第3話

 校門に着くと、涼平と瑠奈が驚いた表情で話しかけてきた。それもそうだろう。告白だったら断ると言っていた相手と一緒に来たのだから。


「おーい、翔太。説明お願い」

「そうよ! どういうこと⁉」

「ええと……」


 俺が言いよどんでいると、一ノ瀬がぶっ飛んだ事を言って来た。


「私が橘に振られて友達になったんだ。まだ諦めてないけどな」

「うん。そんな感じだ」

「……じゃあ何で手繋いでるのよ」

「みゃ!」


言われて気が付いた。一ノ瀬も無意識だったようで、急いで手を放し、猫の鳴き声みたいな声が聞こえてきた。顔を少し赤くしながら一ノ瀬は自分の手を眺めていた。


「ええ? もう完全に翔太にぞっこんじゃない。何で振っちゃったのよ。もったいない」

「いや、だからお前は俺の親か」

「ふふ……翔太、俺には分かるぞ。そんなお前にはこの本をやろう」


 涼平はそう言い、さっきとは別の熟女のエロ本を出してきた。学校に何冊持って来てるんだこいつは。


「涼平、お前実は馬鹿だろ」

「涼平の馬鹿は今に始まった事じゃないわよ。それより涼平、また私の前でよくもまあそんなもの出せたわね」

「あ」


 気づいたところでもう遅い。


「ふん!」


 涼平がわざとらしく地面に倒れこんだ。


「涼平、お前の事忘れないからな」

「死んでねえから!」


 そんな風にふざけあっていると、一ノ瀬から不安そうな声が聞こえた。


「橘、熟女が好きなのか?」

「違うから! そんな変態涼平だけだから!」

「翔太隠さなくてもいいんだぜ。正直になれよ」


 一ノ瀬も俺達のふざけあいが分かったのか、さらに乗って来た。


「橘、私が熟女になったら付き合ってくれるか」

「わあ、一ノ瀬さんの愛が思ったより重いね」

「いや、流石に今のふざけあいで言っただけだろ? なあ一ノ瀬」

「本心だぞ」

「翔太時間はかかるが、熟女ゲットのチャンスだぞ!」


 涼平一回黙っててくれないかな。なんて思いながら一ノ瀬に答えた。


「さっき言っただろ。友達から始めるって」

「……ああ!」


 自分の顔が少し赤くなっているのが分かる。それは一ノ瀬も同じだった。さっきとは異なり、耳まで真っ赤になっている一ノ瀬を見て、素直に可愛いと思った。


「何見せられてるのこれ?」

「バカップルね。はあ、そろそろ帰りましょ」


 瑠奈の一言で帰る事になった俺達は住宅街を歩き出した。俺達の学校は東京にあり、住宅街に囲まれていて殆ど自然がない殺風景な所にある。


「今更だけど、一応自己紹介しとくか」

「それもそうね」


 住宅街を少し歩き始めた所で涼平がそう言って来た。


「俺は翔太の友達で大沢涼平。熟女が好きだから、一ノ瀬にちょっかいかける事もないだろう。安心してくれ!」

「あんたの自己紹介酷すぎね……私は小川瑠奈。委員長だから分かるわよね? 一応翔太の幼馴染だけど、こいつの事は好きじゃないから安心してね! むしろ応援してる!」

「瑠奈、お前もしかしていい奴か? もっと頭の固い奴だと思ってた」


 瑠奈と話したことがないならそう思っても不思議じゃない。見た目からして、厳しそうな雰囲気を醸し出しているからだ。分かりやすく言うと、普段は表情が全く動かない。友達以外に心を開かないのだ。


「よく言われるわ」

「よく言われるほど友達はいないけどな」

「うっさい。翔太だって私達以外の友達いないじゃない」

「確かに一年間橘を見てたけど、二人以外と居るところ見たことないかも」


 一年間見られていたと言われて、そういやたまに目が合うなと思い出す。どうせ俺ではない違う人を見てて、俺が勝手に目を見てしまったんだと思っていたんだけど、どうやら俺を見ていたらしい。


「もーう! 椿ちゃん可愛すぎ!」

「わお」


 瑠奈が一ノ瀬に抱き着いた。一ノ瀬は驚きつつも、片腕で抱き留めて瑠奈の相手をしていた。


「あ! 椿ちゃんって呼んでいい?」

「ああ、いいぞ。私も、もう瑠奈って呼んでるしな!」

「あ、じゃあ俺も涼平でいいぞ。こっちも椿って呼ぶし」

「分かった。涼平」


 ここで涼平と瑠奈が、俺をじっと見てきた。言いたいことは分かる。俺達も名前で呼び合えと、そういう事だろう。俺からそんな事言えるかっての! こっちはさっき告白を断ったばっかりなんだぞ。無理だ! と視線を送った。


 しかし、しびれを切らした瑠奈が提案してきた。


「ほら翔太も椿も名前で呼んじゃいなって!」

「むむむむむむ無理だ! 恥ずかしぬ!」

「……」


 俺達三人は呆然とした。なんだろうか、こう保護欲をくすぐられるものがあるな。瑠奈も一緒だったみたいで、また一ノ瀬に抱き着いて行った。


「本当に翔太が大好きなんだね」

「……うん」

「ねえ、翔太のどこに惚れたの?」


 一ノ瀬は少し悩んだ様子で答えた。


「迷うけど、やっぱり優しい所だな」

「何かきっかけはあったのか?」

「えっと、一年位前に電車で痴漢に遭ってる所を助けてもらったんだ」

「翔太が珍しく社会に貢献してる⁉」


 瑠奈が大げさに驚いた。こいついつかしばく。


「おい、驚きすぎだ。俺はまともな人間なんだよ」

「……あはは! 二人のやり取り面白いね」

「そりゃあこの二人は幼馴染だからな熟年夫婦みたいなものだ――」


 突然、一ノ瀬が涼平の胸倉を掴んだ。止めようと間に入ろうとするが間に合わない。


「おい、涼平! 夫婦になるのは私だ!」

「はいいぃぃ! ごめんなさい!」


 直ぐに胸倉から手を離した一ノ瀬は、自分の言ったことが恥ずかしかったのだろう。今日見る中で一番顔が真っ赤だった。それに小さく「恥ずかしい」と言っているのが聞こえた。俺は難聴な主人公とは違い、耳はいい方だから小さい呟きもちゃんと聞こえる。このまま何も言わないで沈黙が続くと、こっちまで恥ずかしいので話題を変える事にした。


「そういや、もうすぐ校外学習だな」

「確か明日のHRでグループ決めするはずよ」

「お、流石委員長」

「……あー、そのグループって何人グループ何だ?」

「四人だな」


 一ノ瀬の呟きに、涼平が少し距離を置きながら答えた。どうやらさっき胸倉を掴まれて怖くなったみたいだ。


「おい、悪かったって。そんなに離れられたら流石に傷つくぞ!」

「なぁ翔太、瑠奈。俺さ、椿と仲良くなれる気がしない」

「あんたが余計な事を言わない限り、大丈夫なんじゃない?」

「俺もそう思う」


 俺たちの突き放す発言で涼平は項垂れる。実際余計な事を言った涼平が悪いのだ。


「じゃあ話を戻すけど、この四人でグループになろうよ!」

「私も賛成。椿ちゃん可愛いし」

「それは俺も賛成だな。翔太は?」


 別に俺自身も異論はない。むしろこの流れで断る奴はいないだろうと思い、了承した。

 そこから少し歩いた所で、涼平と一ノ瀬の帰路が違う道なので別れる事になった。


「じゃあ俺こっちだから」

「あ、私もそっち」

「げっ」

「おい、げってなんだよ。文句があるのか?」

「ふふ、椿もうすっかり仲良しね」


 これは仲良しなのか?なんて思いもしたけど、俺たちの空気感に自然と入れる一ノ瀬は凄いと思った。


「んじゃな」

「おう!」

「橘! また明日な!」

「……また明日」


 一ノ瀬はにっこり笑って、涼平と共に帰って行った。二人の背中を見送って踵を返すと、瑠奈が真正面にいた。


「っ! ビックリした!」

「翔太もしかして、椿の事もう好きになったんじゃない?」

「……まだ分からん」

「そっか。椿になら翔太の未来任せられると思うんだけどなー」

「だからお前は俺の親かっての」

「んー? まあ、翔太には幸せになって欲しいし」

「まだ昔の事気にしてるのか?」


 瑠奈は昔、いじめられていた事がある。小学生の頃だ。瑠奈は頭が良くていつも百点を取っていた。そんな時にやんちゃなグループがあり、目をつけられた。初めはノートを隠されたり、靴を隠されたりしたものだった。瑠奈も瑠奈で我関せずの態度を取っていた。我慢できなくなった俺は、そいつらにやめるように言いに行こうとしたが、瑠奈に止められた。


「これは私の喧嘩だから黙って見てて」


 瑠奈の意思に黙って見てるようにした俺だったが、事態はすぐに動いた。瑠奈の態度が良くなかったのだろう。暴力が始まった。瑠奈の喧嘩だから俺は手を出さないでおこうと思ったけど、暴力が加われば話は別だと思った。すぐに俺はやんちゃな奴らのグループに飛び込んで行き、戦った。


もちろん俺に特別な力なんてあるはずもなく、返り討ちにあった。俺を殴ることで発散出来たのか瑠奈には殆ど怪我がなくて済んだ。俺は何も助けれたと思ってはいないけど、瑠奈は『助けてくれてありがとう』と言ってくれた。


素直に嬉しかった。そこから瑠奈は、私を助けてくれた翔太には幸せになって欲しいと言い出すようになった。周りを寄せ付けない雰囲気を出すようになったのも、その頃からだ。人間不審みたいなものだろう。だから瑠奈は俺の友達としか友達になろうとしない。涼平にもこの事は知ってもらっている。瑠奈の過去はこんなものだろう。


「別に気にしてないよ。それにこれは私の為でもあるから」

「どこがだよ」

「翔太が幸せなら私も幸せだから」

「お前、俺の事好きすぎない?」

「まぁね」


 そこで肯定されると流石に照れる。瑠奈も一緒だったようで少し顔が赤い。


「帰ろっか」

「ああ」

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