二幕 大江・鬼ヶ島

何が起きたんだろう……鬼に会って…それから……?

なんか暖かい……。この感じ…布?…なんだろう……なんだか…今までにない…



「っ!」


冷た…!

頬に水滴が落ちた。目を開けると空は晴れていた。昨日は一晩中、雨が降っていたのだろうか…少しだけ…雲が多い……。その間から、青空と太陽が顔を覗かせている……


「まぶしい……」


太陽の眩しさに目がくらみ、手を被せた…

なんだか、久しぶりに太陽を見た気がする。



「?」


何かの感触……ふさふさで…暖かくて…まるで布団…。

……ん?


何かと見てみると、布団だと思っていた物は草の塊?だった。

葉っぱ一枚一枚が塊になって布団の様な形を作っていた。

しかも、草や葉っぱだとは思えない程の柔らかさ……これは感じたことないわ…。

フサフサ…

ご丁寧に下にまで敷いてある……


「なんだこれ……」


それを不思議そうに見ていると、何か違和感に気づいた。

頭がいつもより重い……


「……」


頭に手を伸ばすと…何か固い物を触った…

しかも、これを触ると…まるで頭を触られている様な……爪や歯を触っているような気分だ…


「えっ。え……?」


指で突けばコツコツと固い音がする。

上に伸びているし…先に行けば細く鋭くなっている……

これって…もしかして………



ツノ!?


「ええー!なにこれ!!」


混乱して叫ぶ。ツノってことは、もしかして…私、鬼に??

いやいや…どういうこと??

まず、私は元々人間……人間から鬼になんの!?


「……っと。あ?起きたか…。よっ」


上から、あの鬼の声。

それと共に、頭上から落ちてきた鬼はあの時とは違った。

巨大で禍々しい赤鬼は、橙色の髪の小柄な少年になっていた。


「え……?えぇ……??」

「おいおい…いつまで混乱してんだ……。言ったろ?俺の家族にしてやるって…?」


「聞いてないよ!?」


「……ん?そうだったか?まぁでも…鬼になったおかげで死なずに済んだろ?」

「でも!」


私の文句を遮る様に彼は、その指を私の口に押さえつけてきた。


「…じゃあ…鬼になって楽しく生きるか…あのまま、死んであの世に行くか……どっちが楽しそうだよ?」

「いや…それはっ…」


「あぁ~…めんどい。んなこと、どうでもいい!お前は旨い飯が食いたい!俺は仲間が増えて嬉しい!これで良いだろ!!」


「………たしかに…おいしいご飯は食べたい…」

「よしっ!!オケッ!!」



なんだか、流れで押し通されてしまった。

てか…なんか……私の考えていた鬼とは程遠いと言うか……なんと言うか………


「うっし…お前、名前は?」

「え……?………えーっと…無い…」


そう、私はお母さんに棄てられて自分の名前すら忘れてしまっている。

だから、無いも等しい。


「そうか…んじゃー……。昔の鬼にちなんで………もみじ!水無瀬みなせ もみじだ!いいか?」

「え、えぇ」


「俺はかえで伊吹いぶき かえでだ。よろしくな」


楓は歩き始めた。私はそんな彼の背中をぼーっと見ていた。


「あ?なにしてんだ?速く行くぞ?」

「えっ。あっ…うん!!」


声をかけられ、私はすぐに駆け出して、カエデと言う鬼を追いかける。

いつもより走りやすい。速さも上がってるし…私、本当に鬼になったんだ……



「うっし……ここらでいいか…」


少し歩いて鬼は立ち止まった。


「…?なにもないけど?」

「なにもなくて良いんだよ…。もみじ、俺にしがみついていろ。」

「?」



私は彼のお腹に抱きついた。楓はその私に左手を被せた。


「離れんなよ…?」


鬼は右手を掲げる……


「『――龍よ…龍よ…、その身を持って雲を貫き…空を泳げ………“我を運んで”…』【黄龍こうりゅう】」


…………!!!

地面が揺れる…!

足元から何かが出てきた瞬間、凄い風が吹いて私は目をつむった。



しばらく風に仰がれて目を開くと、そこは雲の…上だった。

あの街が小さく見える……あんなに遠かった雲がすぐ側にある……空が…いつもより広い…

私は鬼と、龍に乗っていた。


「これは…」

「ハッハッハッ!気持ちなぁ!やっぱ、風を切って飛ぶのに限るな!」


凄い、いい笑顔だ。…眩しくて…きれいで…

その笑顔は今まで見てきた『人間達』よりも眩しくみえた。

鬼って…こんなに……太陽が似合うんだ…


私は鬼に見とれていた


「どうだ?あの広い町があんなに小さくなったぜ?いい気分だろ?」

「…っ。うん!」

「おお!いい返事だなぁ!今度これのやり方教えてやるよ」


二人を乗せた龍は、雨上がりの空の上を駆ける…

彼女の新たな住みかへ向かって――。


………………



しばらく飛んでいると、大きな湖が見えてきた


「うわぁ~…なにこれ!!大きい湖!!」


「ん?おまえ、海見たことないのか?」

「え?海?」


「海って言うのはな…………。えーーっと……湖より広くて深い…うめぇ魚がたっ…くさん、いるところだ!」


「たっ…くさん!!」

「あぁ!たっ……くさん!!!」

「わぁーい!」


「おいおい…あんま揺れんなよ?落ちるぜ?」

「うん!」


「ははっ!子供らしくなってきたじゃねぇか!…ほら、向こうに見える島が俺らのアジトだ…!」

「…島?アジト?」


知らない言葉が飛び交うが、私のわくわく感は収まらなかった。



龍は島の上を飛ぶ。

その龍の姿を見て、島からはもうすでに楽しげな雰囲気が漂っていた。


「よぅしっ!!着陸だ!」

「……よっ!」


龍は島の真ん中まで飛んで私達を下ろしてくれた。

私たちは鬼ヶ島に着陸した。


私達に気がついて、すぐに鬼達がワラワラと集まってきた。


「お頭が帰ってきたぞー!」


ワーワー!と鬼達が盛り上がり始めた。

一つ目、巨体。多種多様の様々な鬼の姿が見える。


「お前ら!今日は新しい家族が増えるぜ!!」


伊吹、彼が大声を上げると、鬼達の注目が後ろにいた私に集まる。


「おおっ!お前が新入りか~?」

「よろしくー!」

「ちっちゃくて可愛いなー!!」


「え…えへへ…」


すこし歯痒いけど、誰かと会話するのは久しぶりで、嬉しい。


「よ…よろしくお願いします…!」

「おう!」



「おーー?伊吹ぃ~、何か珍しいの連れてきたな~?」


鬼さん達と話していると、遠くから他の人たちと少し風貌が違う鬼達が来た。

他より人に近い。伊吹と似たような雰囲気だ。


「んまぁ、俺はそんなことどうでも良いんだけどー」

「おいおい…黒熊クロクマー…久しぶりの新入りだぜー?もっと興味持とうぜ~」


伊吹さんと、親しく話すはだけた黒い和装に白髪のガタイの良い男の鬼。

頭には熱された鉄の様に橙色に光る二本の角。

鉄板の様な覆面で目を隠した姿をしている。


「ヘイヘーイ…。んで、頼んだ旨い岩はあったか?」

「岩は無かったが――…ほらっ」


伊吹さんは、いつの間に持って来ていたのか、私が作った泥団子を彼に投げ渡した。


「あっ!」

「ん?なんこれ?」


少し興味深く、泥団子を見つめ、彼は大口を広げ、それを一口。

ガツガツと、味わう様に咀嚼した。


「んんっ!ウマい!!」


「えー……」

「はははっ…そりゃぁ良かった」


目を疑う光景だが、まぁ鬼なのだ。

普通を考えても、仕方ないだろう。


「まったく…そんな姿見せて、この子が怯えたらどうするの…」


目を丸くしていた私を、後ろから誰かが包み込む様に抱き締めてきた。


「こんにちは、小さなお嬢さん…。私は華澄カスミ。滅多にいない貴女と同じ、女の子の鬼だよ~」


そう言って彼女は私の頬を掌でぐりぐりと、いじりながら話す。


女の鬼。

これも私の知らない鬼だ。

包容力があって、暖かい。しかも、心の底から落ち着く感じがする。


鬼は皆冷たくて怖い物だと思っていた。

もしかしたら、それは私の思い込みで――。


「……どうだ?お前が見たことも無い、面白いモノを見れただろ?」


がそう言う。

その質問に、私は迷わず答える。


「…うんっ!!楽しい!」


彼の言う通り、前の世界より今の世界は、広くて、楽しいものに私は感じていた。


「そうか。良かったぜ……」



――ここは、『大江おおえ・鬼ヶ島』。

鬼達が住まう、宴が絶えない島だ。

いつも鬼達の笑い声が聞こえ、普通ならば味わえない不思議な体験が出来る場所――。


そして、



――私の新しい人生が始まる場所だ――。


              


               続く

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花と盃 くまだんご @kumadango

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