二話①

 百々代ももよがよしみの指導を受け始めて八年が経過し一二歳となった頃。朝早くから工房を開いては、魔法莢まほうきょうの詰まった木箱を手に検査場に足を運ぶ。

 元魔法師のよしみが嬉嬉として足繁く通い、熱心に指導を行う程には彼女の魔法の才は優れており、最近では空いた時間に出荷する魔法莢の検査を請け負いお小遣いを貰っている。

 木箱から取り出した八つの魔法莢を並べ置き、帯革に装着された魔法莢を一つ、並べられた近くに置く。


「起動よ」

 言葉を起点に帯革から外された魔法莢が魔力を帯び始め、残る八つにも伝播し同じく魔力を帯びる。

 端から順番に天面を叩いては軽く手を振り、小さな桶一杯分の水を作り出した事を確認し頷く。これを八度行い全ての魔法莢が十全に使用できたら、空の木箱に詰めていき次の八個を検査する。

 水の魔法莢の確認を終えて次は火の、四箱終える頃には安茂里工房に務める職人たちが姿を現し始めた。


「おはようさん、百々代ちゃん。今日も精が出るねえ」

「おはよー、触媒とか盤金を買うには金子がいるからね、頑張ってお小遣い貰わないと魔法莢作れないよ。そうそう、コレ触媒不全起こしてる不良品。一応バラして確認しといて」

「あいよー、独自の魔法だっけ?熱心だねえ」

「うん。楽しいからねっ」

「はぁー、百々代ちゃんが後二年もしたら魔法学舎に行っちゃって、卒業したら魔法省に務めるんだろ?オジさんたち寂しくなっちゃうよ、この前までよちよち歩きだったのに」

「顔は見せに来るよ、ちゃんと。わたしの家なんだし」

「そういって嫁に行った娘は全然戻ってこなくてねえ、時間の流れは怖い怖い」

「大変だね。…よいしょっと。今度お孫さんが産まれるとか言ってなかった?お土産持って訪ねたらいいじゃん、奥さんとさ」

「煙たがれないかね」

「わたしは父さん遊びに来てくれたら嬉しいよ?」

「くぅ~いい娘に育っちまって。工房長が羨ましい」

 雑談に興じていれば家の方から足音が聞こえ、正樹が顔を見せた。


百々もも、今日はお貴族様の家にお茶会に行くんだろ、坂北さかきた様が来る頃じゃないのか?」

「そうだった!そのためにいつもより早くに起きたんだったよ、それじゃあまたね」

「おう、頑張れよ~。…おーい正樹まさき、お貴族様のお茶会って?」

「ん?この前さ金木犀きんもくせい魔法学舎に受かったって大騒ぎしたじゃん、二年後の入学にさ」

「ああ、工房長がぶっ潰れるまで酒呑んでるとこなんか始めてみたな」

「それでこの金木犀港を治めてる大貴族の…なんだったか名前は忘れたけど、偉い貴族の子どもたちが集まるお茶会に呼ばれたんだって」

「虐められたりしないか不安だ」

「そうなったら今井いまい様に相談するしかないな」

 二人が話をしている最中、他の職人たちも集まり話に加わっていく。


―――


「いいかしら百々代、貴女が醜態を晒せばわたくし達吾郎たつごろう様の顔に泥を塗ることになるの。礼儀足らずは人足らず、気を引き締めなさい」

「はいっ!」

「元気があってよろしい。今回のお茶会は金木犀領を収める金木犀伯爵の篠ノ井しののい家がご令息、一帆かずほ様の御学友となられる可能性のある子たちと顔合わせをする意味も兼ねているの。二年後には学舎で研鑽を積む相手になるのだから、不和を生まないように」

「はいっ!」

「…。軽く受け止めていそうだから言ってしまうわ、市井の出で二年後の入学を勝ち取った百々代、貴女を見定める為の会でもあるの」

「注目されてるのですね」

「大注目よ。いい、失態は許さないわ」

「よしみ先生に恥をかかせるような恩知らずになるつもりはありません!礼儀作法は自主的にも学びましたので」

「…。…よろしい、こほん」

 よしみは顔を背けては呟き咳払いをして、百々代の周囲を歩き衣装と居住まいに問題がないかを検め、最終確認を終えた。


「では行くわよ。同行はするけれど余程の事が無い限りは頼らないように」

「はいっ!」

 馬車に揺られて到着した先は百々代が見たことのない豪邸。金木犀領を代々治める領主、篠ノ井しののい慧悟けいごを当主とした篠ノ井家は百港国ひゃっこうこくでも屈指の大貴族。

 警備の衛兵に招待状を見せれば、百々代の顔を見ては納得し、よしみ共々荷物を検めては入場が許可された。糸目の少女、と通達されているのだろうか。


(わぁ、すっごい庭。…危ない危ない、きょろきょろ見回しちゃいけないんだった)

 背筋をピシッと伸ばしては居住まいを正し、礼儀作法を欠かない庶民の少女として堂々とした振る舞いで会場へと向かう。


―――


 今回のお茶会、天気にも恵まれ麗らかな陽気であることから、庭園の一角にて立食回の形式で行うとのこと。今後、百々代がこういった会合に呼ばれる可能性があることを考慮すれば、初回は室内の机で向き合った形式のほうが、よしみ的には好ましかったのだがこうなってしまったものは仕方がない。


(次以降にも保護者という形で付き添い、必要に応じて手助けをしましょうか)

 八年も教鞭を執っていた相手、情が湧かない筈もなく。

 会場付近にまでやってくれば、賑やかな声が聞こえてきてそれなりの人数が参列していることが伺える。子供の年齢は一二歳前後で統一されており、既に入学の決まった者、今後試験を受ける者、受けるか悩んでいる者と様々。まあ入学が決まっている者は片手で数えるほどしかいないのだが。


(あの子ね)(ああ、あの子が)(身長高くない?)(ほら、既に入学の決まっている市井の出の)(ああ、どこかの工房の出身だとか)(あの目は開いているのかしら?)(金木犀伯が直々にお呼びなさったとか)(狐みたいじゃない?)

 十で神童、一五で才子、二〇過ぎればなんとやら、早熟で今後は凡庸と化す可能性は否定できないが、今のところは満点の注目株であり、いやしめる様子は見受けられない。

 小さく頭を下げて会場を進み向かうは主催の許。

 人の好さそうな四〇手前程の男と隣で百々代を見つめる一二歳と思われる男児、彼らが篠ノ井家の者である。


「やあ、久しいね坂北女史。先日にお孫殿にお会いしたが、すくすくと元気に育っていて何よりだよ」

「お久しぶりですね、金木犀伯。やや虚弱気味でした孫が、ああも元気で我が身の様に嬉しい限りです。この歳にも関わらず晴れ舞台を見るまでは、海に還る事はできないと思ったほどに」

「ははっ、坂北女史であれば可能だろう。さて、そちらのお嬢さんを紹介してもらえるかな?」

 小さく手で合図を行い自己紹介を促す。


「お初にお目にかかります。安茂里工房の工房長が娘、安茂里百々代。本日はお招きいただいた事、恐悦至極の極みにごずゃいます」

(……。)

 終わり際に言葉を噛んだが、深々と礼をすることで続行し澄まし顔で微笑んで見せる。


「ははっ、これはこれは丁寧な可愛らしい挨拶をありがとう、安茂里百々代殿。私は金木犀伯、篠ノ井慧悟。そして君と同じく金木犀魔法学舎に通うことになっている篠ノ井一帆だ。同級の相手として是非にしのぎを削ってもらいたい」

「紹介に預かりました、篠ノ井一帆です。どうぞお見知りおきを」

 風に揺れる爽やかな金髪、宝玉でも収まっているかのような青く透き通った瞳、ケチのつけようのない白皙はくせきの美顔。美少年とはこういうものなのか、そう思わせる風貌だ。


(綺麗な人だなぁ)

(俺と同い年と聞いたが…背丈が)

 そう、百々代は同年代と比べると背丈が大きい。その身長なんと五尺五寸165センチ、一帆の身長が五尺三寸160センチ弱なので目線がほんのりと高いのである。


(というかその目は見えるのか?)

 上がっている口端も合わせて愛嬌のある相貌ではあるのだが、初対面の者は皆一様に糸目へと疑問を抱く。


「はいっ、魔法学舎ではよろしくお願いしますっ」

「それではまた後ほど」

「ああ、また」

 挨拶に長居は礼儀に欠く、必要なことを伝えた以上はそそくさと退散し後続に譲るのだ。


「…失敗しました」

「そうね。次に活かすこと、いいわね?」

「はいっ」

「…取り乱したり、やり直さなかった事は良い対応でした。この点は褒めて差し上げます、噛まないのが一番ですけれどね」

「ありがとうございますっ!」

「よろしい。では品の欠かないよう甘味でも楽しみなさい。話しかけられたら先程のように丁寧に、そして礼儀を欠かないようにね」

「わかりました」

 伯爵家で振る舞われる甘味の数々は庶民である百々代からすれば、雲より上の品々。意地汚い、と思われないように手に取っては、舌鼓を打つのであった。

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