優しい嘘

 その日、わたしは無事に学校に間に合い、新しい級友と顔を合わせた。


 級友たちがわたしを見る目はおおよそ好印象のもので、休み時間に彼ら彼女らが話しかけてきた時には少し怖かったけど、それから特にいじめられるということはなく。


 それからおよそ半年が経過して三年生に進級し、学年うちの数名からは友達として認識されたらしく、わたしは”普通”に高校生活に復帰することができた。


「白井さん、恋人とか作らないの?」


「わたしは、恋人を作るつもりはないなあ」


「白井さん可愛いのに、勿体ない~」


「わたし、好きな人がいるから」


 記憶の中の、憎めない顔をした彼を思い出す。


「じゃあその人と付き合うってこと?」


「いや、彼は――」


 霊くんと付き合うというわけじゃない。彼は、わたしの傍にこそいれど、姿を現すことはないだろうから。


 ――本当に、霊くんは今でもわたしの傍にいるのだろうか。


 それを考慮すれば、答えは一択だった。


「彼は、嘘つきだから」


「嘘つき? もしかして白井さん、ちょい悪い系の人が好きなの?」


 クラスメイトは誤解をしているようだけれど、訂正するのも手間なので、曖昧に頷く。


 その一方でわたしは、彼との記憶を思い出す。


『大丈夫、きっとずっと傍にいるから』


 真冬の真夜中、彼が優しく囁いた嘘が、まだ耳に残っている。


「嘘っていうのも、悪いことばっかりじゃないから」


 わたしが”普通”の高校生活を送れるようになったのは、間違いなく、薄暗い部屋に閉じ籠っていたわたしを霊くんが連れ出してくれたからだった。


 霊くんの嘘が、わたしを変えた。


「あれね、優しい嘘ってやつ!」


 クラスメイトはきっと誤解していると思うけど――


「そうだね、優しい嘘」


 こればっかりは、的確な言葉だ。

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嘘でもいいから ナナシリア @nanasi20090127

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