『街の変化に着いていけない殺し屋』

小田舵木

『街の変化に着いていけない殺し屋』

 くわえた煙草に火を点す。鼻を突き抜けるメンソールの香り。

 煙草は一口目にすべてがこもっていると言っていい。

 後は惰性で吸うモノだ。

 俺はゆっくりと紫煙を肺に吸い込み。ニコチンが脳を刺激するのを感じる。

 視線は空に向かってる。この福岡の街は建物が低い。空港が市内にあるせいだ。

 夜空は濁った排気ガスに汚されていて。俺は汚え街に居るんだなって事を思い出させられる。

 

 煙草が根本までジリジリ燃えて。

 俺は煙草を足元に落とす。そして踏んづける。

 その時に視線が下に落ちる。ああ、見たくもねえモノが地面に転がっている。

 

 ガキの死体の山。

 浅黒い肌をしたガキの死体の山。

 

 この福岡には。東南アジアからの移民共がうじゃうじゃ居て。

 東南アジアからの移民のガキ共は博多、天神の街を自分のモノだと勘違いしてやがる。

 コイツらは。おイタをし過ぎたのだ。

 この福岡の街でクスリをサバいていいのは俺の飼い主だけだ。

 後はすべて始末されるべきである―とか。本気で信じている訳ではないが。

 これも仕事である。恨みっこはナシだ。どうか安らかに眠れ。地獄でクスリを売り捌くなよ。

 

                  ◆

 

 俺は路地裏を後にすると。

 博多駅の方へと向かっていく。

 そろそろ晩飯の時間である。

 殺しをした後は。素人の場合、アドレナリンが放出されている関係で食欲が出ないらしいが。俺は別だ。

 腹が空くのである。そりゃひと仕事終えたばかりだからな。

 

 博多駅に着く。きらびやかなイルミネーションが俺を迎える。

 青を基調としたイルミネーション。人の気持ちを落ち着ける効果を狙ったものだろうが、俺の気持ちは最初から落ち着いている。

 

 博多駅の駅舎を左に折れる。そうすればバスターミナルがあり。

 その地下1階に俺の目指す店はある。

 『牧のうどん』俺の大好物である。

 仕事の後はコイツに限る。優しいアゴ出汁とヤワヤワの麺。

 消化に優しそうなコイツが、仕事の後には沁みるのだ。

 

 俺は店の券売機で丸天うどんとかしわ飯の券を買い。

 店のカウンターに座る―っと。隣の奴は…

 

「よ。掃除屋先生。来ると思ってた」ごぼ天うどんをすするスーツの男。

「よお。薬局クスリ売りの犬。報酬のハナシか?」

「報酬は何時もどおりだ」

「大分大掃除になったんだが」

「んなハナシは知らん。こっちも景気良くねえんだよ」

「…嘘を吐くな、番犬め」

「いくら市場が高騰しようが。庶民には関係ないハナシな訳」

「お前らは庶民じゃないだろう」


 そんな話をしている内に。俺の丸天うどんが着丼。出汁入りの薬缶が付いてくる。

 俺はスーツの男を無視して。うどんを啜り始める。

 この『牧のうどん』のうどんはチンタラ食っていると増える。恐ろしいほど汁を吸う麺なのだ。

 俺は丸天にむしゃぶりつき。その魚の滋味を体に吸収する。

 うどんを食っている間にかしわ飯が登場。コイツはデザートみたいなもんだ。

 まずはうどんを片付ける。

 

「お前はあの汚れ仕事の後でよくそんだけ食えるな」スーツの男は呆れている。

「…体が資本の仕事だからな。飯ってのは体の素だ」俺はかしわ飯に取り掛かりながら言う。ここのかしわ飯の旨さは言葉にし難い。なんと言うか実家を思い出させる味なのだ。

「さいですかい…んで。今日の話のミソだが」

「ガキの掃除じゃ事足りん訳か?」俺はかしわ飯を噛み締めながら言う。

「問題は。移民の一世にある訳で」

「ガキ共の親世代か」

「アイツらがガキを支援している」

「…ガキを叩く意味がなくないか?」

「それはそれ。先生には段階を踏んでもらっている訳だ」

「面倒くさい事をする」

「根絶しようと思うなら。先っちょから根本までってな」

「お前らが根絶を狙ったところで。手足はそう多くない」俺のような掃除屋は。この福岡の街では少ない。

「ウチらが使えるのは先生だけだ」

「馬車馬のように働けってか?」俺は沢庵を噛み締めながら言う。

「その通り」

「俺は東平尾の街を歩けなくなる」東平尾には東南アジア系の巨大な移民街がある。

「いいだろ?」

「『天ぷらのひらお』の本店に行けなくなるじゃないか」

「んなもん。吉塚の『だるま』で我慢しておけよ」

「…アンタらは是が非でも俺にやらせようって訳だ」

「そりゃね。販路を乗っ取ろうとしているアホは始末したいからな」

「お前らは徹頭徹尾、自分らの利益しか考えてないな」

「普通の話だろうが」

「移民を俺達日本人が排斥しようとすれば。ちょっとした国際問題になる」

「んなモン。政治家先生に任せておけばよろしい」

「…後はカネ次第だな」

「この丸天うどんとかしわ飯を奢ってやるから…ってのじゃ駄目な訳な?」

「そりゃそうだ。キチンと交渉させてもらう」

 

                  ◆

 

今日日きょうび紙巻き煙草なのはどうかと思うぜ?先生」スーツの薬局の番犬は言う。

「加熱式煙草なぞ。吸った気にならん」ここは。バスターミナルの最上階の喫煙所であり。

「まったく。先生はオールドでいけん」

「古くからの伝統は守るべきものだ」

「エラく旧主派で」

「拘るのも悪くない…んで?報酬はどうなる?」

「一つ組織を叩く毎に1000万でどうだ?」

「…ターゲットは一つだけじゃない、と?」

「福岡の東南アジア人ってのはな、国ごとに分かれてんだ」

「叩いて欲しい国はいくつある?」

「主に2つ。楽だろ?」

「相手に依る。ベトナム人は根気強い。アメリカだって手こずった」

「残念。ベトナム人は確定事項、あいつらはこの『魔都福岡』のメイン層であり。まあ、犯罪者も多いわけだ」

「まったく。骨の折れる仕事になりそうだ」

「ま、気楽に殺ってくれ。後はフィリピンだな」

「フィリピンはそこまでの数はない」

「ベトナム人が大いなる問題だな」

「…この福岡の発展に大きく寄与しただけあって。アホほど居やがる」

「そして。悪巧みするヤツも多い」

「1000万じゃ安いな」

「そこは先生、フィリピンがボーナスな訳で」

「フィリピン人だって手強い」

「ま、そしたら。ベトナム人には追加でいくらか払う」

「…交渉成立だ」

「助かるぜ、先生」

「別にお前の組織を贔屓ひいきしている訳じゃない」

「カネのある方に着いていく…か?」

「ああ。フィリピン人やベトナム人の方が払いが良けりゃ、そっちに着く」

「それはないな。アイツら自分の国の人間以外信用しないからな」

「移民のくせにナショナリズムに拘るな」

「そんなモンだろ。里を離れても恋しいものさ。同郷の人間で寄り添いあう」

「そうして。『魔都福岡』は何処の国だか分からなくなる」

「それを俺達が少しは浄化してやろうって訳さ」

「俺達もくだらないナショナリズムに拘っている訳だ」

 

                  ◆

 

 俺は薬局の番犬と分かれると。JRの鹿児島本線に乗って帰る。

 この福岡は車社会で。車を持っていない成人男性は珍しい。

 俺は。若い時から仕事に夢中すぎて、免許を取り損ねてしまったのだ。

 

 やたら派手な電車の。車窓をぼんやり眺める。

 暗い街にネオンが輝いていて。この街も随分様変わりしたものだと思う。

 俺がガキの頃は。大して発展してない街だった。

 だが。今や。東南アジアを繋ぐ交通の要衝である福岡は。古代の頃と同じように発展し続けている。

 そこには移民達の大きな寄与がある。

 これは否定しようがない事実だ。

 彼らは貿易業などを営み。この福岡の街を東南アジアに変えちまった。

 ゴチャゴチャとした街とスコール。それが今の福岡のトレードマークだ。

 俺は旧主的な福岡で産まれ、育った人間で。

 今の福岡にはどうしても馴染めない。

 昔は街が豚骨臭かったものだが。今や香辛料…パクチーなんかの匂いであふれていやがる。

 

 移民共を掃除するのは構わない。

 それは下らないナショナリズムがそうさせるのではない。

 あくまでカネの為だ…と思うが。

 少しはそういう気持ちがあるのかも知れない。

 俺は福岡の街を取り戻したいのかも知れない。

 だが。俺一人が掃除をしたところで。街が豚骨臭くなる訳ではない。

 今や不可逆なまでに東南アジアと化した福岡。これはもう止めようがない。

 これも人類の歴史の1ページなのかも知れないが、俺はどうしてもその新しいページに馴染めない。

 

                  ◆

 

 フィリピン人を叩くのは容易だった。

 アイツらは油断が過ぎる。ぼんやりしていたところを叩かせてもらった。

 俺の銃のマガジンが空になれば。死体は山のように出来て。

 全く。詰らん仕事である。まさしく掃除と言っても良い。

 

 問題はベトナム人であり。

 俺はとりもあえず東平尾に偵察に出る。

 博多駅の駅の東、福岡空港の近くに東平尾はある。

 西鉄の平尾は博多駅の西側。空港を挟んだ飛び地みたいなものだ。

 俺は地下鉄空港線に乗って。福岡空港で降り。天王山公園方面へと歩いていく。

 この辺の大きな公園の一つだ。隣にはサッカー場がある東平尾公園がある。

 

 俺は一路、『天ぷらのひらお』の本店を目指している。

 そりゃそうだ。せっかく東平尾まで出張ってきたのだ。

 寄っておかないと損になる。

 しかし。まったく。車がないとアクセスしにくい店ではある。

 駅から20分って…面倒くさい。

 

 俺は店に着くと。

 適当な天ぷらのセットを頼む。魚の天ぷらがメインの定食だ。

 揚げたての天ぷらが来る前に、白飯と味噌汁が来る。

 俺は卓上のイカの塩辛で白飯を平らげてしまう。

 まったく。この店では白飯が何杯あっても足りない―

 

「おう。先生。来ると思ってたぜ」俺の席の後ろに。薬局の番犬が現れる。

「…お前。俺を付け回しているのか?」

「そんな事はなか。ただ単に天ぷらの食いとうなって」

「に、してはタイミングが良すぎる」

「フィリピンは叩き終わったようだな」

「まあな。んで?お前は何を食うんだ?」

「そりゃ海老天よ」

「海老天食うなら吉塚の『だるま』だろうが」

「それもそうだが。先生に会おうと思ってたからな」

「まったく。お前ってヤツは」俺はサバの天ぷらを食べながら言う。

 

「ベトナムは一筋縄ではいかんぞ」番犬もイカの塩辛を食いながら言う。

「…分かっちゃいるさ」

「ベトナム戦争でのゲリラ戦…アイツらの得意とするところだ」

「街を散策する暇もないってか」

「ああ。お前にベトナムのガキを叩かせただろ?今、東平尾ではお前の顔は知れ渡ってる」

「そりゃあ。呑気に天ぷら食ってる場合じゃないな」俺はキス天を食いながら言う。

「店出たらさっさと引き返して。今度来る時は武装してくるこった。何なら俺の車で送るが?」

「…甘えさせてもらうか」

「それがいいや」薬局の番犬は揚げたばかりの海老天に貪りついている。

 

                  ◆

 

 俺達は店を出る。

 薬局の番犬の趣味の悪い車に乗って。

 そして空港沿いを走りながら俺のねぐらへと向かっていく。

 

 福岡空港。

 街のど真ん中に鎮座する空港。

 ここも交通の要衝。東南アジアから怪しい積荷がわんさかとやってくる。

 空港の税関職員も忙しいだろう。

 まあ?税関がどれだけ仕事を頑張ろうが、怪しい荷はそれをすり抜けていく。

 

 俺はそんな空港を眺めながら考えにふける。

 どうやってベトナム人を叩くか、だ。

 だが、あまりいい考えは浮かばない。

 殺ってしまうなら。クスリの元締めを叩いてしまう方が楽ではある。

 いちいち雑魚の相手をしていてはいくら命があっても足りない。

 だが。しかし。ベトナム人のクスリ売買組織は高度に組織化されていると聞く。

 問題は。

 俺が元締めの元までたどり着けるかどうかだ。

 

「難しい顔してるな、先生?」

「そらお前らに無理言われているからな」

「そいつは済まん」

「仕事だ、文句は言わん。だが。愚痴は零すかも知れない」

「…聞き役にはなってやれるが」

「…手は貸せないってか?」

「一応さ、表向きは手を結んでいる訳よ。ウチとベトナムは」

「でも、邪魔ではある」

「そこで外部委託な先生の出番って訳よ」

「トカゲの尻尾みたいに扱いやがって」

「だからこそ高いカネを払っている訳で」

「端金だがな」

「先生にとっちゃ端仕事でしょうに」

「言ってくれる。褒めてんのか?それは?」

「一応、ね」

「…あーあ。やるしかないのか」

「やってもらわなきゃな」

 

                  ◆

 

 ベトナム人の『城』に乗り込む為にはどうしたら良いか?

 単騎で突っ込んで行くのは愚の骨頂だ。だが。連れを増やせば怪しまれる。

 そこで俺は。フリーランスの科学者に成りすます事にする。

 これはクスリの密売組織に入り込む為によく使う手だ。

「ちわーっす。カンナビノイドの新しいアナログ持ってきましたよ」これで組織に売り込む。当然、化合物は本物だ。俺はその手の化学に強いビジネスパートナーが居る。

 

 俺はそのビジネスパートナーに連絡し。

 適当なカンナビノイドのアナログを制作させる。

「カンナビノイドのアナログ作るのも楽じゃねーんだぞ?今は法規制が煩くてなー」なんて文句を垂れられるが。報酬の20%を支払う事で話を呑ませる。

 

 俺はカンナビノイドのアナログを持ち、適当な変装を済ませてから東平尾に乗り込む。

 薬局の犬にれば。東平尾公園の近く、志免町方面にベトナム人のクスリ売買組織の『城』があると言う。

 

 俺は東平尾公園をそぞろ歩く。

 懐かしい。ガキの頃によく連れられてきた。

 大谷広場っていうアスレチック場があって。そこには草スキーできる坂もあったよなあ。

 今や。その東平尾公園は。日本人のガキより、東南アジア系のガキがわんさか居る。

 俺はそれを見ると妙に切ない気分になる。

 日本人は。もう子どもを産まなくなって久しい。

 この貧乏人だけが不景気な世の中では。子どもを世界に送り出そうという日本人は少ないらしい。

 その代わりが。移民たち、東南アジア系の人々であり。

 一応は市税なんかを納めているから。あまり文句を言ったらバチが当たるのだが。

 あまり我がもの顔で福岡の街を跋扈ばっこして欲しくない。

 まったく。こんな意見は旧主的なのだが。

 俺は純然たる日本人で。どれだけ国際化の波が世界を覆おうが。

 詰らないナショナリズムを捨てきれないのである。

 ま、その東南アジア人たちも。数世代を経れば新しい日本人化していくのだろうが。

 

 俺は東平尾公園を出て。

 志免町方面、つまりは北の方角に進路を取る。

 小高い丘になっている辺りに。いかにも成金ですよって感じの豪華な一軒家がある。

 東南アジア人の好みは俺のような旧主的な日本人には理解出来ない。

 俺はその豪邸の門のインターフォンを押し。

 

「約束していた古賀こがですが」と告げる。

「ヨク来タナ。入レ」

 

                  ◆

 

 ベトナム人の豪邸の庭には。国産のハイクラスの車がうじゃうじゃ停まってる。

 これも趣味が悪い。俺には理解出来ない世界だ。

 

「オマエガモッテキタ、カンナビノイドノアナログ…法規制ニハヒッカカラナイヨナ?」俺を応対するベトナム人の若いお兄ちゃんは問う。

「そこは大丈夫。まだ規制されてない部分を弄りましたから」

「効果ハドウナンダ?」

「試してみて下さいよ」

「…毒味サセテモラウ」

 

 俺は。ベトナム人の豪邸の応接間に通されて。

 2つのソファでテーブルを挟んで、応対のベトナム人の兄ちゃんと向かい合う。

 ベトナム人のお兄ちゃんは早速パッケージに納められた白い粉を鼻から吸う。

 白い粉を吸った兄ちゃんは。ソファに沈み込む。

 

「サケデモノムカ?バーバーナラアルゾ?」

「頂きましょうか」

 

 ベトナム人の兄ちゃんは何処かに消え。そして栓を開けたビールを持って帰ってくる。

 俺はそのビールを受け取り。呑む。

 俺は基本的に。東南アジア系のビールのさっぱりとした味わいが好きではない。

 そも東南アジアのビールは氷を入れる前提の味のような気もする。

 だが。ここは交渉の席なのだ。俺は笑顔を作り、ビールを呑み干す。

 

「アンタハ。フリーノ科学者カ。最近ハ儲カッテイルノカ?」世間話が始まり。

「あまり景気はよくないですねえ…最近は売り手を探すのにも苦労する」

「ソノ点、ウチノ組織ハカネガアル」

「安心できる取引相手です」

「ソノウチ、日本人ノ組織を追イ越ス」

「それも夢ではない」

「ソノ一助ニコノアナログハナリソウダ…」どうやら。カンナビノイドがキマってきたらしい。

「いい感じのダウナーでしょ?」

「アア。コレナラ本物ト遜色ナイ」

「なれば幾らで買い取ってもらえるので?」俺は交渉を前に進める。交渉を前に進めれば。何処かの段階で元締めが出てくる。ソイツを叩くのだ。

「…ソレハ俺ガ決メル事ジャナイ…ボスを呼ブ…」フラフラと。応対係の兄ちゃんは消えていく。

 

                  ◆


 

「やあ。科学者さん…いや古賀さんとお呼びするべきだろうか」野太い声が応接間に響き渡る。流暢な日本語だ。珍しい。

「どうも。フリーの科学者の古賀で―」

「いやいや。お会いするのは初めてじゃありませんよ?」図体のデカイ貫禄がある男はそう言う。もしかして…正体がバレたか?

「そうでしょうか?私は市井の科学者ですから…」誤魔化しに走る。

「ノンノン。貴方と私は昔々に会っていますとも…この口調じゃ分かりませんよね?」「コガシャン…コンニチハ。ブーデス」

「なっ」俺は驚愕する。

 

 何故なら。

 この眼の前に居るクスリの密売組織の親玉は。

 かつての俺の同僚だからだ。

 俺は。最初っから殺し屋だった訳じゃない。20代の前半はカタギの仕事をしていた。

 ある食品工場。そこの技能実習生だったのが。このブーと言う男だ。

 

「お前は。技能実習生から逃れて国に帰った…はずだろう?」

「そうですねえ。ですが。10数年前。この街が発展する頃に戻ってきた」

「そして―」

「裏社会に飛び込み。今やその長です」

「…奇縁というヤツだな。参ったな」

「しょうがない。こういうめぐり合わせもあるというもの」

「俺が何をしに来たか―分かってるのか?ブー?」

「…流石に。掃除屋古賀の名を知らない裏稼業の人間は居ません」

「コイツあ…お前最初から俺を家に招いて―」

「再会を祝そうかと。あの頃は古賀さんにお世話になった」

「ならば。今回はお互い引こうや」

「そうしてあげたいのは山々ですが…古賀さん、貴方の裏に居る組織が問題でしてね」

「吐かんぞ。拷問されようが」

「拷問なんてナンセンスですよ、古賀さん。昔の私の口癖、覚えてます?」

「気に入らない奴には殺すって言ってたよな?」ブーは。跳ねっ返りが強くて。上司によくその台詞を飛ばしていたものだ。

「その通り。いやあ。今までは古賀さんの事、気に入っていたんですけどねえ」

「この今は。そうでもない訳だな?」

「ええ。私の命を取りに来るなんて。気に入りません」

「参った…お前らを舐めすぎていたらしい」

「舐めすぎたと言うよりは。めぐり合わせの悪さですよ、古賀さん」

「…かもな。ブー、お前さえ出てこなければ。殺れた仕事だ」

「ま、残念でしたね。最後に『牧のうどん』を奢れないのが残念です」

 

 こうして。

 俺はブーを始めとするベトナム人に囲われ。

 豪邸の地下へと連れていかれ。

 そこでなぶり殺しにされて。

 博多湾に沈められるだろう。

 

 まったく。ツイてないとはこの事だ。

 だがまあ。死ぬこと自体はこの稼業に入ってから覚悟していた事で。

 最後に『牧のうどん』の丸天うどんを食えないのは残念だが。

 旧主派の俺は。新しい福岡の風に吹き晒され消えていく。

 そうして。街は一歩前に進むだろう。

 俺はそれを止める事は叶わなかった。

 だが。まあ良い。最後に懐かしいヤツの顔を見れたから。

 

 

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『街の変化に着いていけない殺し屋』 小田舵木 @odakajiki

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