第14話 キノコ、嘘つきの子

 エルムのクラスメイトであり、動植物研究部に所属している次郎青年は、隣町に住んでいた。彼はいつものように自宅から自転車をこいで学校へ向かっていた。その途中の大きな道路の交差点で信号待ちしているさなか、ふと、足元の電柱に目をやると、そこに何やら黄緑色のボールのようなものが落ちているのを見つけた。


「おや? なんだろうこれは……」


 それは一見、しおれた穴あきボールのように見えたが、よく見るとその下に柄が伸びている。ひょっとすると、これはキノコではないだろうか。彼は動植物研究部としての経験と知識を踏まえて、これをアミガサタケの一種ではないかと推測した。


「アミガサタケっぽいけど、僕の知ってるやつとはちょっと違うなあ……なんでこんなところに……? まあせっかくだし、学校に持ってって調べてみるか……」


 次郎はポケットの中からビニール袋を取り出して、キノコらしきものを拾おうとすると、突然頭の中に金切声が響いた。


「助けて……助けて……のどが渇いて死にそうだ……」

「ん? 誰だ?」

「ここだ、ここ。君が今持っているキノコだ。」

「ええっ!?」


 なんと、彼の持ったキノコが、彼に話しかけてきているのだ。


「き、君は一体……?」

「そんなことより、頼む。私に水をくれ。今私はかなり乾燥している。頼む、水を、水を……」

「よし、分かった。近くの公園に行って、水をかけてあげるよ……ん? 待てよ……」


 次郎は、昨夜この近くでお化けキノコ騒動があったことを思い出した。もしやこいつは、その片割れではないか。そう思った彼はしゃべるキノコに問い詰めた。


「おい、お前、もしかして昨日ここら辺に現れたお化けキノコと何か関係あるんじゃないのか? そういえばお化けキノコは炎に焼かれてカラカラにされてから防衛軍が持っていったと聞いたぞ。」

「ちがう、ちがう、それは私と関係ない、私はいたって善良なキノコだ。頼む、信じてくれ!」

「うーん、どうだろうな? まあいい、とにかく君を防衛軍にもっていくから、おとなしくしてくれよ。」

「わかった、そこまで言うなら仕方がない。だがせめて一杯だけでも水をくれ。水がないと防衛軍に行く前に死んでしまう……。」

「ああ、わかったわかった。そこの公園で水をかけてやる。一杯だけだぞ。」

「ああ、ありがとう、ありがとう。」


 しきりに感謝する謎のキノコを次郎は公園まで連れて行き、水飲み場の蛇口に両手いっぱいに水をためて、しおれたキノコにあたまからバシャッ、とかけてやった。

 するとキノコの傘は見る見るうちに弾力を取り戻してむくむくと膨らみ、ちょうど拳一つ分の大きさにまで膨れ上がった。どうやらこの大きさがこのキノコの本当の大きさらしく、水分を取りもどしたキノコは体中に水分が満ち満ちていく感覚に身を震わせた。


「ああ……生き返った……」

「さあ、これで十分だろう、防衛軍に引き渡すまではこのビニール袋に入ってもらうぞ。」

「ああ、もちろん。これで充分だよ。……君に寄生するにはね!!」

「えっ」


 気づいたときには遅かった。次郎があっけにとられた一瞬のスキをついて、キノコはその傘から大量の触手を伸ばし、凧のように次郎の顔面にへばりついた。


「んー!! んー!!」

「ははは、愚かな人間どもめ、コロリと騙されおって。 ではと。しばらくお前の身体を借りさせてもらおうか……」


 その邪悪な本性をむき出しにしたキノコは、伸ばした触手を次郎の顔の穴という穴から挿入し、やがて神経と完全に癒着したことを確認すると、その頭によじのぼって柄を根付かせた。これで次郎は、完全にキノコに支配されてしまった。


「ふふふ、これでこの男は完全に私のものだ。さてまずは情報収集をば……」


 キノコは脳髄のほうに癒着した触手を強く意識して、彼の記憶を探った。次々と流れてくる情報から、キノコは今日、彼の学校で長距離走大会があることを知った。


「ほほう、これは面白そうだ……」


 キノコは、いや、キノコに寄生されている次郎は、にやりとよこしまな笑みを浮かべた。そして、改めて、学校へと道を急ぐのだった。


・・・


 そして昼。エルムは久しぶりにぐっすりと寝ることができたのでとても調子が良かった。昨日隣町に生えたお化けキノコをトネリと防衛軍モビルダーが倒したからだ。


「昨日はありがとう。おかげでぐっすり眠れたよ。でもすごいね、普段と変わらないサイズで何十倍も大きな敵に挑むなんて。」

「ガンマ星で戦い方を教わったとき、教官は僕に教えたんだ。”体の大きさは強さとは関係ない。”ってね。」

「へえ、これは頼もしいや。」


 二人が屋上で談笑していると、端のほうに設置してある貯水槽からゴン、ゴンという鈍い音がした。


「あれ? 何の音?」

「なんだろう、貯水槽からした気がするけど……」


 二人は貯水槽のほうへ近づいてみると、そこにいたのは次郎だった。どうやら貯水槽から足を滑らせて落ちたのだろう、体を大の字にしてあおむけで倒れていた。


「君は、次郎君じゃないか、おい、大丈夫か、しっかりしろ! いったいこんなところで何を……」


 エルムが彼に駆け寄って呼びかけると、彼はまるで何事もなかったかのようにぬるり、と立ち上がって、困惑するエルムを一瞥した。


「……何でもない。」

「本当? 一応、保健室で見てもらった方が……」

「何でもないといっている!!」


 次郎はエルムがいうのも聞かず、小走りで一目散に階段を駆け下りて行ってしまった。


「……エルム君、彼はいつもあんな感じにぶっきらぼうなのかい?」

「いいや、いつもだったら彼はあんなにきつくはないんだけど……どうしたのかなあ……」


 エルムが首をかしげていると、学校のチャイムが鳴り響いた。昼休みが終わったのだ。


「あっ、まずい! 午後はクラス合同の長距離走だ!! 早く着替えないと!!」

「おおっと、そうだった!」


 二人はジャージに着替えるために教室へ駆け足で戻っていった。


・・・


 高校の周辺道路をとにかく走りまくる長距離走は、六時間目の終わりを告げるチャイムとともに終了した。ここの周辺は坂が多く、特に北側の浄水場にかけての急な上り坂と緩やかな下り坂に体力を奪われてもう皆へとへとだった。


「では、これで、長距離走を終了します! 各自、着替え終わったら解散してよし!!」


 体育の先生の掛け声とともに生徒たちは一目散に水飲み場に向かい、水を出しっぱなしにしてかわるがわる飲んでいく。だが、全クラスが五つしかない蛇口に群がっているのでいつの間にか行列ができていく。こうなることを見越して、エルムはあらかじめスポーツドリンクを持ってきているので、少し離れている校舎にもたれかかって水飲み場に群がるクラスメイトを水分補給しながら高みの見物としゃれこんだ。


「はあ、はあ、エルム君、僕にも少し分けてくれないか。 僕は空を飛ぶのは得意でも陸を走るのは苦手なんだ……」

「えー、でも口付けちゃったよ。」

「別に君のならいいよ。」

「ならいいけど……」


 と、その時。水飲み場の方からきゃああああ、という悲鳴が聞こえてきた。


「ん?」

「なんだ?」


 悲鳴が聞こえてきた水飲み場の方に目をやると、なんと、先ほどまで水を飲んでいた生徒たちが、苦しそうな顔をしながら口の中から何かを吐き出していた。いや、正確には、生えてきたといってもいい。


「んがああああ!!」

「ごぼ、ごぼぼぼぼ……!!」

「おごごごごご」


彼らの口からにょきにょきと生えてきたそれは、ある程度伸びきると見事な茶色い”傘”を開き、彼らの顔をひだと触手で包み込んで、神経と癒着し、立派なキノコ人間に姿を変えたのだった。


「な、なんだこれは!!」

「いったい、何が起こっているんです!?」


 まだ水を飲んでいない先生たちや生徒たちが恐れおののいていると、キノコ人間と化した生徒たちは彼らに向かって駆け出した。


「う、うわあああ!!」

「きゃああああ!!」

「逃げろ!! みんな校舎へ!! 先生たちは防衛軍に連絡を!! うっ、離せ!! 離せ!!」


 逃げ惑う生徒たちと先生たちをとっさに逃がそうとした体育教師が捕まってしまった。彼は生徒の誰よりも力があるはずだったが、キノコ人間たちは恐ろしい力で彼を拘束した。


「う、うわーっ!! やめろーっ!!」


 体育教師の叫びは次々に覆いかぶさってくるキノコ人間たちによって無慈悲にもかき消されてしまった。この分では彼も助からないであろう。


「トネリ君、なんか、やばそうだよ……!」

「僕らも早く校舎の中に逃げよう!!」


 エルムとトネリも近くの入口から校舎の中へと避難した。


 そして、覆いかぶさったキノコ人間の中から、ついさっきまで体育教師だったキノコ人間がにょっきりと立ち上がると、全員で何やらうなずき、生徒や先生たちが逃げ込んだ校舎の中へと入っていった。それからは、悲鳴の数とともに、キノコ人間の数がじわりじわりと増えていった……


・・・


 ちょうどそのころ、抜海は買い物を済ませて夕食の準備に取り掛かっているとき、家のインターホンが鳴った。


「はーい、どちらさまー?」


 抜海がドアを開けると、そこにはやや蒼みがかった白髪の若い男性がたたずんでいた。彼は抜海の知り合いであった。そして彼は、抜海が生まれたときから、ともすれば、500年前からこの青年の姿を保っていた。


「……お久しぶりです。抜海さん。」

「まあ! もしかして、貴方がエルムの助っ人に?」

「はい。宗也さんに呼ばれて、たった今アメリカから帰って来たばかりなんです。胡桃やブラウン博士もあとからやってくるそうです。」

「まあまあ、遠いところからわざわざすいません。」

「いいえ。僕らはこれまでずっとあなた方の世話になりっぱなしでしたので、これくらいなんてことありません。」

「ああ、それじゃあ、立ち話もなんですし、うちに上がってくださいな。」

 

 だが、男は断った。眉間に皺を寄せてある方をきっ、とにらむ。その方角には、エルムが通う高校がある……。


「お気持ちはありがたいのですが、少し状況が変わりました。お願いがあります。至急、あの枕を貸してくれませんか?」

「えっ、またどうして?」

「どうもエルム君の高校で何やら恐ろしいことが起こっているみたいなんです。ことは急を要します! 急いで!」

「ああ、はい! すぐ持ってきまぁす!!」


 抜海は急いでエルムの枕を探しに行く。その間に、男は胸元から小瓶を取り出した。その小瓶には、「食用色素 青」というラベルが張ってある。


「ようし、久しぶりに一仕事するか。」


 男は小瓶のふたをキュポン、と開けると中身の青い粉をすべて口の中に入れて、水と一緒にごくん、と飲み干したのだった。

 



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