第11話 トネリとエルム
その週のエルムの男子高はちょっとした騒ぎになっていた。彼のクラスに転校生がやってきたのだ。それもただの転校生ではない。さらさらときらめく金色の髪に大きく見開かれた青い目、そして少々そばかすが見える中性的な顔立ちから発せられる男性にしては少々高めの声。まさに流れ星のごとく現れた容姿端麗な転校生は、瞬く間に学校中の生徒の心をわしづかみにした。そう。トネリのことである。彼は在地球カシオペヤ・ガンマ星人会の協力を得て
「容姿端麗とはあいつのためにあるような言葉だよなぁ……」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……」
「ああ、大丈夫たるもの、ああいう男と付き合いたいものだなあ……」
「なんだよ、どっかの高祖みたいな言葉使いやがって、だいたい男と付き合いたいとかおまえ”そっち”だったっけ?」
「あんなの見せられたら誰だって”そっち”に目覚めるだろ。」
「まあ、言いたいことは分かる……でも彼はそばかすがあるからなあ、そばかすさえなければ……」
「何言ってんだおまえ、そこがいいんじゃないか。」
全く女っ気のない男子校にとって彼の存在は、まさに劇薬に等しいものだった。そして噂をすれば影とやら、彼の話題でもちきりになっていた教室にその彼が入ってきたとたんに、クラスの半数の視線が彼に集まる。
「おはようみんな。」
彼は皆が自分に向けている熱い視線にウィンク一つで応えてやる。それだけで彼らのほぼ全員の思春期真っ盛りのハートを射抜くのには十分だった。ガンマ星でも何度も見慣れた代わり映えのない光景にトネリは地球人もガンマ星人とほぼ変わらないのだと安堵すると同時に、若干の退屈も覚えていた彼だったが、そんな彼にも一つ気になることがあった。それは、彼のフェロモンにまったく反応しないクラスメイトの存在だった。そう、エルムのことだ。エルムと彼は転校初日に軽い挨拶をした程度で、それっきりこれといったコミュニケーションをとっていない。今日もなぜか、自分から目を背けるように窓の外をぼんやりと眺めている。
「……」
ガンマ星人と地球人は前述の単一性ということと”ある能力”を除いてはほとんど同一の存在だ。当然彼のフェロモンは地球人をも虜にする。だがしかしエルムはトネリのクインビー・オメガ性特有のスーパー・フェロモンに全く反応しない。我慢しているそぶりもない。この原因についてトネリはいろいろと考えた末にある一つの仮説を立てた。今日の昼休みに、それが正しいかどうか試してみるつもりだった。
「(やっぱり、湯目野エルム君って……。)」
そして、昼休みがやってきた。トネリは弁当箱を開く。中身は白いご飯だけで、おかずが入っているはずのスペースは空だ。だがこれでいい。なぜなら……
「よう、日暮、俺の弁当ちょっとから揚げが多くて食いきれないからお前にやるよ。」
「なあなあ、俺の卵焼き食うか!? 俺の母ちゃんの卵焼きは世界一うまいんだ、一切れやるよ!」
「日暮、このエビフライどうだ!?」
「日暮、揚げ物ばっかりできついだろう、温野菜も食っていいぞ!」
そう、少しでもトネリの気を引きたい下心丸出しのクラスメイトが自分からおかずを差し出してくれるので自分で作る必要がないのだ。食べきれなければ、それを夜ご飯に回せばいいので食費が浮くからとても助かるし、なによりこのおかずはこの星この国の食文化を知る貴重なサンプルにもなるのであるに越したことはなかった。
「うん、うん、この卵焼きは確かにうまいな……この唐揚げは少し塩気が強いな……四つもらっちゃったけど、こんなにしょっぱいなら二つで充分かな……ああ、こういう脂っこいものを食べた後にこの温野菜がとっても嬉しいなあ……」
しかし今は弁当のおかずなどにかまっている暇はない。エルムだ。彼は自分のフェロモンにまったく興味を示さない湯目野エルムを探していた。本当は昼休みがあ終わった直後に話したかったのだが、少し目を離した隙に見失ってしまった。
では、今エルムはどこにいるかというと、カンカン照りの屋上の下で一人サンドイッチをほおばっていた。一昨日の戦闘のあと、助けた金髪の青年が宇宙人らしいということはユメヒトから知らされた。そんな彼が自分の学校に転校生としてやってきたことを昨日の夜にエルムは夢空間の戦士たちに教え、どうするか話し合った。
その時に、ダィーセツからこう言われた。彼いわく、
「何が目的で来訪したかわからないから、なるべくかかわらない方がいいだろう。もしかしたら地球侵略のための斥候かもしれないからな……」
ということだ。ダィーセツのいうことは間違ってはいなかった。だがエルムはどうしても彼が地球を侵略しに来た宇宙人と決めつけることは、どうしてもできなかった。彼はユメヒトとともにこの目で確かに見ているのだ。自分が怪獣と戦っている間、彼は自らの危険も顧みずに戦場に飛び込み。黒猫を助けたのを。地球侵略を考えているなら、そんな目的達成につながらない非効率なことをするだろうか?
「うーん……でもまあ、とりあえずしばらくは様子見しようか……もしも何かあったときは、僕とユメヒトでやっつければいいか。」
すると突然、湯目野の視界に何かが覆いかぶさった。誰かが後ろから手をまわして視界をふさいだのだ。
「だーれだ!」
「えっ!? 誰!?」
「僕だよ!」
エルムにいたずらを仕掛けたのは、トネリであった。してやったりの表情の顔を浮かべたトネリはエルムの隣に座った。
「な、何か、用……ですか?」
「もう、敬語なんて使わなくていいよ、僕らは仲間じゃないか。……いろんな意味で、ね?」
「そ、それってどういう……?」
トネリはエルムの吐息を直接感じることができるところまで顔を近づけて、こうささやいた。
「宇宙人なんでしょ? きみも。」
「ええっ!?」
「隠さなくてもわかるよ。クラスのみんなが僕に下心丸出しで話しかけてくるけど君は話しかけるどころか、むしろ避けているんだもん。ねえ、君はどこの星から来たの? 誰にも言わないからさ、僕だけにみんな包み隠さず教えてよ。もちろん、ただでとは言わないよ。僕の素性も全部話す。」
「……」
エルムはとうとう観念して、トネリに改めて自分の素性を話した。だが、自分がユメヒト達を使役するユメネギであることは言わなかった。
「そうか、君はピロマ・クラル人の末裔だったのか。」
「僕は、僕はね、完全な地球人じゃないらしいんだよ、って知ったのは本当につい最近のことなんだ。でも驚いたなあ、まさか君も宇宙人だったなんて。」
「……」
「あ、もうこんな時間だ、そろそろ教室に戻ろうよ、トネリ君……」
話を切り上げて戻ろうとするエルムの後ろ手を、トネリはギュッとつかんで止めた。
「待って。もう一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「な、何?」
「……ユメヒトって、誰?」
エルムに緊張が走った。聞かれていたのか。
「ユ、ユメ……なんだって?」
「とぼけなくてもいいんだよ。君は言ってたじゃあないか。もしも僕が地球侵略のためにこの星へ来たんだとしたら、ユメヒトと一緒にやっつけようって。」
「あ、あのそれは……べつに、深い意味はなくて……うわっ!」
トネリはエルムの腕をつかんだまま立ち上がり、階段につながる入口の壁に彼を押し付けた。そして同時に右手を壁にドン、と技と音がするように突いた。
「エルム君、まだ何か隠してることがあるはずだよ。」
「隠してるって、もうこれ以上は何も……ひゃっ!!」
エルムの頬にたらりと伝った冷汗を、トネリはぬるりと舌でからめとる。
「湯目野エルム。この味は、嘘をついてる味だね?」
「……!」
心臓の鼓動が早くなる。目をそらそうにもそらせない。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。
「べつに、君を取って食おうとかそういうんじゃないんだ。隠し事をしてほしくないだけなんだ。君がいくら自分は帰化した宇宙人ですって言ったところで、君の身体からにじみ出ている複数の、そうそれもちょうど九人分の波動を消すことはできやしないんだよ。」
「(そこまでわかるのか!? そうだ、ここはひとつ瞬眠でごまかして……)」
「狸寝入りしようったってそうはいかないよ。」
「!?」
エルムは仰天した。トネリは自らの思考を読むことができるのだ。これこそがガンマ星人のもう一つの特徴である、テレパス能力である。
「(思考が読めるのか!? ま、まずい……)」
「何がまずいの?」
エルムの顎を指で軽く持って、トネリは目線を合わせる。
「いつもなら、フェロモン・パワーで解決するから簡単に情報を聞き出せるんだよ。だけど君はそうはいかない。僕らの星ではそういう人はまず警戒せよ、って教わるんだ。本気を出せば僕は君の頭の中のすべての情報にアクセスすることができる。だけどそんな大事なところをまさぐるような行為は、なるべくならしたくないし、君だっていやだろう?」
「そ、それは……いやだ。」
「なら、君の中にいる者たちは何者なのか、僕に話してもらおうか。」
「……わかった。だけどごめん、さすがにここでは話せない。だから、放課後、僕のうちに来てくれ。そこで説明するよ。」
そしてようやく、トネリはエルムを自由にした。
「脅してごめんね。でもどうかわかってほしいんだ。僕はガンマ星の王子だから、誰よりも人一倍身の安全に気を付けなければならないからさ。」
「うん、大丈夫だよ。僕のほうこそ嘘ついてごめん。」
「じゃあ、そろそろ戻ろっか。」
「うん。」
和解した二人は屋上から教室へと下っていった。だが、入口の壁のちょうど上に、黒猫が鎮座して二人の話に耳を立てていたことは、誰も気が付かなかった。
「にゃーん。」
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