第12話 トネリ、眠神達に会す
夕方。エルムの実家へ向かったトネリは、エルムから眠神についての全てを聞いた。最初は半信半疑で聞いていたトネリだったが、エルムが見せた枕に記されてあった「-|-」の文字をみてそれは確信に変わった。
「あ、これ、昨日の巨人の胸についていたマークだ!」
「これは我が家の家紋なんだ、他のみんなもどこかしらこのマークがついてるんだよ。」
「へえ……そうだ、エルム君。実は相談事があるんだけど……」
「何?」
「僕、君の夢空間の中にいる眠神たちに会いたいんだ。そのユメヒトという人に昨日のことで感謝したいんだけど……いいかな?」
「うーん、あんまり戦闘目的以外で眠神を召喚したらいけないんだよな、とはいえまさか夢空間に連れていくのは出来なさそうだし……」
「僕のテレパシー能力を応用して出来ないかな?」
「あ、そうかその手があったか。でも彼らがうんと言うか……とりあえず、彼らに会って確認してくるよ。」
そしてエルムは、枕を敷いて瞬眠し、夢空間へと意識を飛ばした。彼の特技は素早く眠れることだとは聞かされたが、改めて目にしてみるといやはやすごい技術だとトネリは感心した。
「一体どう言うメカニズムなんだ、これ? これはこれで便利そうだからあとでコツを教えてもらおう……」
そして、夢空間への没入を一旦終えたエルムはむくり、と起き上がった。
「今みんなに聞いてきたんだけど、いいってさ! それで、君の夢空間へのアクセス方法なんだけど、僕が夢空間に入っている間に、どこかしら僕の体に触れていればそこを経由してテレパシーで入れるって。」
「なるほど、宇宙用語でいうところの接触通信の応用か。じゃあそうしよう。」
そしてエルムはベッドで寝転び、再び瞬眠した。そしてその上にトネリはもたれかかり、手をつないで精神を集中させた。やがてトネリの意識がぼんやりとエルムの中へと沈み込み、夢と現実の境界線を越え、流星群のごとく四方八方に様々な光が炸裂する空間を潜り抜けていく。そしてその空間のはるか向こうに見えた黒い点が、前に進むにつれてだんだんと大きくなってきた。いや、ちがう。これは黒い点ではなく、この空間の出口なのだ、とトネリが近くした瞬間に、彼の意識は空間を抜けて眠神たちが居る神殿にたどり着いた。そして彼の目の前には、あの時見た巨人が、彼と同じ背丈で彼を迎えた。
「夢空間へようこそ、私がユメヒトだ。君が……うわっ!!」
「ユメヒト兄さん!!」
なんとトネリは、ユメヒトの挨拶が終わるのを待たずして、ユメヒトに抱き着いたのだった。ユメヒトは著しく狼狽した。
「ちょ、ちょっと、君……!」
「ぼ、ぼく、トネリです。ああ、もう知ってましたね。あの時は救っていただいてありがとうございました!」
「ああ、いや、別に、するべきことをしただけのことだ……」
「怪獣をやっつけるあなたの姿はかっこよくて、その……ひ、一目惚れしちゃいました。無理を承知でお聞きします、僕と付き合ってください!!」
「えっ、ええっ……」
「ダメですか……?」
トネリは母星でアルファ性やオメガ性をたぶらかしていた時に使っていた、必殺の涙目上目遣いでユメヒトを見つめた。フェロモン・パワーが効かない異星人でも、顔立ちの良い彼にここまでされてしまえば断りづらくなるだろうと考えてのことだ。
「あ、ちょっと、君、困るよ……」
いつの間にか周りにいた、ルーモイ以外のユメヒト六兄弟のメンバーが彼をからかった。
「ははは、モテモテのユメヒトさんよ、こーんなかわいい男の子にまで告白されるなんていやはやうらやましいぜ。」
「ようよう、男も惚れさす色男! 全くニクいねえ!」
ここぞとばかりにユメヒトをからかうトカチとイブリのいびりをユメヒトは聞こえないふりをして無視し、トネリの強い抱擁をどうにかほどいた。
「トネリ君。君が僕に惚れたのは分かった。だが、私は君と付き合えない。」
「どうしてですか!? もしやあなたも男同士で付き合うのをおかしいと感じる、古い人間なんですか!?」
「ちがう、そうじゃない。僕は同性愛は否定しているわけじゃないし、君とも良き友人でありたいが、そもそも僕はすでに結婚しているんだ。」
「えっ!?」
「その証拠に、ほら。」
ユメヒトは、右手の薬指にはまっている黒い宝石が埋まった指輪を見せた。これこそユメヒトが、その伴侶たる紅天狗と契りを結んだ何よりの証拠であった。
「そ、そんな……。」
トネリは落胆した。どうやら彼の星でも指輪を婚礼のしるしとし、薬指にはめる風習があるようだった。
「それに、私の妻である紅天狗はとても嫉妬深い、君がもし命が惜しいのならすぐに離れた方が……」
「あらあらあら、誰が嫉妬深いって?」
「あ。……遅かったか……」
トネリが振り向くとそこには赤い翼を広げた紅天狗がトネリを薄目で見つめて立っていた。その目は、まさにカエルを睨むヘビの如く……
トネリは即座に自分はこの女性に勝てないことを察知し、距離を取ろうとしたが、彼の思考よりも先に彼女の手が彼の身体を抱き寄せて、彼の身体をがっちりと拘束した。
「ひっ!」
「君が噂のトネリくんねぇ? 初めまして、私はユメヒトの”嫉妬深い”妻の紅天狗でぇす。」
「は、初めまして……」
「フフフ、知らなかったとはいえ人の夫にいきなり告白だなんて肝が据わってるわねえ、あなたかわいい顔してなかなかできるじゃない。その勇気は買うわ。 だけどあなた、エルム君にしたことも含めて、少し礼節を覚える必要があるわねぇ。」
「えっ? えっ、えっ!?」
「少し……私たちだけで話そうか。ユメヒト。エルム君。ちょっとトネリ君借りるわね~」
「お、おい、紅天狗……」
「いいわよね!?」
「あっ、はい……どうぞ……。」
「よろしい。」
そういうと紅天狗は、トネリをしっかり拘束したまま、翼を広げて空高く舞い上がった。
「どこへ連れて行くの!? 離して!!」
「だぁいじょうぶ。別に君を痛めつけようってわけじゃないし、君のことを敵だとは微塵も思っていないわ。ただ、そう、エルム君以外で夢空間に入ることができる人を、そのまま現実空間に返すのはいろいろとまずいから、君にちょぉっとだけ、しつけをさせてもらうわよ。」
「な、何をする気!?」
「うふふ、今にわかるわよぉ。さあ、ドリィ。トライヴァ。準備はいい?」
空中のある高さで止まった紅天狗の隣には、いつの間にかファイアードリィとトライヴァが並んで空中に静止していた。
「こいつがトネリとかいう小僧ね。」
「ケッコウ……カワイイ……」
「何のろけてるのよ、ベニィに言われた通りやるぞ!」
「イタク……シナイ……スグ……オワル……」
そして三人の姉妹は、トネリを囲み、自らの両腕を交差して、互いに手をつなぎあわせながら回転し始めた。そして回転が光速になるにつれてしまいは一つの輪になり、やがてその輪もトネリを中心として垂直方向にも回り始める。
「う、うわーっ!!」
やがてトネリの周りに、ひとつの大きな”球”が形成された。これぞスフィア三姉妹の合体技、スフィア・フルードだ。この球の内部にある高エネルギー空間に巻き込まれた者たちはみな散々な目にあっている。ユメヒト六兄弟はあれを暗に”お仕置き部屋”と呼んでいた。
「見ろユメヒト、久しぶりに見たスフィア・フルードだ。ああ、いつ見てもあれはおっかないなあ……」
「思い出すなあ、ピロマ・クラルで戦ってた頃間違えてベニィのおやつを食べちゃってスフィア・フルードに三時間も閉じ込められたっけ……」
ダィーセツとヌプリが震えた。その昔二人はどうやらあの空間に放り込まれて痛い目を見たことがあるらしい。しかしエルムはそれを始めてみるのでいったいなぜあれがおっかないのかよくわからなかった。
「ユメヒト、どうしてみんなあれを見ておっかないっていうの?」
「あれはおっかないってもんじゃあない。あの球の中の空間は三姉妹が自由に操作できる一種の異次元空間で、とにかくすごいことが起きる。例えば、自己意識のど真ん中を他人の意識が潜り抜けたり、体の組成をぐちゃぐちゃにされたり、自分と三姉妹の意識が完全に一つになるぎりぎりのところまで同化させられたり、果てには自分の神経をわしづかみにされて、スポンジのように絞られたり。ああ、だめだ、あの空間の壮絶さを語るには私の語彙力は少なすぎるなあ。」
「……」
いったいあの球の中で何が行われているのか、エルムは知る由もなかったが、知ったところでおそらく良いことはないだろうなと独り言ちた。ややあって、球を形成する輪はその回転速度を落とし、だんだんと三姉妹の姿に戻っていった。そして三人は”しつけ”の終わったトネリを担いでゆっくりと地面に卸してあげたが、いったい何をされたのだろうか、トネリの顔は穴という穴から汁を垂らして、ひどく呆けている。
「ふぁああ……も、もうらめぇ……。」
「ど、どうしたのトネリ君!?」
「こんなの、初めてぇ……ふぁあああ……」
そして彼はとうとう集中力を切らしてしまい、夢空間から基底現実空間へと
「ねえ、ドリィ、いったい紅天狗は彼に何をしたの?」
「……エルム。お前にはまだ早い……と言いたいところだけど、ひとつだけ教えてやるわ。紅天狗はあいつの首筋に神経と直接つながってる
「そ、そんな! トネリ君は敵意はないのに!」
「大丈夫。もしお前に何もしなければあれは何もしない。あくまでも保険だから。」
ドリィはそういうが、エルムはどうしてもトネリのことが心配だったので、彼も基底現実空間へと
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