第18話 龍の魔剣

「これがしいなちゃんの固有スキル『電幽粘体エクトプラズマ』。機械に取り憑き好き勝手に操作できる半物質を使役できる能力だよ」

「固有スキル……」


 聞き覚えのない力だが……異世界の固有魔法のようなものだろうか。

 特定個人だけが使える特殊能力。

 しいなの場合は、機械に取り憑く半物質とやらを操作するスキルらしい。


「……なるほど、そんな力があれば暴露系とやらの活動も、さぞかし簡単だったろう」

「あ、分かっちゃう? この力があれば、誰のスマホだって入り放題……かーんたんに情報を盗めるんだよねぇ」


 スマホは個人情報の塊だ。

 チャットアプリやSNSを覗けば秘密の会話が分かる。

 使用しているサイトやアプリを調べれば、趣味や性癖どころか一週間の食事まで分かるだろう。


 しいなの『電幽粘体エクトプラズマ』なら、それを簡単に覗くことができるらしい。

 情報が力を持つ現代社会であれば、頭上から落ちて来る爆弾よりも恐ろしい。

 ある日、誰にも言えない秘密がSNSや動画配信サイトで暴露されるかもしれないのだから。


「だが、他人のスマホを覗ける能力があっても、剣を向けあう状況では役に立たないな」


 そう、しいなの『電幽粘体エクトプラズマ』は恐ろしい力だが、それは情報が支配する日常での話だ。

 武力を向けあっているこの状況では、なにかの情報を暴露しようとしても遅い。

 それよりも早くレオンの剣がしいなを貫く。


「それは、どうかなぁ」

「……」

「まだドローンは隠してありましたぁ。後ろを見なよ」


 しいながレオンの背後を指差す。

 ちらりと振り向くが……なにも居ない。

 小学生が『あ、UFO!』と言って空を指差したのに引っかかった気分だ。


(ふざけているのか?)


 レオンが呆れながら前を向くと――ドガン!!

 しいなが隠れていたビルの壁が割れて、コンクリートの煙にまみれて大きな影が飛び出してきた。

 煙が晴れて見えてくるのは金属の塊だった。

 蜘蛛のようにわしゃわしゃと動く六本の足。蟹のような平べったい胴体からは、威圧的な砲身が伸びている。


 それは六本の足が生えた戦車。

 気がつけば、しいなの『電幽粘体エクトプラズマ』が消えている。

 くだらない悪ふざけは、あの戦車に取り憑くための隙を作るためだったのだろう。


「無人多脚戦車……」


 どうやら、凛子はそれに見覚えがあるらしく、難しい顔をして戦車を睨む。


「今度こそ知り合いか?」

「ええ、残念ながら……ウィズで開発中の対モンスター用兵器よ。装甲の見た目を変えてごまかしてるけど動きを見れば分かるわ。そんな物を彼女が持っているという事は……」

「凛子の身内から依頼を受けている可能性があるわけか……」


 凛子はウィズの社内政治に巻き込まれたのだろう。

 凛子のスマホを通じて社長の失態を探すためか、あるいは凛子のスキャンダルを見つけて社長もろとも批判に晒そうとしたのか。

 ドロドロとした現代社会の闇が見えてしまった。

 もっとも、異世界の貴族社会も似たような足の引っ張り合いは日常だが。


「内緒話をしている暇があるのかにゃぁ? またしても形成逆転だよ」


 戦車の足がレオンたちに迫る。

 ガガン!!

 レオンがひらりと避けると、足はコンクリートを貫いた。パラパラと割れたコンクリートが散らばる。

 ただ足を振り下ろしただけで、地面を砕くほどの威力。さすがは現代兵器、なかなか恐ろしいものだ。


「さっさと片付けるとしよう」


 ガガガガガガガ!!

 剣の竜巻が戦車を襲う。ガリガリと戦車の装甲に刃が突き立てれるが――まるで効いていない。

 なまくらの剣では戦車の装甲を傷つけるばかりで、装甲の一枚を剥がすことすらできない。


「駄目よ。あの戦車は『竜より硬い』がコンセプトなの。生半可な攻撃では装甲を貫けないわ」

「それは、また厄介な物を作ったな」


 ドラゴンならば日本に来たばかりの時に倒したが、どうやらあの戦車はそれよりも硬いらしい。

 闇雲に剣をぶつけているだけでは倒せない。


「変なアイテムを使っても戦車は倒せないよ。変態コスプレイヤーの負け、しいなちゃんの勝ち!」


 ガコン!!

 戦車の砲身がレオンたちを睨む。

 たしかに、魔法都市で仕入れておいたアイテムでも、この戦車を倒すことは難しいだろう。


「死なない程度に殺してあげるから、ジッとしててね☆」


 キュイィィィン!!

 甲高いエンジン音と共に砲口から白い光が漏れる。

 砲撃によってレオンたちを吹き飛ばすつもりらしい。


「れ、レオンさん。早く逃げましょう! あの戦車の砲は圧縮した魔力を放つ魔力砲。直撃すれば命は無いわ!」

「いや、逃げる必要は無い。迎え撃つことにしよう」


 レオンは『貪欲な宝物庫』から剣を取り出した。

 いつものような、なまくらの剣ではない。

 赤黒く輝く業物だ。

 散りばめられた宝石から、見るからに普通の剣でないと分かる。


 レオンは剣の切っ先を戦車に向ける。

 まるで戦車からの砲撃を迎えるように。


「悪あがきの準備はできた? それじゃあ、吹っ飛ばされてみようか!」


 ズドン!!

 地震が起きたような重低音を鳴らして、戦車の砲口から白い閃光が走った。

 真っ白な閃光がレオンたちの視界を埋め尽くす。


 ――ッガガガガガガガ!!

 しかし、閃光がレオンたちを襲うことは無かった。

 レオンが構えた剣から赤黒い閃光が迸る。

 それが戦車の砲撃を押し返すように相殺していた。


 その光景に、レオン以外の全員が目を見開く。


「な、なんだよそれぇ!?」

「魔剣『ヴォルゼオス』。ストレージア家に伝わる宝剣だ」

「それ、ゲームで出てきた……」


 ゲームの宿敵としての役割を果たすレオン。まさかアイテムを使って嫌がらせをするだけのセコイ敵キャラではない。

 パーティーを半壊させるような威力の必殺技も放ってくる。


 それが、この魔剣『ヴォルゼオス』。

 ストレージア家に伝わる宝剣であり、かつてバルザーク王国で暴れまわった邪竜の亡骸を使った魔剣である。

 その刀身からは竜の咆哮ブレスに似た魔力の奔流を放つ。

 はたして、その咆哮は生を絶たれたことに対する怨嗟の叫びか、あるいは死してなお暴虐を尽くせることへの歓喜の雄たけびか。


 どちらにしても、レオンにとってはありがたい切り札だ。


「ヴォルゼオスよ。あのカラクリは竜を超えるために作られたらしい。真の竜を見せてみろ」


 レオンが柄を撫でるとヴォルゼオスが強く輝いた。

 放たれる魔力も勢いを増して、戦車の砲撃を押しのける。

 

「我々の勝ちだな」


 ズドン!!

 赤黒い閃光が戦車を貫いた。

 砲身を貫かれた戦車はガタガタと膝を折ると、バタンと倒れた。


「こ、このポンコツ!! やられてんじゃねぇよ!!」

「さて、最後の警告だ。大人しく投降しろ」

「く、くそが……」


 しいながレオンを恨めしそうに睨む。

 しかし、その瞳はまだ諦めていない。まるで猫を噛もうとするねずみのようにチャンスをうかがっている。

 なにかをするつもりだ。


「くらえ変態!!」


 ギュイン!!

 いきなりドローンが飛んできた。油断したところを狙って、動けるドローンを隠していたらしい。

 しかし、警戒していたレオンには届かない。

 レオンはあっさりと剣を振るってドローンを跳ね返す。


「おっと――あっ」


 しかし、いきなりの攻撃であったため防御がおろそかだった。

 跳ね返したドローンの刃が、しいなの方へと飛んで行く。

 スパン!!

 あっさりとしいなの首が飛ぶと、ごろりと地面に転がった。


「……」

「……」

「……やってしまった」


 漢字に変換すると『殺ってしまった』である。

 気まずい沈黙を経て、一足遅れてレオンは事の重大さを理解。

 ついうっかり、女子高生の首をはねてしまった。

 殺人事件である。


「うぎゃぁぁぁ!? しいなちゃんの可愛い顔がぁ!?」


 しかし、殺人現場とは思えないような、ふざけた声が響いた。

 声の出所は首無し死体のしいなから。

 そもそも、よく見ればちょん切れた首からは血の一滴も出ていない。

 覗き込むと体が空洞になっている。首の穴からアホ毛がぴょんと伸びていた。


「……なんだこれは」

「ちょ、髪の毛を引っ張るな変態!!」


 アホ毛を持ちながら中身を引っこ抜くと、出てきたのは小さくなったしいなだった。

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悪役貴族だけど、日本に帰ったらコスプレ探索者としてバズりました~配信で稼いで、異世界を現代兵器で生き抜くぞ!!~ こがれ @kogare771

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