第17話 キノコは焼くに限るぜ!
「な、なんだ……!? あれも眠神なのか……?」
彼女がカペリタスと同じ背丈で現れた瞬間、彼女の周りにゆらゆらと陽炎が揺らめいた。彼女の身体から発する高熱が、周りの空気とまじりあって不規則な上昇気流を発生させたのだ。彼女の中に流れている炎のエネルギーが彼女自身を高熱原体にしている所為であった。
「うおっ!! な、なんだ、突然、熱くなってきた……」
「へえ、熱いのは嫌いなのかキノコ野郎。なら私がもっと熱くしてやる、着火!!」
彼女は両こぶしを赤く発光させると、マッチを着火するかの如く、それぞれの拳を反対側の二の腕に当てながら勢い良く前方に擦って着火し、カペリタスに連続で炎の空手チョップを食らわせた。炎を帯びた手が当たるたびに、カペリタスの身体からは水分が抜けて、弾力を失っていった。
「うわああっ!! 水分が、水分が抜けていくぅぅぅ!!」
「キノコは焼くに限るぜ!!」
何度かぶっ叩いているうちに、カペリタスは彼女自身が発する熱と彼女の炎のチョップのせいで水分がすっかり抜けてしなびてしまい、弾力が失われてついに立てなくなった。
「ああ……水を……水を……」
「はっはっは、ざまあみろ!!」
しかし、彼女にはあまり時間はなかった。ヒートタイマーが音を立てて点滅を始めたのだ。身体中に循環するエネルギーの性質上、常に高熱を放つ熱源体となっている彼女は、基底現実空間で活動すると一時間もたたずして大気中の気温が彼女を中心にして一気に三十度も上昇してしまう。そのためファイアードリィは、妹である紅天狗からのアドバイスで、基底現実での活動限界時間を三分と定めている。ヒートタイマーはそれを通知する気温計で、二分以上経過すると自動的に点滅して活動限界時間を知らせるために紅天狗が作成してくれたのだ。ちなみにこれは彼女の25回目の誕生日の贈り物でもあった。
「おおっと、どうやら時間はあまりないようね。ならばこれで一気に決める!!」
彼女はその長い髪に赤い光をまとわせて着火し、念力で逆立てると、体を大きく動かして髪を振り回した。長い髪がらせんを描くたびに炎はますます轟轟と燃え上っていく。
歌舞伎の有名な演目に、鏡獅子というものがある。そこに出てくる弥生という小姓(召使)が将軍の前で舞を舞った際に、飾られた獅子の頭を手にすると獅子の精が乗り移ってそれまでの気品ある舞から一転、身も心も獅子となり、荒々しくたてがみを振り回しながら獣のように舞うのが大まかなあらすじだが、ファイアードリィの動きはまさに獅子の精に乗り移られた弥生のそれであった。
「くらえええ!!」
そして彼女は咆哮をあげて燃え上る炎のたてがみのエネルギーを、球状に凝縮して弱っているカペリタスめがけて一直線に放った。
「うおおお……あり得ない……私が、敗れるなど……あと一歩のところで……」
カペリタスは悔しそうにうめき声を立ててファイアードリィを恨めしそうににらみ、そして炎の中に息絶えた。邪悪なキノコ生命体は、若き雌獅子の怒りの炎の前に敗れ去ったのだ。そして彼の死と同時に、それまで呆然とたたずんでいたキノコ人間たちの頭の傘がぽん、とはじけて元の姿に戻り始めた。そして、金色のキノコ人間ももとのトネリの姿に戻り、自我を取り戻した。
「……あ、あれ? 僕なんでここにいるの?」
そして、ファイアードリィが黒焦げになったカペリタスの死骸の中に手を突っ込み、何かをしっかりつかむとずぼっ、と勢いよく良く引き抜いた。彼女の掌の中には、気絶した次郎青年がうずくまっていた。寄生していたあのキノコ生命体は、とっくに死んでいる。彼を屋上に優しく置いて蒼井に介抱を任せ、防衛軍が遅れてやってきたのを見届けると、夕日に背を向けて、夢空間へと戻っていったのだった。
・・・
日もすっかり暮れた夜、エルム、蒼井、トネリの三人はくたくたになりながら長い一日を終えて帰路に就いた。
「もうキノコは、向こう一か月は見たくないね!」
「まったく同感だよエルム君。ねえ、僕おなかすいて船に帰る気力ないからさ、今日も夕飯ご馳走になっていい?」
「もちろんいいよ、蒼井さんも、どうです?」
「ごめんね。僕はこれからいろいろとやるべきことがあるから、今日はゆっくり休んでおきたいんだ。それじゃあ、僕はこの辺で。エルム君、今日はご苦労様。」
「うん、ありがとう、蒼井さん。これからよろしく!」
二人は蒼井と別れた。そしてようやく、愛しの我が家に帰ってきた。
「ただいま!! ああ、すごくいいにおいがするなあ。」
「お帰りお兄ちゃん! 母さんから聞いたよ、今日の戦いは激しかったんだってね。」
「うん、もう腹がペコペコだよ……」
「ちょうどいい、もうできてるから手を洗ってからすぐに食べられるよ。トネリ君も一緒に食べてく?」
「うん、そうさせてもらうよ。」
二人は急いで手を洗い食卓についた。どうやら今日の晩御飯は鍋らしい。いいにおいがそこら中に漂っており、二人は腹の虫が鳴りっぱなしだった。そして、まりもが二人の前にあるカセットコンロにどっかりと大きな土鍋を置いた瞬間に、我先にとふたを取って食べようとしたのだが……
「うっ!?」
「あっ!?」
土鍋の中に入っていたのは、白菜、ニンジン、キノコ。豚肉、豆腐。キノコ。長ネギ、大根。キノコ。二人はここでようやく気付いた、今日の晩御飯は……!
「どう? おいしそうでしょう! 今日の晩御飯は、私とお母さんが丹精込めて作った、キノコ鍋よ! たーんと、召し上がれ!」
二人は顔を見合わせて、一回、大きなため息をつくと、大声で叫んだ。
「「もうキノコはこりごりだぁー!!」」
二人の悲痛な叫びが、星空輝く夜の空にこだました。
・・・
二人と別れた蒼井がしばらく夜道を歩いていると、ふと、後ろに気配をかんじた。
振り返ってみると、そこにいたのは黒い猫だった。黒猫は蒼井の方へと近づき、足元で腰を下ろしてあいさつした。
「にゃーん。」
「なんだ、ネコか……」
蒼井はかがんで黒猫の頭を撫でた。この猫のまっすぐな目つきを見ているとなぜか蒼井は、懐かしい感じを思い出す。そういえば、500年前に、こんな目つきをした男とともに肩を並べて戦ったことがあった。その男はとても不思議な男だった。真面目かと思いきや、どこか抜けていたり、敵かと思えば、味方にもなる。色素生物でも、人間でもない”彼”のことは、500年たった今でもふと思い出すことがある。
「”彼”、どうしてるかな……あれからもう500年たったけど、今も宇宙の平和のために飛び回ってるのかな……」
蒼井は立ち上がって星空を眺めながら、そのどこかにいるであろう”彼”にしばらく思いをはせていた。
黒猫は蒼井のもとから離れて、曲がり角の電柱の下へと駆け込んだ。真上の電灯の明かりが黒猫の影を映したかと思うと、その影はむくむくと大きくなり、ついには人型になった。その影の主は蒼井に撫でられたところをさすってぼそりとつぶやく。
「蒼井ソウタ……彼がそうなのか。そういえば、父さんが昔、色杯を介して色素から生命エネルギーをとる連中がいたって話してたっけ。……父さん。彼はまだ、正義のために戦っているよ。」
影の主は左の懐から取り出した、光に照らされて白く光る棒状の装置に懐かしそうに語り掛けた。かつて、”彼”が自ら作り上げた、唯一にして最強の忘却閃光射出装置、フラッシュ・コンバーターに。
そして、影の主は再び形を変えて、黒猫の状態に戻り、再び夜の街へと消えていったのだった。
ユメヒト ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle
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