第30話 昼下がりの湖のほとりで
昼下がりの湖のほとりで、わたしは身の上話を続けた。みんなが車座に座り、わたしの話を聞いてくれた。
どこまで本気で信じてくれたのか、それはよくわからないけど。
おじいちゃんが亡くなった後、お通夜があって、お葬式があった。
わたしはまるで夢を見ているような気分で、ぼんやりと数日を過ごした。そして、それからしばらくして、おじいちゃんの店を片付けることになったんだ。
わたしはパパとママに言った。
「ちょっと待って。店をそのままにしておいてほしい。おじいちゃんと約束したんだ。わたしがあの店をついで、シェフになるから!」
でも、パパとママは首を振った。
「それは無理だよ。ヒカリがいますぐ店をつぐことはできないでしょ」
そりゃそうだ。わたしは中学生だ。いますぐできることは何もない。パパもママも間違ってない。おじいちゃんがいないのに、いつまでも看板をかけているわけにはいかない——。
そう自分に言い聞かせようとしたけど、納得はできなかった。
わたしは、悲しくて、つらくて、やるせなかった。
店がなくなったら、おじいちゃんの思い出も、おじいちゃんの味も、すべてなくなってしまう気がした。
わたしは「十五少年」と書かれた、おじいちゃんの本を形見にもらっていた。おじいちゃんが船乗りの時代からお守りがわりに持っていた、あの本だ。
その本に、願ったんだ。
いますぐ、シェフになりたい。
なれるものなら、おじいちゃんの後をつぎたい。
そこまでが、わたしが現代で覚えている記憶だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
神さまが、わたしの願いをかなえてくれたのかな。
現実の世界では、おじいちゃんの店はなくなった。でも、わたしは、おじいちゃんが好きだった十五少年漂流記の世界で、おじいちゃんの夢をつごうとしている。
たぶん、こんなことを言っても、信じてくれないよね。
頭を打ったのか、あるいは頭がおかしくなったのか、みんなにはそんな風に思われたかもしれない。
長い話が終わって、わたしはおそるおそるみんなの顔を見渡す。
ブリアンが髪をかきあげながら言った。
「とりあえず、ヒカリが遠い世界から来たことはわかったよ。話の半分も理解できなかったけどね」
「そうだよね。わけのわからないこと言って、ごめんね」
「でも、別にいいんじゃないか。ヒカリがどこから来ても。ヒカリはヒカリだろ」
ブリアンはいつもと変わらない、ひょうひょうとした表情で、そんな拍子抜けすることを言った。
「ヒカリ、大丈夫だよ!」
そう言ったのはガーネットだ。ガーネットはわたしの肩をつかむと言葉を続けた。
「ヒカリがこの先、本当の家に帰れなくても、ノープロブレムだよ。わたしがずっとヒカリのそばにいて、ヒカリの面倒を見てあげるから。安心していいよ!」
うん、ガーネットの言葉はすごくうれしい。でもちょっと不安だ。ガーネットはこの先ずっとわたしなんかの相手をして、大丈夫なのだろうか。
「ガーネットは昔から言い出したら聞かないからさ。まぁ、ガーネット家は名家だし、大船にのったつもりでいたらいいよ」
ガーネットのことをよく知るサーヴィスが、こちらものんきにそう言った。
「ヒカリの話を聞いて、安心した」
そう言ったのは、ウィルコックスだ。あれ、どこに安心する要素があったのかな?
ウィルコックスが明かす。
「ヒカリはてっきり故郷で何かをしでかして、密航して逃げてきたと思っていた」
「ひどい! わたし何もしていないし! そもそも密航じゃないし!」
そう言い返したけど、ウィルコックスは表情を変えないので、どこまで本気なのかよくわからない。
そんなやり取りをしていると、ドノバンが言った。猟銃を手にしながら。
「とりあえず、腹が減ったな。俺はこれからカモでも狩ってこよう」
「うん。そろそろ、ちゃんとしたものを食べたいよね」
朝からビスケットとコンビーフしか食べていない。わたしもお腹がすいてきた。
ドノバンはわたしに告げた。
「獲物がとれたら、ヒカリがここで料理してくれるんだろ?」
「もちろん、まかせてよ!」
わたしは力をこめて答えた。
ドノバンとわたしのやり取りに、みんなも活気づく。
「ドノバン、一緒に行こう」
ウィルコックスが猟銃を肩にかつぎ、ドノバンの後を追う。
ブリアンとサーヴィスは相談を始めた。
「ごちそうを食べたら、調査を再開しないと。あの洞くつのことをもっと調べよう」
「いっそあの洞くつに住めばいいんだ。冬を越すくらいはできるだろう」
この世界で暮らすことは、不安もある。むしろ不安だらけだ。
いつか戻れるのだろうか。
現代のパパやママや学校も気になる。現実感がないから、平気な顔をして暮らしているけど、考えたら落ち込みそうだ。
でも、ここには仲間がいる。
わたしは頑張って自分の役割をこなすんだ。みんなのために美味しい料理をつくり、厳しい冬も越さないといけない。
ガーネットがたずねた。
「ヒカリ、何をつくるの?」
「そうだねぇ。ドノバンが本当にカモをとってきたら、グリルをつくろうかな」
「いいね。おいしそう!」
わたしは手ごろな石をつみあげ、かまどをつくる。ガーネットにも手伝ってもらって火を起こし、ドノバンたちが狩りから戻るのを待った。
【第1部完結】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。角川つばさ文庫小説賞に応募するため、ひとまず第1部完結としました。ヒカリと十五人の物語はこれからも続きます。いずれ長編として仕上げたいです。
さいはてレストラン 十五少年少女のシェフ やなか @yanaka221b
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