第5話

 スケジュールの内容は朝八時に学校集合。バスで山まで移動し、そこから山登りを始める。十二時には山の施設に到着して、キャンプ場でグループごとにカレーを作る。ありがちな内容だな。


 その後、学年主任の話を聞かされるらしい。学年主任の話の所だけ時間が書いていないのが憂鬱だ。どれだけ長話をするつもりなんだ、あのおっさんは。学年主任の話が終わり次第、自由時間。山で何をしろというのだろうか……十八時には施設に戻り、風呂に入って晩御飯ご飯を食べたものから就寝となる。晩御飯はバイキング形式で、美味しいものが沢山あるそうだ。


 スケジュールの確認が終わり、放課後を迎えた。約束の通り放課後の教室に俺、一ノ瀬、瑠奈、涼平が残った。あと何故か、宮前先生が教室の隅で眠っていた。仕事しろよ。


「それじゃあ、話すかー」


 一ノ瀬は、話の途中からぎゅっと握りしめた手を俺達に見られないように後ろに組んで隠した。話を終えると、覇気のない動きで背を向けた。


「……そいつら、今どこにいるんだ」


 この時聞いた一ノ瀬の声は、今まで聞いたことがないような低いトーンだった。


「俺達はもう気にしてねえから、大丈夫だ」

「そうね。それに今は椿ちゃんっていう素敵な友達がいるから。私達の為に怒ってくれてありがとう」


 涼平と瑠奈が気にしていないことを話すと、とうとう一ノ瀬の膝が床に付き涙を流した。瑠奈は一ノ瀬が泣き止むまで抱きしめていた。昨日友達になったばかりなのに、友達の為に怒りや悲しみを感じる一ノ瀬は、本当に優しくて純粋だと思った。


「ふぁあああ! ……よく寝た……あれ? お前ら何でまだ学校にいるんだ?」


 放課後の教室に残って昔話をする青春の一ページに、土足で入ってくる教師がいるそうだ。まじで仕事しろよ。


「俺達めっちゃいい感じに青春してたのに邪魔しないでくれないっスか?」


 涼平も同じことを考えていたようで良かった。


「あ? 私がどこで寝ようが私の勝手だ」


 本当に教師か? こいつ。


「涼平って熟女が好きなんだよな?」


 泣き止んだ一ノ瀬が立ち上がりながら聞いた。


「ああ! もちろん!」


 無駄に元気な返事だな。


「ちなみに先生って何歳なんだ?」

「今年で三十歳だが」

「先生ごめんなさい。俺、まだ先生を愛せない。十五年後に期待してます」

「人の年齢を聞いておいて、勝手に振るなんていい度胸だなお前ら……私だってなあ! 金持ちのボンボンと結婚して玉の輿したいんだよ! ……ああ働きたくない。家でゴロゴロしたい」


 三十歳教師の結婚願望とか聞きたくないからやめてくれ。


「先生、寝てばかりでまともに働いてませんよね?」

「おお! よく気付いたな流石委員長」

「それと、私の名前覚えられないからって委員長呼びしないでください」

「な、何のことだろうな。私がクラスの名簿を覚えていないわけがないだろー」


 めっちゃ目泳いでるじゃねえか。


「先生流石に俺の事は分かりますよね?」


 去年から担任なんだ。先生はいい加減に見えるが意外とすごい所が沢山ある。今日のHRがいい例だ。そんな先生が俺の名前を言えないわけがない。


「ええと、そうだな……た――」


 そう、橘だよ先生。


「田中!」

「橘です!」

「まあまあ気にすんな、似たようなもんだろ? 橘でも田中でもどっちでもいいじゃねえか。私はな、お前たちの名前を見てるんじゃなくて……心を見てるんだよ」


 先生がニヤリとした。


「……先生、そんなんで自分の事嫌いにならないんですか?」

「おいそこは「先生……」とか「いい所あるな」とか「信じてたよ」とか言う所だろ! ……ハッ! まさか本当は感動したけど照れているとか」

「全然」


 みんな同じ事を思ってると思い、俺が代弁しておいた。


「チッ! 騙せると思ったのに。もう一眠りしたいからさっさと帰れよお前ら」


 みんなと顔を合わせて言った。


「働けよ」


 家に帰ると、リビングに蓮華と青木ちゃんがいた。二人はうちの学校の制服を着ていてる。つまり二人は高校の後輩なのである。蓮華はいつもの様に可愛いとして、青木ちゃんもスペックが高い。小動物の様な見た目をしているが乳が凄いのだ。こう、ボン! っという感じで。


「帰った途端、陽奈の胸眺めるの辞めろよ変態」

「変態とは失礼な」

「どこの世界に妹の友達の胸を眺める奴がいる」

「ここに」

「くそ! そうだった!」

「あの、お兄さんになら別に良いですよ?」


 何を言ってるんだいこの子は。流石の天然っぷりに付いて行けないんだが。


「青木ちゃん」

「はい! 何ですかお兄さん!」

「そう言う事言ったら、勘違いする人も居るから辞めた方がいいと思うよ?」

「お兄さんにしか言わないので大丈夫です!」

「……えー、それはどう言う?」


 本当にこの子は大丈夫なのか? その内誰かに襲われそうで心配になる。


「お兄さんの事が好きと言う事ですね。あ、蓮ちゃん! お兄さんを私に下さい!」

「良いわよ。どこのゴミ箱に入れるか迷ってたから助かるわ」


 青木ちゃんの朗らかな笑顔に、癒されつつも蓮華の態度が気に食わない。


「うちの妹が兄貴に対して冷たい件」

「普通こんなもん……というか、うちは兄妹仲いい方よ」

「それは私もそう思います! お兄さんと蓮ちゃんはラブラブです!」

「辞めてよ気持ち悪い」

「おい、キモいは傷付くぞ!」

「冗談はさておき、私達の兄妹仲が良いのは本当よ。友達の話を聞くとそう思ったから」


 蓮華がそんな事言うの珍しいな。いつもなら絶対そんなこと言わないのに。確かに俺も仲が良いとは思ってはいるが。


「その友達の話とは?」

「あの、お兄さん辞めといた方が」

「陽奈止めないで。兄貴聞かせてあげるわ。私の友達に兄貴がいる奴がいるんだけどね、嫌いとか死ねとか言ってるみたいよ」

「っ! そんな事言われたら立ち直れない」


 ここで少し疑問に思ったのか、青木ちゃんが話し始めた。


「あれ? お兄さん嫌いとかは言われたくないんですよね?」

「うん。だって傷付くじゃん」

「変態は傷付がないんですか?」

「兄貴は変態なの認めてるんだよ。だからそんなんじゃ傷付くわけがない」

「その通り、流石俺の妹。よく分かってるな」

「私も変態って呼んだら喜んでくれるって事ですか? ……お兄さんのへ、へんたい!」


 うん。誰も喜ぶとは言ってないからね。恐るべし天然っぷり。


「兄貴、変態って言われて喜ぶのは流石にどうかと思うわ」

「誰も喜んでないわ!」

「じゃあその右手のガッツポーズは何?」


 歳下黒髪美少女から、変態と言われるシチュエーションに興奮しないオタクがどこにいるんだ。勝手に出るだろこれは。


「これは条件反射でだな」

「兄貴、犯罪だけはするなよ」

「あの、喜んでくれるならこれからも呼びましょうか?」

「それは流石に傷付くから辞めて!」

「じゃあ何と呼べば」

「今まで通りで大丈夫だよ」


 そう言うと、青木ちゃんが意を決したように言う。


「お兄さん! 私の事名前で呼んでください!」

「うん。いいけど」

「……」


 チラチラとこちらを見てくる。青木ちゃん。


「いや早く呼べよ兄貴」

「え? 今?」

「……」


 チラチラと見るのを辞めて、じっとこちらを見ている。


「……陽奈ちゃん」

「はい!」


 陽奈ちゃんは、はにかんで返事をした。その時の顔がとても印象的で、忘れる事はないだろうと思った。

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