瓶詰めの世界
季都英司
世界が嫌いな私が、瓶詰めの世界を作ったお話
私はこの世界が大嫌いだ。
ごみごみしていて、汚くて、うるさくて、無駄に人が多くて、楽しいものなんて何にも無くて、そして私に厳しい。
毎日、生きることに疲れ果てていて、そんな日々を何年も過ごしてきた私は、この世界にほとほと嫌気がさしていた。
そんな私が思いついたのが、別の世界を創ってしまおうということだった。
今の世界が嫌なのならば、自分の好きな世界を用意すればいいとそう考えたのである。
このアイデアを思いついたときには、生まれて初めて自分が天才だと思ったし、これしかないと心の中で歓声を上げたものだ。
さていざ実現するとなった段階で、少し冷静になった。
別の世界を創ると言ってもどうしたものかと。
本格的に大きな世界をこしらえるのは、いかにも大変だ。時間もかかるし、材料も足りない。
そこで考えたのが、手のひらサイズの小瓶の中に世界を創ってしまおうと言うことだった。
要は瓶詰めの世界だ。
これだけ小さければ、創るのにも面倒は少ないし、なにより鑑賞するにも悪くない。
その日から私は、瓶詰め世界を創ることに熱中した。
最初に創ったのは、海の世界だ。
すべてが海の中にあって、人魚のように綺麗で可憐な種族や、お魚たちをはじめとしたかわいい海の住民たちを創って、海の中に築いた建物に住まわせた。できあがった海の世界はとても素敵で、流れる水に生き物たちが揺らぎ泳ぐ様は、一日眺めても飽きなかった。
次に創ったのは、海の世界とは逆の空の世界だった。
大地はなく、雲と風がたゆたうだけの自由な世界。そこには鳥のように翼の生えた種族を創り、雲でできたフワリと浮かぶ街を与えた。住民たちは、いつも自由を謳歌し、空を舞いながら歌い踊った。私はそれを小瓶の外から眺めながら、自分もすべてから解放されて、自由になったような気持ちを味わった。
そうして、いくつもいくつも、瓶詰めの世界を創った。
気に入っていたのは、海に浮かぶ大樹の世界だ。
世界には海がただ広がり、その上にあるのはとてつもなく巨大な一本の樹。人々はその上の枝や葉に街を築き、葉の街の間を飛行機械やエレベーターなんかの技術で移動していた。低い枝の街では海から魚を獲り、高い枝の街では鳥を捕ったり作物を作ったりしていた。どんな大地でもいろんな工夫があるものだなあと感心した。
創ったあと不思議な気持ちになったのは、星の世界だった。
広い空間に(といっても小瓶の中だが)星をいくつか並べた世界を創ってしばらく放っておいたら、いつの間にやら文明が発達していて、自分たちで小さな星を作り始めていた。世界の住民たちがはその小さな星の上に、各々小さくて好きな世界を作り始めていて、考えることは似てくるもんだなあと自分を振り返って、少し笑ってしまった。
それからも、いくつもいくつもいくつも、本当にたくさんの瓶詰めの世界を創り続けた。
そして疲れてしまった。
いろんな世界を創った。それはとても楽しかった。創るのも楽しかったし、その世界を眺めているのも楽しかった。
だけど、気づいてしまった。
どんなにいろんな世界を創っても、自分の世界は、今いる世界は変わらない。
結局、私がいるのは、ごみごみしていて、汚くて、うるさくて、無駄に人が多くて、楽しいものなんて何にも無くて、そして私に厳しい、そんな世界だった。
何も変わらない。変わるはずがない。
だって、創っているのは別の世界だから。
瓶の中だけの世界だから。
なんとなく絶望的な気持ちになった。
今の世界から逃げ出したくて選んだ趣味で、また自分の世界がいかに嫌いかを思い出させられるなんて。
もうこんなこと瓶詰め世界の作成なんて、くだらないことやめてしまおうか、そう思った。
ただ、ここでただ終わってしまうのも、なんだか負けたような気がして嫌だった。
ならば、最後に一番くだらないことをしてやろうと決めた。
自分の世界を瓶詰めにしてやる。
自分が大嫌いな世界を瓶の中に入れて、外から眺めて、いかに自分の世界が醜いかをあざ笑ってやろう。
私は、自分の世界の光景を、小瓶の中に忠実に再現しようとした。
ただ立ち並ぶだけの芸術性の欠片もない高層ビルの群れ、効率のみで張り巡らされた交通網。歴史も見るところもない街並み。
その美しくもない街を、特に目的も無く生きる住民たち。
自分すらもその中に再現してやった。やるならとことんだ。
そして完成した瓶詰めの私の世界を、私は笑ってやろうとのぞき込んだ。
――――……。
私は言葉を失っていた。いや、思考すらも停止していた。
醜いはずの私の世界。
嫌なことだらけのはずの私の世界。
それを見て私は、綺麗だと思ってしまった。
無味乾燥なはずの建築物たちが林のように街を形作る様を見て、たくましく生きている森のようだと思ってしまった。
移動のためだけの道路が、美しい模様のように見えてしまった。
バラバラに立ち並ぶだけの街並みから、生きるものの積み重ねた想いを感じてしまった。
そこに生きる人たちに、なんとか生きてやろうという強い意志を見つけてしまった。
その中の自分に、健気な姿を見てしまった。
――ああ、なんて素敵な世界だったんだろう。
――内からしか見ていない自分は、なんと狭い視野だったのだろう。
――外から俯瞰すれば、こんなにいい世界だったのに。
あんなに嫌いだった世界をよいと思いそうになっている自分が本当に嫌だった。でも、もう気づいてしまった。見方を少し変えるだけで、この世界も楽しいものになるのかもしれないと。
私はただ泣いていた。心のよどみを流し去るように。
私はこれまで創った無数の世界たちを、すべて処分した。ほしがる人にあげたり、しまい込んだり、廃棄したりいろいろ。
ただ一つだけ、私の手元に残ったものがある。
自分の世界の瓶詰めだ。
これからも私はこの世界で生きていく。
どうせまた、くじけるときが来るだろう。
そのときにまたこの瓶詰めにした自分の世界を見てやろう。そしてこの世界も素敵だったと思いだそう。
きっとすべてはこの瓶詰めの世界のようなもの。形と視点を変えてやるだけで、素敵なものになるのかもしれないのだから。
窓際に置かれた小瓶が、朝の光を受けて、キラリと輝いていた。
瓶詰めの世界 季都英司 @kitoeiji
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