二話⑥

 四頭立ての豪奢な馬車の箱室には一帆かずほ百々代ももよの二人。前を見れば御者で後ろにも従者が二人立っており、普段とはひと味も違う馬車移動だ。普段の送迎に使用されている馬車も、それなりに良いものなのだが一級品と比べてしまえば雲泥の差。柔らかな座り心地の座布団に腰を下ろした時、彼女は驚いていた。


「楽しみか?」

「はいっ!最近落ち着かなくて、母さんに怒られてしまいました」

「一番良い席で見られるから覚悟しておけ、正面で舞台を一望できる特等席だ」

「本当に夢見たいです。一生この御恩は忘れませんっ!」

「大袈裟な、まあ今後のやる気に繋がってくれたのなら良かったよ」

 初めて見る大劇場の舞台に心躍らせながら、窓の外を見ればあまり人通りのない道を馬に乗った者が一人追い越していく。


「ん?おい、何故馬車を減速させている」

 御者に一帆が声を掛けるも返答はなく、後ろに控える従者らも怪訝な表情を見せ声を荒らげた。

(何が起きてるの?)

 道の脇に停められては怪しげな者が物陰から数名現れては、馬車を囲っていく。


「いやあな、一帆様には人質になっていただこうと思いまして。この馬車ぁ目立つんで乗り換えでお願いします。小汚ぇ麻袋で悪いんですが」

「貴様ッ――」

「従者はさっさと潰しちまって。その隣の女は綺麗な格好してるだけの庶民だ、何も出来やしねえ放っておけ」

(拙いな。百々代、お前は隙を見て逃げろ。纏鎧は持っているだろ?)

(それじゃ一帆様がっ)

(…お前が居ても出来ることなんて無い、いいから自分の身を最優先にしろ)

「いいんですか?魔法を使えるってガキでしょアレ。売れますよ高く」

「欲をかくな。篠ノ井の長子取れただけ十分お釣りが来る」

「そういうもんですかい。そんなお坊ちゃんこっち来てくれますよね、嫌ってんならそっちの女の命は無いですよ」

「ああ、わかった。俺の友人には手を出すな。…百々代、馬車の中で大人しくしてるんだ。いいな?」

「…。」

 微動だにしない百々代の様子に、怯え縮こまっているのだろうと考え一帆背を向け馬車を降りる。


(どうしようどうしよう、このままじゃ一帆様がっ!従者さんたちは…っ!)

 助けを求めるように視線を向ければ、背中から剣身が生えてくる瞬間で、喉を引きつらせ拳を握り込む。


「四人も持ってかれちまいましたよ」

「流石お貴族様の従者ってだけはあるみたいだな。さっさとずらかるぞ」

「うっす」

(……。一帆様はわたしを友達って言ってくれたし。…こんな時にあの勇者ゆうしゃなら、物語の主人公ヒーローなら、怖くても、挑み助けるッ!)

てんがいッ!」

(障壁も纏鎧も範囲を限定し魔力を厚くすれば、硬度が上がる)

 馬車の扉を力一杯殴りつければ、綺麗に外れて吹き飛んでいき賊の一人に命中し意識を奪う。


「チッ、大人しくしてれば命拾いしたものを。お前はお坊ちゃんを馬に乗せて先に行け」

「うっす」

(させないよ、指定は出来るけど…一帆様の入った麻袋見ないようにッ。戦慄おびえろ)

 左目に鎮座する金の瞳を晒し、馬と視線上の賊を覗く。


「ひ、ヒヒャア゛ア゛!」

「グゲァアア」「イギギ」

 この世のものとは思えない悲鳴を上げて、馬は暴走し壁にぶつかり失神。賊の一人は喉を掻きむしり、一人は狂乱し剣を振るい賊に襲いかかっては斬り捨てられる。


「テメェ…何したか知らねえが、大人しくしときゃ命は助かったものをよ」

 従者が持っていった四人、百々代が潰した三人と一頭。賊の残りは三人。

 一人が剣を手に駆け出し、大きく振りかぶった剣線に百々代は纏鎧を集中させた腕を置いて受け止める。

「ぐっ」

(武術を使う勇者ヒーローが使ってた、シンキャクをハッケイにッ)

 力強く踏み込みその勢いを拳に乗せては賊の腹部に拳をねじ込めば、メギョと人体から発するべきではない音がして吹き飛ばされていく。

(手が痛い…、けどッ)

 殴り慣れてない素人の拳、当然全身全霊で殴りつければ自身にも反動が来るわけで。


「なんだ、こいつも護衛かなんかだったのか?面倒くせえ」

「~~~ッ!~~~ッ!」

「うっせえ、殺すなとは言われてるけど痛めつけるなとは言われてねえんだよ!」

「――ッ!」

 麻袋を蹴る賊を見て、百々代は駆け出し回し蹴りを頭部めがけて振りかざす。然し相手にも纏鎧はあるようで受け止められては反撃に刃を貰う。

「うぐ」

 纏鎧の影響で致命傷を負うことはなくとも衝撃は届く、脇腹を押さえては立ち上がり懐に飛び込んでは拳を繰り出す。攻撃は届いてこそいるのだが、やはり魔力の装甲は厄介で地力の違いもあり、あっけなく地を這いつくばる事となった。


「てんで素人じゃねえか。さっきのよくわかんねえ魔法かなんかもつかわねえし、もういいわ。俺は人質を担いで逃げる、さっさと殺して合流しろ、いい―――」

(なんだ…?)

 背中に無数の虫が這い上がるような感覚に襲われた二人の賊は周囲を探れば、ゆらりと立ち上がる百々代の姿。全身を蝕みつつある本能的な恐怖は、彼女から発せられており今すぐにでも気が狂いそうになっていた。


(さっきのを見るに…これは只の人に向けて良い代物じゃない。…だけど、だけどッ!手段がこれしかないのなら!)

「グギ…てっメェ何を!」

 シャカシャカシャカ。頭痛と共に耳障りな音が響いて、賊は音源たる足元へ視線を向けると、虫や蜥蜴、蛙といった彼が生理的に受け入れられない存在で溢れかえっており、脚を伝い服の隙間に入り込んでは登ってくる。

(ヤメろ、やめろォ!)

 振り払おうと手を振るえば、その先には剣が握られており、自身の脚を切り裂いては地面に転がる。ともなれば這い上がる存在とも近くなり、口に鼻に耳に目に。

 取り出そうと口に手を押し込んだ男は、次第に顔が蒼白になり窒息。もう一人は…壁に頭を木に頭を打ち付けて血を流している。


「…はぁ…はぁ…。」

 込み上げる罪悪感と後戻りの出来ない感覚に吐き気がせり上がり、嘔吐しては麻袋に押し込まれた一帆の許へと走り寄り救出した。

「一帆様っ一帆様っ」

 拾った短剣で手足を縛る縄と轡を裂き安否を確認、蹴られていたが目立つ外傷はなく問題はないだろう。

「逃げましょうっ早くっ!起きるかもしれません!」

「あ、ああ」

 惨状に呆然とする一帆は、何が起きたかの疑問を押し殺し百々代とともに大通りへと向かえば、警務官がおり無事保護されることとなったのだ。

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