 涼平の言葉」
「コイツの?」
そう言われて俺も思い出す。確か「先生ごめんなさい。俺、まだ先生を愛せない。十五年後に期待してます」だったよな。まぁ、十五年後には愛してくれるって事か。宮前先生も思い出したようで。
「三十二と四十五のカップルって痛すぎんだろ……大沢、年収はいくらだ」
本当に最低だよこの人。
「うちの親社長で、継ぐことになってますよ」
「よし! 大沢十五年後に結婚しよう!」
「まぁ、いいっスけど」
涼平の軽さに俺たち三人は驚いた。理由は宮前先生相手だから。涼平のタイプは優しいお姉様方だったのに。
「みんな驚きすぎだって」
「いや、涼平。お前良いのか? コレで」
一ノ瀬は良くも悪くも純粋で、それは誰かを傷つける一言になるとは気づいていない。先生が傷付かだけだしまぁいいか。
「うん。流石に十五年も経ったら落ち着いてるだろ」
「うっ」
総攻撃である。コイツらSなの? 流石に先生が可哀想……とは思わんがもう少し優しめにしてあげて、泣いちゃうから。
「みんな先生をからかうのはその辺にして、そろそろ登り始めるわよ」
「え? なに。お前ら頂上まで行くきか?」
「みんなで写真撮りに行くんスよ」
「はぁ、写真なんてスマホで幾らでも見れるじゃねぇか」
なんか、先生と同じ思考だったの嫌だ。
「橘と同じ事言ってるな」
一ノ瀬がこっそりと俺に行って来た。コレが宮前先生にバレるとまたいじられそう。
「言うなよ」
一ノ瀬の耳元でそう呟くと、宮前先生がやって来た。
「おい、なにイチャコラしてやがる。潰すぞ!」
「どこが! ちょっと会話してただけだから! つか、何潰す気だ!」
「一ノ瀬の顔を見て見ろ」
一ノ瀬はぼーっとしていた。と思ったらモジモジしたり、俯いたりしていた。
「私の前でイチャつく事は許さん」
このババア必死すぎだろ。
「おい! 大沢、私達も写真撮るぞ! 結婚式で出す写真は、並べく若い方がいい」
生徒との写真を結婚式で出すつもりか。良いのかそれ。
「いいっスけど、先生山登り出来るんスか?」
「辞めたげなよ、涼平。先生に体力がないのは見た目だけで分かるでしょ?」
涼平と瑠奈のSっぷりが垣間見える。あいつら煽るの好きだよなー。宮前先生は声を荒げて言った。
「てめーら! 早く登るぞ!」
その声で動き出すみんなだったが、一ノ瀬だけは未だにモジモジとしていた。俺は手を取り、山を登り始めた。
頂上まで約三十分。一ノ瀬との会話はなかった。手は頂上に着いた時に離した。一ノ瀬は景色を見に走っていった。
「翔太。たまにはやるじゃん。ちょっと見直した」
「瑠奈、お前からかってるだけだろ」
「そんな事ないよ。早くくっ付かないかなーって、見てるだけよ」
「ほっとけ」
「はいはい」
涼平と宮前先生は二人で写真を撮っている。先生としては中々納得がいっておらず、何度も撮り直しているようだった。
「早く椿ちゃんの所行ったげなよ」
「瑠奈はどうするんだ?」
「私は皆んなの写真撮りたいから、後で翔太達も撮ってあげるわよ」
「分かった」
折角瑠奈が気を遣ってくれたのだから、俺は一ノ瀬の元へ向かう事にした。
「一ノ瀬」
「橘! 凄い景色だぞ!」
一ノ瀬に急かされて景色を見てみると、そこには広大な自然が広がっていた。
「すげーな」
「翔太、椿ちゃんこっち向いて!」
瑠奈に呼ばれて後ろを振り返ると、瑠奈がスマホを構えていた。
「二人とも、もっとくっ付いて!」
一ノ瀬と俺の距離は、人が一人入るくらいだ。写真を撮るのには充分な距離だったが、瑠奈は納得がいかないらしい。
「手繋いでよー!」
「なんでだよ!」
「さっき繋いでたじゃない!」
瑠奈は俺達を弄って楽しんでいるようだった。このまま言いなりになるのは流石に腹が立つ。
「絶対繋がない」
「あ……」
一ノ瀬の方をみると、悲しそうな顔をしていた。目を細めて、少し涙が溜まっている。こんな顔、ずるい。
「一ノ瀬が嫌じゃなければ」
「うん!」
ぎゅっと手を掴まれた。恋人繋ぎではなく、手と手を合わせるだけ。それでも俺は一ノ瀬を近くに感じた。
「撮るよー!」
俺達は瑠奈に向かってピースして、写真を撮った。撮り終わると、すぐに手を離した。俺の手汗が酷かったのが原因だ。一ノ瀬もすぐに手を離そうとしていたから、嫌だったんだろう。
「折角だし、みんなで撮らないか」
気まずさを誤魔化す為に、俺が提案すると一ノ瀬と瑠奈も了承して、涼平の元へ向かった。
「涼平みんなで撮ろうぜー」
「おう。いいぞ」
そこには、項垂れている宮前先生と無駄にキラキラして機嫌の良さそうな涼平がいた。
「涼平、お前なんかしたのか?」
「うーん? 特に何もしてない」
「じゃあ何で先生が項垂れてるのよ」
「なんか俺と写真撮ってると、自分の年齢を余計に気にするらしい」
そんな気にすることあるのか?一ノ瀬も同じ事を思ったようで、涼平に聞いている。
「どう言う事だ?」
「ほら若い男と、若くない自分が映るのは精神的にダメージがあるんだってさ」
「じゃあ、みんなで写真撮るのは辞めておいた方がいいか」
そう提案すると、瑠奈が新しい案を出してくれる。
「先生抜きで撮れば良いんじゃない? ほら先生、普段仕事してないんだから今くらい仕事して下さい」
そう言って瑠奈は宮前先生にスマホを渡した。
「じゃあ並ぶか。橘、隣で撮ろう」
今日一日、恥ずかしい事が多かったからか、今の一ノ瀬から恥ずかしがる様子は無かった。そういう感じで誘われると、俺側も緊張せずに済むからありがたい。
「おう」
みんなで並び俺と一ノ瀬が真ん中、俺の隣に涼平。そして、一ノ瀬の隣に瑠奈といった並びだ。
「先生、早く撮ってー!」
俺達が並んでも、一向に写真を撮ろうとしない宮前先生に、一ノ瀬が声を上げた。すると、ようやくスマホからパシャパシャと音がした。
パシャ、パシャ
パシャ、パシャ
何枚撮る気だ。というか宮前先生元気なくしすぎじゃないか? さっきから一言も話してないし。
「……フフフ」
あ、これなんか嫌な予感。
「あーっはっはっは!」
「とうとう壊れたわね」
瑠奈の発言にみんなが同意する。
「私がお前らの青春ごっこに付き合うと思ったか! 残念! さっき撮ったのは内カメラで、自撮りでしたー!」
俺は気づいてしまった。
「先生そんなんだから……あ、やっぱ良いです」
「おい! てめえ何を言いかけやがった!」
「翔太それは禁句よ」
「橘も意外とSだよな」
宮前先生が俺に詰め寄ってくる。その間に涼平が入った。
「大沢どけ! 私はコイツに話があるんだぁ!」
「先生大丈夫っスよ。今は俺が居るんだし」
涼平のナチュラルイケメンが出た。
「翔太これよ! 涼平を見習いなさい!」
瑠奈の少女漫画好きが発動する。目がキラキラだ。
「これはハードル高すぎんだろ」
「涼平すげーな。恥ずかしげもなく言ってるぞ」
宮前先生が俯き、肩をぶるぶると震わせていた。泣いているのかな? と思ったが違った。
「お前! 私が十五年間フリーでいると決めつけるなよ!」
「先生、諦めも大事ですよ?」
「お前ら、下半身新品だからって頂上乗ってるだろ」
「何故すぐに下ネタに走る」
「先生見た目良いのに、なんか勿体無いよな」
一ノ瀬の言葉が気に入ったのか、宮前先生は目を輝かせていた。
「あ! そうだ先生一個言い忘れてたっス。先生にもしお相手が出来ても、いつでも通い妻歓迎するんで! あと、椿も瑠奈も四十五歳超えたら受け付けるからな! 熟女なら何人いても良いよな! いやー、今から将来が楽しみだぜ!」
宮前先生の目から輝きが消えて、瑠奈と一ノ瀬の目もゴミを見るような目になっている。かくいう俺も、涼平にゴミを見るような視線を送った。さっきまでイケメンだったのに……
「私、こんな奴に拾われようとしていたのか……やっぱパスで」
「あれ? 何で! 熟女ゲットのチャンスが!」
「涼平、私と瑠奈の事そんな目で見てたのか」
「そんな目って、別に今は興味ねぇよ。良い感じに熟してから頂ければなと」
飛んだクソやろうである。でも、自分の性癖を恥ずかしげもなく言える涼平に、一言送った。
「涼平すげーな」
「翔太もどうだ?」
「遠慮しとく。殴られたくないし。……後ろ見てみな」
涼平の後ろには、瑠奈がいた。いつもやる平手打ちではなく、グーパンチが溝落ちに炸裂した。
広大な自然、独特の匂い。天気もいい。実にいい校外学習だった。そして涼平の悲鳴が響き渡った。
あとがき
これにて一章終わりになります。
橘君は凡人である。 三橋那由多 @nayuta12_17
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