第15話 蒼い協力者

「きゃあーっ!!」

「ぎゃーっ!!」

「ぐわーっ!!」


 校内に逃げ込んだ生徒や先生たちの悲鳴があちこちから聞こえてくる。そしてそのたびに、キノコ人間たちが校内を行進する音が大きくなってゆく。その気持ち悪いほどに整頓された恐怖の足音は、三階の数学準備室に立てこもったエルムとトネリを心から震え上がらせるのには十分だった。


「はあ……はあ……さっきからずっとここら辺を歩き回ってる……!!」

「立てこもったはいいけど、これじゃあいずれ捕まっちゃうよ!!」

「しーっ! 声を荒げちゃあだめだ、見つかっちゃう……ほら、またきた!! 息をひそめて!」


 キノコ人間たちが準備室の前をわざとらしく大きな足音を立てて通り過ぎていく。


 ザッザッザッザッザッ……


 エルムとトネリは、口を覆って彼らが通り過ぎるのを待った。しかしそう願えば願うほど、彼らの足音が耳に強烈に印象を残しながら響く。


 ザッザッザッザッザッ……


 彼らの足音が鳴るたびに、二人の額には脂汗が浮かび、口が渇き、動悸が激しくなっていく。二人は心の中で何度も彼らがいなくなることを祈った。


「(くそう、何をしてるんだ、早くいけ、早く下の階に行け!!)」

「(どっかいけ、どっかいけどっかいけどっかいけ!!)」


 やがて、だんだんと足音が小さくなり、準備室の付近は静かになった。だがまだ二人はまだ気を抜けなかった。唯一廊下を見れるドアの窓から外をのぞかない限りは、心から安心できないのだ。

 

「ね、ねえ、トネリ君、あいつらが本当にいなくなったか、外を覗いてみてよ。」

「いやに決まってるだろう!? どうして僕がそんな役!!」

「君が一番ドアに近いんだ、頼むよ!」

「うぅ……」


 不承不承ながらもトネリはそろりそろりとドアの窓から外を見た。右を見てもいない。左を見てもいない。どうやら本当にいなくなったようだとほっと胸をなでおろしたその瞬間、窓の下からキノコ人間の一人がぬるっと現れてドアを両手でバンッ、バンッ、と叩きまくった。


「うわああああ!!」


 トネリは驚愕のあまり肝をつぶし、腰を抜かしてしまった。


「え、え、え、エルム君!! あいつら待ち伏せしてたんだ!! こっちが油断するのを待ってたんだよぉ……うえええん!!」


 トネリはこらえきれずにとうとう泣き出してしまった。なぜか股のほうもじんわりと濡れている。しかしエルムにはどうすることもできない。彼は、あの枕がなければただの高校生なのだ。


ドンッ!! ドンッ!!


 キノコ人間たちがカギのかかった準備室に体当たりを何度も仕掛けて突破しようとしている。ここのドアのカギは古く、あと数回すればぶっ壊れてキノコ人間たちの侵入を許してしまうだろう。


「エルム君!! エルム君!! 何とかできないの!!」

「無理だよ!! 枕がないんだもん!! 君こそ昨日のあれでどうにかやっつけてよ!!」

「あれは一度使ったら24時間はエネルギーを補給しないと使えないんだ!!」


 二人がああだこうだといっている間にも、キノコ人間たちは準備室のドアに何度も何度も、体当たりを仕掛けた。そして、ついにドゴン、という音とともに準備室のドアは破られてしまった。二人は青ざめた。


「うわーっ!! 助けて!! 誰か!!」

「いやだ、キノコ人間になりたくない!! いやだっ!!」


 キノコ人間の魔の手が、互いに震え上がるトネリとエルムの眼前にまで差し迫った、その時である。


 二人を襲おうとしていたキノコ人間の後ろから、突然黄色のレーザー光線が放射された。それをまともに食らったキノコ人間たちはビリビリと音を立てながらしびれて、一人、また一人と倒れていった。全員倒れた後で、いったい何が起こったのだろうかと、二人は光線が放射された方を見てみると、そこにはとても古いタイプの光線銃を構えた、一人の蒼みがかった白髪の男が立っていたのだ。


「あ、貴方は……?」


 男はエルムを一瞥すると微笑を浮かべた。


「やあ、助けに来たよ、湯目野エルム君。」

「ええっ!? なんで、僕の名前を……?」

「話はあとだ、麻痺光線の効果は一時間しか持たない、その間にここから離れて別の場所で対策を考えよう。さあ、はやく。君も一緒に。」

「は、はい……」


 謎の男はエルムとトネリとともに、しびれて動けないキノコ人間から逃れて、同じ三階の理科室へと逃げ込んだ。ここなら鍵も比較的新しく、また校庭への非常用脱出シュートも備えてあるので脱出もできる。彼は鍵を厳重にかけたことを確認すると、大の大人が数人でかかっても息が切れるほど重い試薬品棚を軽々と持ち上げてドアの前に置いた。


「これでしばらくは大丈夫だろう。さて、安全を確保したところでまずは……そうだ、自己紹介がまだだったね。湯目野エルム君。僕は君のおじいさんの古い知り合いの、蒼井ソウタだ。」

「おじいちゃんの知り合い……ということは、貴方が!?」

「そう。君を色々と助けてほしいと頼まれて、アメリカから飛んできたんだよ。」

「やった! トネリ君、僕たちようやくチャンスが巡ってきたよ!!」

「うん、よかった……ああ、ほっとしたらのどが渇いちゃった。」


 トネリは実験台についている流しの蛇口をひねって水を出し、その水をすくって飲んだ。


「それで、いったいどうしてこうなったか、詳しく効かせてもらえるかい?」

「実は……」


 エルムは蒼井に見たままのことをすべて話した。しかし、詳細な手掛かりは今一つつかめなかった。


「うーん……みんながどのようにしてキノコ人間になったかは分からないか……エルム君、キノコ人間にされた人たちに、何か共通点はないのかな?」

「共通点といっても……みんなマラソンした後だったから、のどが渇いていて、たっぷりと水を飲んだくらいしか……」

「水か……では、なにか学校の水回りで不可解な点はなかったかい? 何か変なものを見たとか……?」

「……! そういえば……!」


 エルムは蒼井に、昼に屋上で次郎青年が何やら貯水槽で怪しい動きを見せていたことを教えた。


「あの貯水槽は、学校中にも、校庭にもつながっているのか!?」

「ええ、たしか、先生の話によれば……」

「なるほど、となると今度の騒動の発端はその次郎とかいう学生の仕業で間違いなさそうだ。まだ確定したわけじゃないが、おそらく奴は貯水槽に、毒やらなんやらを混ぜ込んでみんなをキノコ人間にしたんだろうな。」

「でも、何の目的でそんなことを……?」

「それは分からない、だがこれでおおよその感染源は分かった。これからその貯水槽を破壊しに行こう。それまでは二人とも、一滴も水を飲むな! いいな?」


 それを聞いて、エルムはトネリを指さしながら震えた。どういうわけかトネリは、流しで水を飲んでからうずくまって、びく、びくと小刻みに動いている


「待って……水がキノコ人間になる原因だとしたら……今さっき、水をたっぷりと飲んだ、トネリ君は……!!」

「!? まずい!! エルム君離れろ!!」


 その瞬間、うずくまっていたトネリが、金色の傘から触手を垂らしたキノコ人間に変化してエルムと蒼井に襲い掛かった。


「うわーっ!! トネリ君!!」

「ダメだ、エルム君!! 彼はもう手遅れだ!!」


 さっきまでトネリだったキノコ人間はエルムに触手を伸ばして捕えようとしたが、蒼井が素早く光線銃を抜いて麻痺光線を放射し、彼の動きを止めた。


「さあ、エルム君! 屋上へ急ごう!!」

「うう……トネリ君、君の仇はきっと、きっととってやるからね……!!」


 蒼井とエルムの二人は再び試薬棚をどかして理科室を後にし、足早に屋上へと向かっていった。

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