二話⑦
「うーわ、何がどうなったらこうなるんだよ。生きてるのはいそうか?」
「意識を失っていた三人と馬一頭のみ、ですね」
「…別に馬の生存者なんていいのよ。話は聞けそうか?」
「内臓破裂と全身打撲の二人は行けそうですが、自身の頭を木に打ち付けてたと見られる者は厳しいかもしれませんね。目を覚ますなり錯乱状態に陥りましたんで」
「マジかよ」
「マジです」
「殺し殺されの現場は百歩譲って置いておくとしても、…首を掻きむしった出血死体、自身の手を喉に突っ込んで窒息した死体、まああと生きてるっていう錯乱者。…何をどうしたらこうなるんだよ」
「素性は?」
「
「じゃあ奴さんはただの被害者か?」
「目につくところには今のところ見つかってないってだけです。被害者の
「潜入者か。被害者は他になんて?」
「ご子息は麻袋に押し込まれてたみたいで何も見てない。んで彼を救った女性は警邏中の警務官の許に辿り着くなりぶっ倒れちゃって」
「死物狂いで戦って勝った、なんてこた無理だろうよ。とりあえず生きてる奴は締め上げて依頼主吐かせろ、相手は碌でなしだ死ななけりゃ何してもいいぞ」
「承知しました」
(変死体は足を斬られてる。
警務官は必要な情報を集めては馬に乗り篠ノ井屋敷に向かう。
―――
「ああ、君の思う通り件の女性は篠ノ井家の護衛を務めている者だ。ただ新人でね、少しばかり遅れを取って今は休息している最中なんだ」
「そうですか、承知しました。それじゃあ事件は解決ということで」
「急がないでくれ。いい機会だから、大きく捜査の手を広げて蠍の巣のような犯罪集団は潰しておこうと思うんだ。なに、篠ノ井家の令息が襲われたんだ、動くだけの理由になるだろう?」
「…そんな大義名分を作らなくても領主様なら一声で動かせると思うのですが」
「被害もないのに港防省を動かしては、いらぬ軋轢も生みかねない。必要なのだよ、大義名分は」
「他はどうか知りませんが、
「よろしく頼むよ」
「それじゃ、今日のところはこれで。…依頼者の心当たりはありますかね?」
「ない、と言い切れる時が来ることを切に望むよ」
「そうですか。では」
警務官は一礼し屋敷を後にしては、大きな仕事が増えてしまうとため息を吐き出す。
「うちの可愛い
(…然し
―――
「あはは、父さん母さん痛いよー」
魔法により目立つ怪我は治癒されてたものの、若干の痛みは身体に残っており抱きつかれた衝撃に驚く。
「ああ、すまんすまん。本当に目を覚ましてよかった…、伯爵家から従者様がやってきた時にはこの世の終わりかと思ったほどだ」
「…心配掛けちゃった、よね」
「まったくよ」
伯爵家の令息を救った蛮勇を悪くいう事は出来ないが、爆発じみた行動には苦言を呈したい、そんな二人はしっかりと生きている娘の手を握り安堵する。
「目を覚ましたようだね」
「
「頭を上げてくれ、私の息子も安茂里百々代に救われている。これくらいは当然の行いだ」
「あ、ありがとうございましたっ!その一帆様は?」
「呼んであるからもうじき来るよ。…うーん、少しばかり言い難いのだけれど、一つ話さなければならないことがあってね」
「は、はい」
「暫くの間、学舎入学までの期間は一帆との接触を禁止したいのだ。対応が悪かった、何かしら非があるというわけではない、今回の件で君の顔や存在が相手側に認知されている可能性があるから、これ以上巻き込まれないように防衛策としてね。本来であればこちらで匿ってしまう方が安全なのだが、…親子を割くような事は私も気が引ける。…ああ勿論、護衛は付けさせてもらうよ」
「…そう、ですか。そうですね、わかりました」
「…提案した私がいうのもなんだが、すんなりと受け入れるのだな。一帆を仲が良いと聞いているから渋ると思っていたのだが」
「伯爵様がわたしも護ろうとしてくれているのはわかりますし、魔法学舎では今まで通り、と、友達っとして会っていいんですよね?」
「ああ、学舎では一帆と仲良くしてやってくれ」
「あの伯爵さ」
「百々代ッ!」
勢いよく扉を開け放ち飛び込んでくるのは言うまでもなく一帆で。
「か、一帆様ぁ゛ぁ゛」
彼を見るなりボロボロと泣き始める百々代で、なんともまあ賑やかな一室へと変わっていく。
「…ずずっ、すみません、…落ち着きました」
「叱ってやろうと思っていたのだが…これでは叱れないではないか。はぁ…」
「お叱り、ですか?」
「ああ、俺は馬車の中で縮こまってろと言っただろ」
「…その。うっ、友達は護らなくちゃって思って」
「限度があるだろう限度が。まあいい、…観劇の事だがな」
「すまんが一帆、その事だがな―――」
彼が来るまでに決まった話をすれば、みるみる内に表情は不機嫌に傾いてき眉を曇らせる。
「まあ、わかりましたよ」
「不貞腐れないでくれよ一帆、入学したら今まで通りに交友関係を続けてくれて構わないからさ」
(父上のことだ、件の襲撃者を掃除するつもりなのだろう。これからの期間で)
「ふっ、俺との実力に大きな差を付けられないように研鑽を積め百々代!」
「うんっ!」
友情を育む子どもたちを微笑みながら見つめる親たちに。
一拍置いて慧悟が口を開く。
「ところで安茂里百々代、君は何か言いかけていなかった?」
「あ、う、…はい」
先程までの明るい雰囲気はどこへやら、言い淀み口を噤んだ百々代が重い唇を動かす。
「…実は、わたしの事で言わなくてはならないことがあります。酷い死に方をしていた人たちの事についてです。…嘘みたいな話なんですが、わたし、生まれる前の記憶がありまして」
「前世という話か」
「はい」
ちらりと両親の顔を窺ってみれば、強張った表情をしており百々代の気は重くなるばかり。
「あの死体もわたしがやった、…わたしが前世から使えた力が今も残っていたからなんです。…この金色の瞳は生き物でも生き物じゃなくても、対象とした存在であれば狂わせ自滅に追い込む、恐ろしいもので。えっと…その、化け物としてわたしの首を差し出そうかと思っています…」
震える手を固く握りしめ、懺悔でもするように頭を垂れる。
「は、伯爵様!む、娘は決して私利私欲のために人を殺めるような子ではありません!どうか命だけは」
「腕白な兄相手でも喧嘩すらしない優しい子なんです!」
「待て待て待て、話を勝手に進めないでくれ。前世の記憶と前世の力を持って生まれてきた、それで間違いないか?」
「…はい」
「今回はその力を使って窮地を脱した。合っているか?」
「…はい」
「…その力を今回以外に使った事は?」
「昔に兄が魔力質検査器で危なくなった時に水と検査器を」
「その一回だけか?」
「…はい」
眉間を摘み重い溜息を吐き出した慧悟は、百々代と視線を合わせられる位置まで屈み込んで笑顔を見せる。
「今の口ぶりだと完全に制御下に置いているのだろう?」
「はい。暴発を防ぐために目蓋を下ろしていますが」
「私の目を見給え」
「…。」
「ふむ、問題ない綺麗な瞳だ。君がその力を私利私欲のために使わない限り、私は処罰を与えるつもりはない。改めて息子を救ってくれてありがとう、安茂里百々代」
「ありがとうございます。父さん、母さんわたし、二人の子供でいいのかな…?」
「良いに決まってるだろう。百々代は二人の子だよ、なあ母さん」
「ああ、そうだよ。腹を痛めて産んだ子供なんだ、ちっと昔の記憶がある程度なんだい。それに十夜の事も助けてたみたいだしさ」
「一帆様は」
「そんな事気にするか。…まあ今まで通り瞳は隠しておけ、必要のない程に修練を積めば使う必要もなくなる。…ならわかるだろ?」
「はいっ!」
一二年間も蔵い込んでいた秘密を打ち明け、心の軽くなった百々代は満面の笑みを部屋の一同に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます