二話④
茶会から数日が経ち、招待の手紙が届いては指定の日時に迎えが来て、
手紙が届くのであれば返信すればいいのではないかと疑問に思いつつも、これが貴族流のやり方なのだと百々代は一人納得する。
「お招きいただきありがとうございます、篠ノ井
「よく来たな、次から篠ノ井は省いて良いぞ」
「先ず返答を聞こうか。俺と組む提案、呑んでくれるか?」
「はい、是非ともお願いしたいですっ。学舎では共に学び、お互いに…競い合える仲になれたらと思っています」
「ほほう。俺と同等以上の実力があるといいたいのか」
「いえっ、お互いに頑張れたら楽しいと思いまして」
(物語の登場人物は互いに高めあって友情を育んでいたし、憧れるんだよね。ああいうの)
「ははっ、冗談だ。試験の話を聞く限り
「どうぞっ。…そう、なんですか?」
「学舎の教師にも興味を持たれているようだからね」
「ああー。」
「心当たりが?」
「はい、ついつい面白くなっちゃって少し先に学ぶことまで試させちゃったよって」
「…。」
(それはそれでどうなんだ…)
「それに魔法の勉強歴も違うようだからね。俺が学び始めたのは三年前、百々代とは五年の開きがあるわけだ」
「四歳から始めるのって早い方なんですか、ね?」
「早いなんてもんじゃない。だいたいは今の俺たちくらいから学び始めるものなんだ」
「そうなんですねぇ」
厳しいよしみの指導を問題なく熟せたのは、百々代が二度目の生であることが大きな要因だろう。徐々に発達していく思考力と忍耐力が早い段階で備わっていたのは、これ以上無いほどの優位性がある。
「でだ、俺は百々代に興味が湧いて少しばかり調べさせてもらったんだ。君のことをね」
「っ」
「そう強張らなくていい。別に私室に入り込んで物色したなんてことはない。
ほっと胸をなでおろす百々代。眼の前の美少年がとんでもない変態である可能性が浮上したのだ、強張らないほうが無理というもの。
「魔法が好きだろ?」
「はいっ!大好きです!」
「そうだろうそうだろう。だから一つ提案をしたい、日程の合う日に
「えっとぉ。どうしてそんなわたしにばっかり理のある提案をしてくれるのですか?」
「なに、優秀な人材はどこでも求められるもの。俺もその一人というわけ、未来への出資、今井達吾郎男爵がしていることに近いな。彼は
(わお、欲望に素直ー)
「持ち帰って相談しても…」
「いいや、今回はこの場で決めて欲しい。入学までは二年程、限られた時間を無駄にはしたくない。俺…いや私、篠ノ井一帆は安茂里百々代が欲しい、誰にも渡したくないんだ」
席を立った一帆は百々代の両手を取り、透き通った青の瞳を輝かせて一心に見つめている。
「家族と引き離されたり、よしみ先生との縁を切るように要求されたりは…?」
「絶対にない。ここに言い切ろう」
「なにか契約させられたりは?」
「それもない。あくまで二人の口約、小さな同盟関係だ」
「わ、かりました。是非ともお願いします、一帆様」
(よしっ!)
「それじゃあ予定を詰めよう、百々代はいつ坂北よしみ女史に指導を受けているんだ?」
篠ノ井家令息の熱意に絆され、工房の娘は伯爵家のお屋敷に足を運ぶことになったのだ。
―――
「
帯革に
纏鎧は魔力を鎧として纏わせる防御の魔法。金属鎧の代用をして使用されたり、場合によっては併用される。戦闘を生業とする魔法師にとっては基本装備、懐に余裕のある者は自身の身を守るためにも常備している品だ。
今回使用しているのは一帆が取寄させた
「少し硬いですね、この纏鎧は。起動から生成までに僅かな時間を必要としますよ。纏鎧解除…ふむ」
百々代は慣れた手つきで魔法莢を解体しては導銀筒盤と触媒を検める。
「触媒に
「よく判るな」
感心しては百々代の隣から手元を覗き、解体された魔法莢の中身を確かめる。…も只の金属にしか見えない。
「葉練鉱はわかりやすいですよ。…こうして見る角度を変えた際に、葉脈のような筋が薄っすら見えるので。今の見えましたか?」
ある程度目線を同じくするため、顔を近づけた百々代は金属の角度を変えていき、葉脈筋を見つける。
「本当だ。あの短時間で気が付いたな」
「開ける時の角度が良かったみたいで、直ぐに見えただけですよ」
「然し詳しいな。これは坂北よしみ女史に?」
「いえ、家が工房なので主要素材の見本がありまして。他ではどうだかわからないけど、職人たちがわかるようにって置いてあるん…です」
「好きなことを話し始めると言葉遣いが乱れるな。こうして二人の時は構わないが、外では気をつけるようにな」
「はいっ。…魔法の話が出来る友達はいなくてつい、はしゃいでしまいました」
「
「そうですね。今井の小父様が支援してくれたお陰ですし、そもそも魔力質を調べないみたいなんですよ。うちは工房なので子供の魔力質は片っ端から調べましたが」
「なるほどな、波の満ち引きが噛み合ったと。ならば尚の事、進まねばな魔法道を」
「はいっ!」
「話は戻るが、葉練鉱を使うと硬いといったが、これは強度に関してもいえることなのだろうか?」
「試してみましょうか。……。よし、纏鎧っ!手加減無用です、どうぞ」
「ああ、いくぞ」
「変わった感触だ、衝撃が霧散するような」
「何でしょうね、これ。受けたこちらも不思議な感覚です。…もう一度どうぞ」
ボン、鈍い打撃音と小さな衝撃、硬度の高い纏鎧と比べて使用者への衝撃が少ない。
「弾力性か。百々代のいう、硬い、は鈍いに近い可能性があるな」
「言われてみればそうですね。となると葉練鉱を触媒にする場合、擲槍射撃みたいな魔力を形に変えて放つ魔法には不向きかもしれません」
「そうだな。…各工房は触媒や筒盤を公表してはいないのだったか」
「
改めて解体して触媒を眺めるも、何かしらの合金になっていることは判るが、素材までは理解が及ばない。
「天糸瓜島でも大小数え切れないほどの工房がある。その中から自分に用途に合った魔法莢を探すのは骨が折れそうだ」
「大変ですね」
「百々代も他人事ではないと思うがな」
「わたしは懐具合で探すか、工房の道具を借りて自作するので」
「自作莢、若しくは受注生産品、か…」
手に顎を乗せ、一帆は楽しそうに魔法莢を弄る百々代を見つめる。特に理由はないまま。
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