第7話  爆ぜる

 舞踏会の主催である公爵への挨拶が行われている。

 ひと組ひと組と挨拶を終わり、私たちは、公爵たちへと近づいていく。そして、とうとう私たちの番になった。

 公爵へと相対し、ドレスの裾を持ち左右に広げ、片足を下げ膝を下ろしカーテシーをする。殿下はボーイング・スクラップピング。


「今宵、閣下には、ご機嫌麗しく、執着至極に存じ奉りまする」


 私が口上を述べる。


「おぉ、そなたか。我が庭園に舞い降りた、白き花の香りの乙女が居ると聞いたおるぞ」

「そのような呼名、誠に畏れ多き事でございます」

「今宵、我は吉報を待っておる。それを齎すのは、そなたのような白き花の乙女であるまいか」

「お褒めの言葉を賜り、恐悦至極に存じます」


 私は目礼を返した。公爵は、ご満悦な様子に見える。


「さて、仰の吉報と言いますと」


 私は、殿下にウインクを飛ばす。彼は被っていたマスクの紐を緩め、そしてマスクを外していき公爵へ己の顔を晒した。


「かのもののことでしょうか」


 公爵の側で見るとは無しに私たちを見ていたピザンナ様の顔が恐怖に歪む。その喉から、


「ひぃ」


 悲鳴が漏れる。そして、


「で、殿下! ルイ殿下」


 彼女の、その言葉に公爵は殿下の顔を凝視した。幾許かの時間の後、公爵の顔は歪み、顔色がドス黒いものに変わっていく。


「偽りでは、無いのだなピザンナよ」


 己の王子暗殺の失敗を悟った公爵は、歯軋りしながら自分の娘に訪ねた。


「………は、はい、ルイ殿下であられます」


 力無く、彼女が答えた。

 公爵は拳を握り、ブルブルと振るわせ歪んだ顔を引き起こし、


「衛士、此奴をひっ捕えろ。いや、この場で切り伏せぇ」


 唾を飛ばして、衛士たちを呼ぶ。


「此奴らは、偽物。王子を騙る偽物たちだ、王家を偽る反逆罪だ。重罪だ。即刻、切り伏せいっ」


 私たちを指差し、彼の声に集まってきた衛士に命令を下す。最後の足掻きだね。


「此奴らを切り伏せたものには褒美を取らす。金銀宝石、女に武具。なんでも申せ」


 叱咤するつもりだろう。御託を並べるように捲し立てていく。


 

 この大広間で歓談し楽しんでいた貴族諸侯は、蜘蛛の子を散らすように立ち去った。いくつかある出入り口に殺到している。

 そこで集まって大広間へ入ろうとする衛士と逃げ出す貴族諸侯の間で、いざこざも起きているようだ。遠くから阿鼻叫喚が聞こえてくる。


「殿下。お役目ご苦労様。後は私の後ろでお寛ぎを、少しお時間いただくかもしれませるが悪しからず」


「これだけでいいのかい? 私も剣の鍛錬はしているんだけど」


 私は口角を上げ、シニカルに笑い、


「いぃえ、未だ研ぐ前の剣は切れぬもの。お控えくだされます様。これから、もっと、もっと修練ください。殿下」


 すると、儀典用軽装鎧の騎士が走り込んでくる。


「殿下を偽るとは痴れ者が」


 殿下を捕まえようと手を伸ばす。私をその手を取り右足をを下げる。そして左足を下げながら外へ踏み出す。

 手を取られた衛士は、体が前に泳いだところで両足で踏み込んだ私のラリアットを首に受けてひっくり返り後頭部から落ちて、気を失う、


「何奴」

 新たに、もうひとりの衛士が私に向かってきた。

 私は後ろにステップして相手の手を取る。利き足をスイングさせてバランスを崩し、クローズしてラリアット。二人目を沈めた。


「此奴、体術を! 剣で応戦しろ、抜刀!」

「素手の、か弱き乙女に長剣を晒すは、あなたがた、賊の類でありましょうか?」


 私は微笑みながら答える。


「大人しく縛につけば良いものを」


 衛士は踏み込み剣を振り上げて、打ちおろしてきた。

 私は腰のポケットに手を入れて獲物を取り出すと展開させた。真っ白いパーティファンだ。しかも並のものより巨大な物だったりする。

 私は口元を隠すと、


「縛られて喜ぶ嗜好などございませんのに」


 ファンを閉じると剣の裾に当て刃の下を滑らせて外に剣筋を変えて行く。


「ちょこざいな」


 衛士は流された剣筋を治して、再び切り掛かってくる。

 私は、振り切られる前にファンで剣を絡め取り薙いで剣をくるりと回す。

 捻られては堪らんと彼は剣を手放してしまった。勢いのあまりにあちらの方向へ剣は飛び、離れたところに刺さる。諸手になった間に大上段から振り下ろしたファンの親骨を叩きつけて昏倒させた。


  パァーン


 乾いた叩音がホールに響く。


「このクワセモノがぁ」

「お褒め言葉と受け取っておきます」


 更に、もう一人、剣で切り込んできた。

 しかし。哀れ、同じように剣をいなされて絡み取られて飛ばされたところを叩かれて彼は倒れた。


「どけぇ、どけぇ。情けない奴らだよ。小娘1人に翻弄されやがって」


 新たにプレートアーマーを着込んだ重装鎧が廊下側から雪崩れ込んできた。

外からの侵入者の備えをしていたんだろうね。

 一騎が、私の前に立つと大剣グレーターソードを立てて、


「小娘であろうと手は抜かぬ。謀事に組したことを後悔せぇ」


 相手の挑発に、


「私くし、強引な殿方のお誘いは、お断りさせていただいてますの」


 右手でパーティファンをもち、肩より少し高めに掲げる。左手は目の前に人がいれば右肩に当たるところに置いていく。


「その生意気な口を塞いでくれる。そんな柔な扇など叩き折ってやるわ」


 重装騎士は、グレーターソードを掲げて背中へ引き回した。そして力を貯めると横薙ぎに振ってきた。私は軸足を大きく引きのけぞって初撃を交わす。


「ぬん」


 私の直上を刄が通過する。厚い風圧で結った髪も解けてしまった。

 重装騎士も振った勢いを弱めずにグレーターソードを、もう一度廻していく。

 そこで利き足も弾きつつ、左へステップして接敵。赤髪を振って、大振りで開いた相手の懐に入り込む。

 畳んだ扇の天を鎧の首甲と顎の僅かに隙間に捩じ込み、喉仏を強打する。

 強烈な痛みと呼吸不全に落ちた衛士は大剣を手放し、もんどり打って倒れ、のたうち回る。

 小娘相手に油断しているのは誰。ヘルムしていれば弱点を晒すことも無かろうて。 すかさず、2人目がグレートソードを刺突してきた。先の相手の影からの一撃。躱していくこともできず、腹にぶち込まれた。


「とったぁ」


 そのまま、私も飛ばされる、だが転ぶことなく後ろにシューズを滑らせて止まった。


「女の腹を攻めるなんて酷いな。母ちゃんに言ってみろ。ぶん殴られるよ」


 相手の顔が惚けた。大剣の切っ先が止まっている。

 そこへファンを振り上げて親骨で相手を叩き伏せた。クリスタルの細糸で組まれてきるストマッカーは大剣如きでは突き通せないぐらいの防御があるんだ。

 痛みはそれなりに突き通るからたまらんけどね。


 そこへ、大広間の奥から


「弓兵を出せ。あの女の動きを止めろ」


と言う叫びにもに似た命令が飛ぶ。

 相手にも聞こえるような指示を出すなんて、素人丸出し、大方、公爵あたりが喚いているんだろう。

 私は、素早く戦場と化した大広間を呆然と見ていたルイ殿下のところへ移動する。

そして彼の手を取る。


「殿下、少しピリッとくるかも知れませんが、大丈夫ですから」


 と告げた。


 実は彼に近ずく最中から


コンスペング コンスペング コンスペング


魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


「インベント! コンシナンチス<イアシム>」


  我は作り出す。そして魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


 練り上げた魔力を彼と私の着用しているものに流し込んでいく。

 握った手の袖辺りから白色が変わっていく。燃え上がるような緋色になっていくんだね。

 クリスタルの細糸が魔力を帯びてドレスやコートのほとんどに施されている刺繍線に沿って、発光をはじめる。私の中から魔力がごっそりと持っていかれる。


「かまえぇ。射てぇ」


 剣を持った衛士の後ろから、弓兵が射掛けてきた。目の前に矢尻が槍衾となって、降ってきた。

 殿下は、恐怖で頭を腕で隠し、しゃがみ込む。数えきれないほどの大量の矢で、針山になる自分が想像できたんだろう。

 すると、ドレスとコートの赤い光が辺りに弾ける。飛んできた矢も在らぬ方向へ向きを変えて私達から飛び退ってしまう。

 銘、[バーミリオン]バイエルン家謹製のバトルドレスそしてコートなんだ。

 もっともっと仕掛けは隠してあるけど。


「矢が効かん。もう一度、斬りかかれぇ。単独で行くな。3人で組んでいけえ」


 前線の指揮する者の指示がとぶ。衛士は素早く隊列を整えると3人1組で私たちにかかって来る。


「殿下、正念場です。私も殿下を守り切るつもりですが、至らぬ場合もあります。兎に角、生きてください。さすれば私たちの勝ちです」


 私は殿下の目を見る。


「殿下は生きてください」


 私の意気に畏れをなして殿下から声は出ない。

 まあ、戦を知らないんじゃね。

 私は開いている手でガウンの、もう一つのポケットからパーティファンを引っ張り出す。両手にファンを構え、


コンスペング コンスペング コンスペング


我は作り出す。そして魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


「インベント・ コンシナンチス<オムニス>」


 全身に魔力を流し込む。あまりの魔力にジンジャーの髪は棚びくガウンスカートまで翻めいてしまう。


「では、殿下、私は行きますね」


 手に握る二つの赤く輝くファンを強く握り、


「ゾフィー,シャルロッテ、デュ、バイエルン。突貫!」


 三位一体で攻めてくる衛士達へ突っ込んでいった。

 扇を翻し、さばき、いなし、弾き、叩いた。

 切りつけられたり、魔法で攻撃もされた。殴る蹴るなんて女の身なんて関係ない。手加減なんてない。

 お互い理由は違えど守るものがあるんだ。己の命も捧げて全力を尽くすんだ。


 相手の鼻の下、唇の上に扇子の天をねじ込んで相手を昏倒させた。

 もう、何組バラしたか記憶にない。10まで数えて後は止めた。

 こっちだって、ファンの片方は激戦に地紙は破れ、骨が折れて使えなくなって捨てた。防御の要のドレスも切られ破かれボロボロになり、緋色も抜けて白くなり魔法炎に焼かれて焦げているところまである始末。

 ドレスに流し込む魔力が半端ないんだ。使いすぎて目の中には星がいくつも流れ、背中を怖気が這い回っている。

 笑いかけの膝を心の中で叱咤して立ち上がると、目の前に厚い唇をひん曲げて下卑た目で私を見下ろす男が立っていた。折り目正しかったであろう衛士服を着崩して。    凶悪なハンマーを持つ戦棍を肩に背負っている。

 そいつは徐に自分の得物を下ろす。石突が床を破り、大きく床が震えた。なんてもん使うんだよ。当たりでもしたら5体満足なんて期待できないね。


「真打は最後に登場するってな。お嬢ちゃんは頑張った。俺が楽にしてやるよ」


 喋る度に虫に喰われた様な欠けて黄色くなった歯が見える。臭い匂いまで漂ってくるよ。ハァ磨けヴァカが。


「タイチョー、俺が倒したら、こいつ、お持ち帰りしていいかなぁ。えっ」


 私は、そんな卑しい女じゃない。


「あんたは、私の趣味じゃ無い。そこらへん犬の尻でも掘ってろ」


 血混じりの唾を吐き捨てる。

男の顔から表情が消えた。


「まずは足だ。こいつで砕いてやる」


 ハンマーを振り上げて男が宣う。


「その後、腕の骨を砕いく」


 男は歯を剥いて笑う。


「お前の穴という穴に俺のをねじ込んでやる。泣こうが叫ぼうが知ったこっちゃない。首絞めて、ごめんなさいさえ言わせねえ。知ってるか死にかけが一番閉まって気持ちいいんだってよ」

 男は聞くに耐えない言葉を垂れ流しにする。公爵さん、こんなの飼ってるの。やめとけよ。人は選ばないと。品性が疑われる。

 私は悲鳴をあげる体に鞭を打つ。腰に両手をつけて腰を振って挑発した。


「見なくても解る。そんな貧相なので喜ぶ女なんていない。ママに泣きつきな。普通に女が相手してもらえるくらいの一物をなんで、くれなかったのかって」


「殺」


 男の怒気が膨れ上がった。戦棍を大きく振り上げて私へ叩き込んできた。両手で構えたファンがそれを受けた。魔法を流し込んで強化していてもバキバキって異音を出してきた。

 何ツゥ馬鹿力、なんていう破壊力だっていうんだ。今まで可憐に動いていた足が負けた。

 ステイを結いている丈夫なはずの鯨の髭も嫌な音をたてて千切れてしまう。力が抜けてひざまづく。男が舌なめずりして再び戦棍を振り上げて撃ち下ろす。

 ファンの骨が砕けて使い物にならなくなった。なんとかハンマーをいなして地面を打たせたけど片腕も持っていかれた。脱臼したのか、ピクリとも動かない。

 男が三度、ハンマーを振り上げる。

 ごめん、殿下。守りきれなかったよ。あっちにいったら謝るから許してね。色々と気張っていたけど、死ぬ時はこんなものか。

 でも落ちてくる乾いた血で赤黒くなったハンマーから目は離さなかった。


 しかし、打ち倒されて意識が砕かれることはなかった。目の前をピンクの生地に金糸の豪奢な刺繍が施されたコートを羽織る大きな背中が遮った。


 ガン、


 鈍い金属音を発してハンマーがどこかへ飛んでいくのが見えた。


「ウチの娘が公爵のとこの舞踏会でデビューするって聞いて来たんだが、なんで屠殺場なんだ。大の男が屍になって転がってる」

 アデルと同じ色の髪を撫で付けた壮年の男が振り返り私を見てきた。


「それに、こいつら、酷い顔してる。ゾフィー、お前の嗜好疑うぞ。我妻が娘の教育間違えたって泣くぞ。今からでも間に合う。いい男っていうのを俺が教えてやるよ」


 体力も使い果たし、魔力も枯渇し、視界もままならないけど、よく見かけた顔がそこにあった。聞き慣れた声が私を嗜める。


「おせえーよ。父上」


 家を出る時にマーサが手配した言付けが届いたんだね。

 父のバイエルン伯爵がきたんだが。戦神と呼ばれた全身兵器の体躯を持つ男。おっとり刀で来やがって。

 来るなら、もっと早くき や   が   れ

私の意識が途切れた。



 なんか胸の上が重い。何か乗っている。

 それが気になって、なんか軋むように目が空いた。辺りは薄暗い。見慣れた天井が見えた、夜目が効くから薄暗いなかでもわかるんだ。嗅ぎ慣れた匂いも感じる。

 なんだ自分の部屋じゃないか。私はもう一度、目を瞑って寝てしまう。


☆☆


 全身が痛みに悲鳴をあげている。それで再び目が覚めた。目を開けるとマーサが見えた。殿下もいる。

 みんな涙を溜めて私を見てくる。


なんで?


 次第に記憶が蘇ってきた。


「生きてる」


 喋るだけで痛みが全身を走るけど、つい言葉にしてしまう。出てしまう。


「ゾフィー。おかげで私も生きてるぞ」


 殿下が泣きながら笑っている。


ああ、なんとかなったんだ。やり切ることができたんだ。殿下の笑顔が見える。


 うん、頑張ったな。


私は満足する。


全身の痛みは悩みどころだけれどね。

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