第16話 恐るべきキノコ星計画

 そのころ、次郎青年は屋上で一人たたずんでいた。その目線は、学校からすぐ北にある浄水場をまっすぐに見つめている。


「ふふふ、もう少しだ……もう少しでこの星は第二のマシュリア星となる……宇宙をさまよってまで探したかいがあったというものだ……。」

「そこまでだ!!」


 次郎青年が声のした方に振り向くと、そこにはエルムと蒼井がいた。蒼井は、色力式光線銃を破壊光線モードにして貯水槽を狙っている。


「君がこの事件の首謀者だな、次郎君!」

「ひどいよ……! なんで、どうして、こんなこと……!!」

「次郎? そうか、は次郎という名前なのか……」

「こいつって、君は次郎君じゃないのか!?」

「そうだ。私はこいつの身体に寄生しているだけ。」


 そして次郎は、首筋に癒着した自分の本体を見せた。緑色の穴あきボールのような物体が、次郎の首筋にしっかりと根付いて、ドクドクと脈を打っている。


「お前は誰だ、次郎君に何をした!!」

「私はマシュリア星人のカペリタス。知性菌類だ。砕いて言えば、”キノコ”が君たちのように高度な知性をもって進化した存在。」

「マシュリア星人……ではお前は、宇宙人なのか!?」

「左様。そういう君たちもどうやら純粋な地球人ではなさそうだ。特に蒼髪のお前……色素生物だな?」


 次郎に寄生しているカペリタスは、憎たらしそうに蒼井を指さした。エルムは耳を疑った。色素生物の話は聞いている。かつて先祖の星ピロマ・クラルを滅ぼし、つい500年前には地球さえも滅ぼそうとした存在。しかし、そいつらは、かつて色素生物と同じ方法で生み出され、この星を守ったとされる人造兵器、”シキモリ”に倒されたはずだ。


「そ、そんなわけないだろう!! 色素生物はとっくの昔に全滅したはず、蒼井さんが色素生物だなんて何かの間違いだ!!」

「間違い? 間違うものか……我が故郷を滅ぼした憎き色素生物を! 貴様からはその匂いがプンプン漂ってくる……まあいい。どのみちお前も一緒に滅びるのだ。」

「蒼井さん、あいつの言ってること、でたらめですよね? 蒼井さんが色素生物なんて、そんなことありませんよね……?」

「……ごめん、エルム君。それについては、あとでゆっくり話そう。」


 蒼井はエルムの問いに対して答えを濁した。そして改めて、カペリタスに問いただした。


「カペリタス、貯水槽に毒をもり、この学校の人々をキノコ人間にしたのはお前だな!?」

「いかにもその通り。」

「いったい何をするつもりだ!」

「この星はわれらが居住するにはまったく好条件の星だ。特にこの日本という国は、高温多湿な気候が長くて素晴らしい。よって、ここを植民の拠点とし、キノコ奴隷を介して私の菌糸をばらまき、この国を、やがてはこの星を、第二のマシュリアとするのだ!!」

「だったらなんで、いきなり攻撃をしようとするのさ、この星にいるのは決して地球人だけじゃない、話し合えば共存だって……!」

「……色力を使うお前たちどもと、共存だと? 色力を使う奴らと空間で息をするだけで吐き気がする!! この星の敵は色素生物と同じ敵だ、皆殺しだ!! 」

「その野望もこれまでだ、くらえ!!」


 蒼井は光線銃から赤色破壊光線を貯水槽に放射し、これを破壊した。爆風がカペリタスに覆いかぶさるが彼はびくともせず、不敵な笑いを崩さなかった。


「貯水槽は破壊したぞ、もうこれでキノコ人間は作れない! さあ降伏しろ!!」


 蒼井は銃口をカペリタスに向けたが、彼は動じなかった。むしろ、勝ち誇ったように高笑いした。


「ははは、ははは、ははは!!」


 カペリタスは笑いながら力を溜めると、顔じゅうの穴という穴からキノコを生やし、体中にまとわせると、屋上から校庭に飛び降りて、体をむくむくと巨大化させていった。やがて、屋上を見下ろせるほどに、巨大なキノコの傘が見えたかと思うと、その奥にある黄緑色の目が二人をぎろりとにらみつけた。ついにカペリタスがその正体をあらわにしたのだ。


「さあ! 奴隷たちよ!! 北の浄水場に向かい私の菌糸をばらまけ!! この星を第二のマシュリアにするのだーっ!!」


 カペリタスはその頭もキノコ、胴体もキノコ、手もキノコ、指もキノコ、足もキノコ、尻尾もキノコ、どこもかしこもキノコ、キノコ、キノコの巨躯を揺らして、キノコ人間に号令をかけると、学校中のキノコ人間たちがわらわらと学校を抜け出して、浄水場へと向かって行進を始めた。そこには、かつてトネリだった、金色のキノコ人間もいた。それを見たエルムは焦った。


「まずい!! 北の浄水場は、この町一帯の水道につながってる!! あそこに菌糸をばらまかれたらこの町は……!」

「なんだって、ようし、僕が麻痺光線で彼らを止める!!」


 蒼井は光線銃を麻痺光線モードに切り替えて、浄水場へと向かうキノコ人間たちめがけて放射しようとした。ところが。


「やらせはせんぞ、色素生物!!」

 

カペリタスはその目から怪光線を放ち、蒼井の手ごと光線銃をそのまま焼き切ってしまった。


「うわっ!!」


 とっさに光線銃から手を放す蒼井。光線銃は床に落ちた後間をおいて爆発し、使い物にならなくなってしまった。


「しまった!! 最後の一丁だったのに!!」

「ははは、貴様らはそこでじっくり見物しているがいい、人間どもが滅びゆくさまを!! うあははは!!」


 キノコ人間は、もう間もなく浄水場にたどり着く。もはやこれまでか。エルムは絶望した。


「もうだめだ、おしまいだ! くそう、せめて、せめてあの枕さえあれば……!!」

「枕……ああっ!! そうだ、なんで今まで忘れていたんだろう!!」


 蒼井はしょっていたリュックを開き、中から湯目野家の家紋が描かれた、あの枕を取り出したのだ。


「あ!! 蒼井さん、それ……!!」

「これが必要でしょ、エルム君。君がどういう能力を持っているか、僕はすべて知っているよ。さあ、ここからは君のターンだ、思う存分暴れてこい!!」

「はい!!」


 一転、エルムに希望が湧いてきた。枕さえあればこっちのものだ。エルムは枕を挟むようにして頭を抱えながら、駆け足で屋上の柵を超えて校庭へ真っ逆さまに飛び降りた。


「キノコ野郎!! お前の好きにはさせないぞ!!」


 落下の最中に瞬眠を行い、体が光り輝く球体となり、屋上へふわりと着地する。そして球体は、校庭に横たわるユメヒトに姿を変えた。


「あれが……眠神、ユメヒトか。」


 唐突に現れたユメヒトにカペリタスがあっけにとられていると、ユメヒトは起き上がりざまにカペリタスに強烈なアッパーカットを食らわせた。


「んぐうっ!!」


 カペリタスの視界に一瞬星がきらめき、後ろにのけぞってばったんと倒れた。ユメヒトはその間に、その黒い仮面からオーラ状の光線をキノコ人間の集団に浴びせた。するとすべてのキノコ人間たちの行進がピタッと止まった。それを確認すると、ユメヒトは目の前の敵の処理に集中した。


「ふんっ!!」


 地面に倒れたカペリタスだったが両手をバシン、と地面にたたきつけた反動ですっくと起き上がり、ユメヒトに襲い掛かった。ユメヒトは打撃、蹴撃をいくつか食らわせて地面に倒してみたが、そのたびにカペリタスは、まるで起き上がりこぼしタイプのサンドバッグのように何度も何度も立ち上がるので全く手ごたえを感じなかった。


 ならばとユメヒトは、ボクサー戦法に切り替えた。両こぶしを顔の前に構え、半身になりながらカペリタスをぶっ叩く。


 ジャブ、ジャブ、ストレート。ジャブ、ジャブ、ストレート。フック、アッパー。そしてキック。ユメヒトのボクサー戦法は完ぺきだった。しかし、カペリタスのが持つ強靭な弾力の前では、まったく歯が立たない。そしてとうとう、これでもかと放った右拳をキノコで出来ている手でつかまれて、攻撃を止められてしまった。


「ははは!! それで精一杯か? では今度は、お前がサンドバッグになる番だ!!」


 そう叫ぶと同時にカペリタスは腕をつかんでユメヒトを背負い投げし、地面にたたきつけた後、馬乗りになってユメヒトの顔めがけて連続で拳を叩き込んだ。キノコのパンチなので大して痛くなさそうに見えるが、これが意外と痛かった。よけたり食らったりしているうちにユメヒトはカペリタスの攻撃パターンを見切り、攻撃の手が途切れる隙をついて再び仮面からオーラ光線を放った。光線はカペリタスの眉間に命中し、炸裂音とともに火花が飛び散ってカペリタスが思わずのけぞったところですかさず拘束から逃れ、体勢を立て直した。


「うわっ、火だ、火だ!! うわあああ、早く消さないと!! 」


 カペリタスは先ほどの優勢から一転、眉間に少し火が付いただけでひどく慌てふためいた。その様子を屋上から見ていた蒼井は、何かを思いつき、ユメヒトに向かって叫んだ。


「ユメヒトー!! そいつの弱点は火だ!! 火の技を使うんだーっ!!」


 蒼井のメッセージを聞いたユメヒトは、仮面に”感謝”と表示してうなずき、夢空間に戻り一旦戦線を離脱した。彼はよく言えば平凡的、悪く言えば無個性なので火の技を持ってはいない。しかし、火の扱いに長けた眠神なら知っている。彼は、エルムに眠神を乗り換えさせたのだ。そして、ユメヒトが立っていた場所から、轟轟と燃え盛る火柱が立ち上り、一人の眠神が召喚された。スフィア三姉妹の長女にして、炎をつかさどる熱いハートの魔女……そう、ファイアードリィが、満を持して現れたのだ!

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