第13話 真夜中のキノコ狩り
夕方、トネリは湯目野家の夕食に同席することになった。エルムとまりも、そして二人の母、湯目野
「トネリ君、どう? おいしい?」
「はい、おいしいです、抜海さん!」
「お口にあってよかったわ、それとトネリ君。もし困ったことがあったらいつでも私たちを頼っていいからね。生まれは違ってもこの星では同じ宇宙人同士、お互い様の精神で助け合うのが宇宙正義というものよ。」
「ありがとうございます!」
トネリは抜海に感謝しつつたくさんおかずをほおばった。その横でまりもがエルムにトネリとはどういう関係なのかを聞き出そうとしていた。
「とうとう彼氏ができたのね! お兄ちゃん。おめでとう!」
「べ、別に僕とトネリくんとは何でもないって、ただの友達だよ……」
「うそ。ただの友達なら二人きりでずっと部屋にこもって、出てきたときに片方がとろけた顔をしているはずがないわ。まさかもうそこまで進展しているなんて……」
「違うって、彼を夢空間に連れてくために一緒に寝てただけだって!」
「別に隠さなくていいんだから。私、お兄ちゃんがそういう人だとしても軽蔑するほど醜くないし。」
「何か、重大な勘違いをしている気がする……トネリ君、君からもなんか言ってやってよ、誤解を解いてくれ。」
「あはは、でももしエルム君が僕と同じ星の人だったら、とっくにうなじにかみついて――オメガバース・ジェンダーであるガンマ星人特有の求愛表現――、王族の後宮に入れてたよ。正室としてね。それくらいには、君は僕の好みのタイプだよ。」
「ちょ、ちょっと、なんでわざわざ誤解を深めるようなことを言うんだーっ!」
「まあまあ、エルム、仮にも一国の王子様にそこまで褒められるなんて素敵じゃない。ありがたく思わなきゃ。」
「そうよお兄ちゃん。もしもの時の貰い手が見つかってよかったね。」
「ああ、もう、だれも、誰も僕の味方をしてくれない……」
「「「ははは!!」」」
楽しい夕飯時のあと、トネリは湯目野家の人たちに礼を述べて、自分の地球での住まい、すなわち衛星軌道上に泊めてある船に戻ることにした。
「じゃあ、僕は船に戻るよ。この星での住まいがまだ決まらないから、しばらくは船で寝泊まりしなきゃいけないんだ。」
「うん。分かった。じゃ、また明日。」
「また明日。」
そういって、トネリが船に向けて信号を発し、粒子分解・牽引光線を発射してもらおうとしたその時。隣町の方角から、ズズズゥーンと何かが盛り上がってくるような音がした。
「なんだ、今の音?」
「……あっ!! エルム君、見て、あそこ!!」
トネリが指さした方へ見やると、隣町の方角には巨大な塔が、先端が傘をかぶったような塔が月明かりに照らされながら大地にそびえたっていた。しかし、これほど高い建造物は閑静な住宅街である隣町には存在しないはずだった。
「なんだろう、あれ……」
「まるで、大きなキノコだ。」
そのキノコのような物体は、しばらくプルプルと小刻みにふるえたあと、くねくねと体をくねらせて踊るように動き始めた。どうも様子がおかしい。
「もしかして、新手の怪獣……! すぐに寝なきゃ!」
エルムはすぐさま自室に戻り、夢空間に入って眠神達を召喚しようとした。だが、それをトネリが止めた。
「どうしたの、トネリ君?」
「エルム君。あれは僕にやらせてくれないか。」
「ええっ、でも、君は戦えるのかい?」
「僕の宇宙服は戦闘用でも使えるし、ここに来る前にそれを使った対怪獣用戦闘訓練を習った。それがこの地球に留学するための第一条件だったのさ。エルム君。君はいつも夜な夜な怪獣退治にいそしんでて全く休めていないだろう? 今日ぐらい、枕を高くして寝るといい。宇宙人同士助け合うのが、宇宙正義ってものでしょ?」
「で、でも……」
「大丈夫だから。ここは僕に任せて。」
「……わかった。だけど無理しないで。もしも状況が不利だった場合に備えて、いつでも変身できるように夢空間で待機しているからね。それじゃああらためて、お休み。」
「お休み。いい夢を!」
エルムは心配になりながらも今日のところはひとまずトネリに任せることにした。そして、トネリは、夜空がよく見える開けた場所に移動すると、宇宙船に信号を送って宇宙服を粒子光線で送るように伝えた。
「宇宙服装着願います!!」
「オ・ー・ダ・ー、宇・宙・服・緊・急・装・着。ア・ダ・プ・テ・ー・シ・ョ・ン、対・怪・獣・戦・闘。」
トネリの音声は光の信号と変換されて宇宙船に届き、命令の内容を確認した後、宇宙船は機械音声とともに彼の宇宙服を戦闘用に
そして、宇宙船から戦闘用の追加武装が送られてきた。
「コ・ン・バ・ッ・ト、ア・タ・ッ・チ・メ・ン・ト、送・信、完・了。目・標・戦・闘・時・間、三・分・以・内。タ・ダ・チ・ニ、迎・撃・セ・ヨ。」
「スライスグローブに、バックルカッターか。まあこれだけあれば十分か……ようし、行くぞ!!」
アタッチメントを確認したトネリは大地を蹴って空へと飛び立ち、隣町に現れた謎のキノコ状の物体へ一直線に向かっていった。どうやらすでに防衛軍のロボット兵器、モビルダーが到着して対処に当たっているらしいが、今一つ効いていないようだった。迷彩柄のモビルダーが肩に装備した三連装のミサイルをキノコめがけてぶち込むのだが、キノコ特有の弾力性でそれらをすべて跳ね返してしまった。
それならばと次に防衛軍が打った手はモビルダーにホースを持たせて、特別に調合した溶剤をそのまま巨大キノコにまんべんなくぶっかけた。ところがキノコはその溶剤をすべて吸収した挙句、さらに巨大化したかと思えばかさをパフパフと収縮させて溶剤を含んだ霧をより強力にしたうえで噴霧し、モビルダーへとお返ししたのだった。キノコが発した溶剤はモビルダーの鋼鉄の身体を見る見るうちに溶かしていき、ついにはコクピット部分を露出させるに至った。
「ひいい!! このままいたらドロドロに溶かされる、脱出!!」
操縦者は間一髪でコクピットから射出されて脱出に成功したが、彼が再び地面に着くころにはモビルダーはアスファルトの地面ごとドロドロに溶けてなくなってしまっていた。防衛軍兵士たちは困り果てた。
「おい、どうする!?」
「ミサイルも、化学兵器もきかねえんじゃあ、お手上げだあ!!」
「そうだ、キノコは乾燥に弱い、火炎放射器を使うのは!?」
「ダメだ、その場合奴の全体にまんべんなく炎を吹き付けなきゃならん! だが、あの大きさと高さではどうしても届かない……せめて、根元をすっぱりと切り倒すことができればどうにかなるんだが……」
トネリはこの会話をすべて聞いていた。この宇宙服は百メートル先に落ちた針の音をも聞くことができるのだ。
「ようし、僕が助太刀しよう。あのキノコを切り倒せばいいんだな。」
トネリは巨大キノコのすぐ斜め上で停止すると、腰の丸いバックルに手を当てて薄い円盤カッターを何枚か造り出すと、それをキノコめがけて手裏剣のように投げた。テレパシーによって自在に動き回るカッターはキノコのあらゆる場所にあらゆる角度から切りかかったが、天然ゴムもかくやといわんばかりの巨大キノコの弾力の前ではさしもの円盤カッターも傷一つつけることができなかった。
しびれを切らしたトネリは、次なる一手としてカッターを消滅させると、両手のスライスグローブのヒレ状の部分に収納されていたブレードを展開し、自ら巨大キノコに切りかかった。空を蹴るようにして高速飛行しながらキノコの軸に急接近し、ブレードを当てながら勢いをつけてアッパーカットのように切ってみたり、また逆にいったん空高くまで飛び上がってからふっと力を抜き、大地に向かって急降下しながら刃を突き立てながら切ってみたりなどいろいろな方法でキノコに攻撃を仕掛けたが、依然キノコの弾力は強く、刃を何度も突き立ててもぐにゅん、ぐにゅんと押し返されて手ごたえのないままであった。
「おおりゃああああ!!」
しかし、それでもめげずにトネリは、キノコの石づき付近に近づいて横一文字に勢い良く引き切った。すると、とうとうキノコの軸にぱっくりと割れ目ができた。
「いまだ!!」
それに気づいたトネリは空中で体をひねって素早く折り返すと、ブレードを展開した腕を一直線に伸ばしながら胴体を軸にして高速回転を始めた。
「つらぬけーっ!!」
回転によってさらに勢いづいたトネリは金色の閃光を出しながら一直線にすっ飛んでいき、その先端がキノコの傷から躯体に触れると錐で木材に穴をあけるように直進し、ついにはキノコの軸を貫いた。彼が通った後には小さな穴がぽっかりと開いた。これはトネリがガンマ星での特訓の最中に独自に開発した戦法で、きりもみになりながら相手を貫く様子から彼はこれを
「ようし、穴が開いた!!」
すかさず、空中で急停止したトネリはキノコの方に向き直り、両手を合掌してエネルギーを溜めて、ついさっき自分が開けた穴に向かって投げるようにして両手からエネルギー弾を放った。
「ガンマー・フラッシュ!!」
ガンマー・フラッシュと呼ばれる光弾はキノコに空いた穴に入ると、その内部で爆発し、内部からキノコの軸を焼き切った。そして、トネリが、切られたキノコをちょん、とつつくとゴゴゴ、という音を立ててキノコが倒れ始めた。
「うわあーっ!! こっちに倒れてくるぞーっ!! 逃げろーっ!!」
「あっ、いけない!!」
トネリはキノコを倒した方向に防衛軍モビルダーがいることをすっかり忘れていた。大急ぎでキノコが倒れてくる方向に回り込んで、モビルダーとキノコが接触する紙一重のところでキノコを押しとどめた。そして、音を立てないように道路の真ん中に静かに置くと、一部始終をあっけにとられてみていた防衛軍兵士たちに告げた。
「ごめんなさい、倒す方向を考えていませんでした。 これでまんべんなく焼き殺すことができますよ。では、僕はこれで。」
そしてトネリは、今度こそ本当に自分の宇宙船へと帰っていったのだった。
「すげーっ、あの宇宙人あんなでかいやつでも全然ひるまなかったなー。」
「感心してる場合か! 俺たちの仕事はまだ終わっちゃいないんだ、火炎放射用意!!」
兵士たちは再びモビルダーを動かして、倒れたキノコめがけて火炎放射を行った。炎であぶられるたびにキノコは見る見るうちにしおれていき、どことなくいいにおいがコクピットの中にまで漂ってくる。
「あぁ~うまそうな匂いだ、しょうゆか、しおか、バターでもあれば、そのまま食べたのになあ。」
「気持ちはわかるが、念のため、とことん燃やし尽くせとの命令だ。」
「はいはい、分かってますよお。どうせこんなお化けキノコは毒入りで食えないのが相場ですからねえ。」
そしてとうとう、キノコは完全に水分を出し切り、やがて消し炭になった。切られた石づきのほうも同様だった。
「石づき部分も火炎放射終わりました!!」
「よし、では各自、サンプルの収集が終わり次第撤収!」
「「了解!!」」
防衛軍たちはキノコの残骸をすべて採取してコンテナーに格納すると、脚部のホーバーで夜の街を滑るように移動して基地へと戻っていった。
しかし、これですべてが終わったわけではなかった。
実は石づきの部分に、お化けキノコとは別のキノコが生えていたのだ。みなお化けキノコに気を取られて、防衛軍はおろか、トネリでさえも見逃していたのだ。そのキノコは、火炎放射の際に隠れるようにして地中に潜ってどうにかやり過ごし、防衛軍が完全に撤収するのを確認してから、ほうほうの体でアスファルトの地表を這って夜の街に消えていった……。
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