泪橋に消えた男

 作者さま、実際の凶悪事件をもとに犯人を主人公にした小説を書くとピカイチなものを書けそうである。
 人間の暗黒面を書く。これは誰にでも出来ることではない。

 カクヨムで圧巻の一作を選べと云われたら、少なからぬ人がこの異色作に票を投じることだろう。
 暗く、激しく、連続ドラマ小説を思い切り野蛮と殺伐に片寄せたような昭和一代記。
 陰惨な描写があっても乾いた筆致のせいかとても読みやすく、その乾きが主人公の心をよく映している。

 生まれ乍らの餓狼、良太郎。
 その擦れっぷりには唖然となるが、使役される立場に生まれ、戦争にとられ、帝国主義崩壊の瓦礫の下からどぶねずみのように這い上がってきた日本男児の多くは程度の差はあれ、当時この良太郎のようなものではなかったか。

 人殺しの味を知っている眼つきの悪い兵隊やくざ、拳にものをいわせて、女をみればとりあえず犯すかどうかを考える。生れが少し早ければ刀を手にして幕末志士の末端となり、少し遅ければ、雨のそぼ降る夜の繁華街でネオンの原色を浴びながら拳銃を片手にじっと佇んでいるしかないような男。
 気質がそう出来ているのだ。

 かといって裏社会に居座るでもなく、狼として都会を流離うでもない。良太郎はオラつきだけは立派なものの、ただの小悪党で、仕事といえば会社員。
 そのせいか彼のやることなすこと、情けない悲哀がつきまとう。
 男性読者はその情けなさに、何ともいえぬ焦燥と羞恥を覚え、思わず良太郎に叱咤を飛ばしたくなるのではないだろうか。

 そのままじゃお前、「泪橋を逆に渡る」ことすら出来ないぞ。

 いうまでもないが泪橋の出典は「あしたのジョー」である。
 あの漫画を想い浮かべると戦後を知らない人でも良太郎最盛期の時代背景を想像しやすい。
 土地と家を継ぐという旧態を振り捨てて、都会へと労働者が集まっていた頃だ。


 男は強い。大人の男は、子どもよりも女よりも強い。強い。

 そんな昭和的な男の沽券にすがってつまらぬ悪事を重ねていた良太郎だが、男としてこれ以上はない屈辱に打ち据えられる日がやがて訪れる。
 身体的弱者として見下げていたはずの義弟の方が、秘めた陰湿さと暴力性については一枚も二枚もうわ手であり、彼は恥辱の底に叩き落されて負けるのだ。

 眼つきこそ悪いものの、良太郎は小市民的であり、闘犬にすらなれなかった野良犬である。
 そんな粗野な良太郎を嘲弄しながら、亡霊のように現れては消え、消えては現れていた、白皙長髪の義弟邦正。

 旧時代の男女像、夫婦像、かくあれかしと謳われた価値観と共に自滅していったのが良太郎ならば、邦正は、最初から異邦人としてこの世に落ちて、おのれの諦念をほのかに嗤いながら草木の中を無為に漂うしかなかった。


 ――これが憎しみ以外の感情なら、俺達は昭和の六十年をどう振り返ればいいんだ
 
 この文言は、読後、読者にも等しく突きつけられる。
 さて、どう振り返ってあげたらいいのやら。

 泥の河に流されるしかなかった彼らの生涯は、同様に新しい元号に押し出されるばかりの私たちのそれと、どう違う。

 ぎらついた眼をして昭和の底を這いずり回った野犬の一生。啜った梨の瑞々しさを想いながら逝ったのか。
 ならば、そう悪いものではなかっただろう。

 良太郎も邦正も、両方向から激しく対峙しながら、その中心にはいつも女がいた。
 生涯追い続けた面影の、その膝の上で眠れ。

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