一話②

「使うのはいい。だがな、父さんのいるところでちゃんとした使い方をするんだぞ?」

「「「はーい」」」「うんっ」


 数日後に新しい魔力質検査器を購入し、庭先に置いては百々代ももよの魔力質を検査するために千璃せんりと兄たちが集まっている。何故にあんな動作をしたのか、という話は経年劣化で幕を下ろした。

 この検査器、実はおいそれと買えるほど安い品ではないのだが、工房の職人は最低限魔力を扱える必要があるので「新しく職人を雇用する際に必要になる」と再購入したらしい。工房運営も大変なようだ。


「もしかしたら、古い器具を使っててお前たちの検査結果が良くない方に傾いていたかもしれない。だから十夜からやり直すぞ」

「「「おー!」」」「おー」

 魔力質検査器、というのは書いて字の通り、検査をした者の魔力質を見るものなのだが。この器具は迷宮という不可思議な空間から採取された特殊な金属を用いて作られ、迷宮に入れるかどうかの指標を示すものなのだ。

 昔には魔法省まほうしょう迷宮管理局めいきゅうかんりきょくでのみ使用されていたのだが、魔法莢が市井にも流通し始め、制作を担う工房が立ち並ぶようになると劣悪品が登場し始め、一定以上の品質があるかどうかの規格が作られた。そうなると、規格に沿うだけの品質があるのかどうか確かめる必要があるわけで、職人の雇用に魔力の資質が関わり、魔力質検査器を求める声があがったのだ。

 ちなみに、魔力質は優秀である必要はなく、最低限よりはいくらか上程度。志望者の九割は可を貰える。


「じゃあ年上の俺からだな!」

 先日も十分な水を放出した十夜とうやは、今回も同じ程の水を放出し十分足りえる質の持ち主。

 次いで検査した正樹まさきは十夜よりも割増の水を放出し胸を張る。

 穣治じょうじは勢いも水量もイマイチではあるが、職人としては可。「つまらないやつ」といい不貞腐れるのはしょうがないのかもしれない。


「百々代はここに手を置いたら杖を振るんだよ。初めては少しむずかしいから、助けてくれる道具が必要なんだ」

「わかった」

 手渡された杖をギュッと握り込み、百々代は胸を高鳴らせながら、球体に手を置き杖を振る。

 すると勢いよく水がでる、ことはなく、水が地を打つ音が聞こえないことを不思議に思い首を傾げてみれば、宙に浮く水の球体。十夜はブルリと身を震わせるも、千璃は二度三度目蓋を瞬かせ硬直しているではないか。


とと、これは?」

 身体を彼に向けるとともに水の球体は重力に引かれて地面へと吸われていった。パシャン。


「お、お」

「お?」

「おおおお!百々代は魔法の天才かもしれんっ!!もう一回、もう一回やってみてくれ!」

「わかったっ」

 凄いことなのだと張り切って、杖を振るい再度水の球体を宙に浮かせる。


「すげぇ」「浮いてる」「きれー」

「すごい?」

「すごい、すごいぞ!」

 きゃっきゃと声色高らかに百々代を抱き上げた千璃は、小躍りでもしそうな勢いでくるくる回り目を回す。


「…はぁ、はしゃぎすぎた」

「めーまわるー」

「ちょっと待ってね、えーっと。あったあった、魔力質は水がどれくらいでるか、強さと多さで見るんだ。だけれど稀に水に球を作れる人がいて、その人は魔法の才能があるんだ」

「おー、百々代すごい」

「本当に凄いんだよ。父さんたち庶民で水の球を作れるのなら、魔法学舎にも通えるかもしれないし、魔法師になれるかもしれないんだから」

「まほうがくしゃ?まほうし?」

「魔法学舎は貴族様が魔法を学ぶ場所で、魔法師というのは魔法を使うお仕事の人だよ」

「貴族…今井いまい小父おじさま?」

「そうだ。今井様みたいなすごーい人たちのお子さんが勉強する場所だよ」

「行ってみたい!まほうしもなってみたい!」

 目を輝かせ、ているかは百々代の糸目からは読み取れないが、嬉嬉として飛び跳ねる様子からは熱望する意志が伝わってくるもので、千璃は顎に手を当ていくらか算段を立てる。


「今井様が力を貸してくれる可能性があるから相談してみるね」

「わーい、父ありがとー!」

「へへっ、俺らの妹だけあるぜ」「百々代すごいね」「魔法師格好いいー」

 その後、張り合った兄らは庭を水浸しにして千璃百々代共々雷を落とされたとか。


―――


 品の良い馬車が安茂里あもり家の前に停車し、少しばかりだらしない体型をした三〇代程の男と背の高い五〇代の女性が降りてくる。

「こんにちは千璃さん」

「はい!こんにちは、今井様!」

「こんにちはっ今井の小父さま!」

「元気いっぱいだね百々代ちゃん。こんにちは」

 男の方が今井いまい達吾郎たつごろう油菜崎あぶらなざき男爵だんしゃく。百港貴族の一人で多種多様な業種に出資し、場合によっては運営の手助けをしながら、今井家の保有している商会で販売をして資産を積み重ねる、ここ数年で頭角を現した貴族だ。

 頭角を表すまでの評価は「顔も手管もイマイチでなんとも言い難いが、身内を大事にする男」だったのだが、押しかけてきた一三歳下の嫁をめとってからは今までの評価が嘘のように順風満帆、嫁を前にすると鼻の下が伸びて戻らないくらいしかケチのつけばがないとのこと。


「そうそう紹介をしておくね。僕は魔法に精通してないから、今は家庭教師をしている元魔法師の坂北さかきたよしみさん。旦那さんは爵士しゃくしだよ」

「は、はじめまして、安茂里工房の工房長を務めております安茂里千璃と、今回魔法を見てもらう安茂里百々代です」

「はじめまして、百々代です」

「どうも、坂北よしみよ。よろしく」

 ツンケンした印象のある冷静沈着そうなよしみは、百々代をじっくりと見回し。


「貴女…その目は開いているのかしら?」

「見えてる、ます」

「見えてるます、ではなくて、見えてます。言葉遣いもわたくしが教えるのかしら、達吾郎様?」

「必要であればお願いしたい」

「そうですが。まあいいですけれど」

 パンパンと手を叩き、後ろに控えていたもう一台の馬車から器具を持ってこさせ、百々代の前に置く。


「これは魔法省で使われている市販品よりも精度の良い検査器よ。やり方はわかるかしら?」

「触って、杖を振ります」

「よろしい。やってみなさい」

「はいっ!…できた」

「ふむ、しっかりと浮いているし、形も大きさも問題ない。次は杖を動かして」

 杖を動かすとやはり落ちるようで、地面に水染みを作り出す。


「なるほど、私を呼び出しただけはあるようね。この前の鼻が高いだけのボンクラみたいな事にならなくてよかったわ」

「その節は申し訳ない。我が子可愛さはどうしようもないものですよ」

「はぁ…。もう一度作って。…では十星じゅうせい、と唱えなさい」

「じゅうせいっ!」

 宙に浮いた水の球はうねうねと動き始めては、パシャリと弾け散る。


「次は反月そがつ

「…。そがつっ!」

 ぐにゃりぐにゃりと形を変えたそれは、三日月の如く反りのある水の塊となって宙を浮く。


「ほう。じゃあ円陽えんよう

「えんようっ!」

 反った水塊は円盤状に形を変える。


戻球らいきゅう

「らいきゅうっ!」

 球体へ。


「優秀ね、十分な才能よ。じゃあ次は杖を置いて素手でやりましょう。はい、十星」

「じゅうせいっ!」

 先程は失敗した形状の変化も上手くいき、水は十字に形を変えて浮く。


「…ほう。決まりね、私がこの子、いえ百々代の指導をするわ。指導料は達吾郎様持ちでいいのかしら?」

「ええ、僕にお願いね。えーっと百々代ちゃんは今年で四歳だから一〇年契約で」

 トントン拍子で進んでいく会話に、戸惑っていた千璃は動きを取り戻し口を開く。


「い、今井様。その、百々代の勉強の為のお代を立て替えてくれるのですか?」

「いいや、立て替えではなく全額僕が負担するよ。魔法学舎の金子きんすもね。ああ、別に百々代ちゃんも貰おうとかそういう話ではなくて「市井から生まれた優秀な魔法師を支援した」という実績は出資者と家庭教師のどちらにも利があってね。名を売れるし見栄を張れるようになるんだ」

「なるほど…?」

「まあその辺は難しいと思うけれど、貴族とはそういうものだとおもってよ。そうそう、他の貴族とは契約しないでね、平気で優秀な子供をかっ攫ってく悪質なのもいるから」

「あ、ありがとうございます!!」

「百々代ちゃんもいいかな?一五歳になったら学舎に行って、将来は魔法師になってもらうことになるけれど」

「魔法師したい!」

(やった!魔法の才能があって魔法の勉強ができるんだ!)


「よかった。よしみ先生はちょーっと厳しいかもしれないけれど、すごい先生だから頑張ってね」

「うん、頑張る!えっと…よろしくおねがいします、よしみ先生!」

「よろしい、よく言えたわね。これから厳しく指導していくけれど、投げ出さないように」

 この日より、百々代は魔法師としての階段を一歩一歩進むのであった。

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