後編


「建太?」


 驚いてすぐに枕から顔を離し、ドア付近に視線をやる。

 そこには部屋着姿の愛子が「大丈夫?」と言わんばかりの表情で立っていた。


「ど、どうした愛子」


 平然を装って訊ねる。


「いや、漫画返そうと思って」


「お、おぉ。そうか」


 愛子が俺の部屋のドアを閉め、部屋に入ってくる。

 家が隣で幼い頃から兄弟のようにずっと一緒にいるせいか、こうして勝手に愛子が俺の部屋に入ってくることは珍しくない。また逆もしかりだ。


 そわそわしながらベッドに座って、本棚に漫画を戻していく愛子を見つめる。

 愛子は漫画の背表紙を触りながら、告げてきた。


「建太の叫び声、外まで聞こえてたよ」


「ま、マジですか……」


 恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。取り繕ったから余計に恥ずかしい。

 でもこうなってしまえばヤケクソだ。開き直ることにした俺は、力なくベッドに倒れ込む。


「いやさ、俺また好きな子に避けられるようになったんだよ」


「また、ねぇ」


「心当たりがないよほんとに。俺の体臭が異常に臭いとか、そういうのない限り一晩であんな反応にならないと思うんだよな」


「大丈夫、建太は臭くないよ」


「ごめんだけどそれで心の傷癒えないわ。慰めとして足りな過ぎる」


 臭くないのが前提として話しているからな。

 今のはほとんど「二足歩行出来てるね偉い!」と言われたようなものだ。もはや屈辱ですらある。


 ふと、天井を見ながら思った。

 そうだ、愛子にこのことを相談すればいいんだ。


 今まで度々こういう状況になると、嘆くばかりで相談はしなかったけど、愛子は普通に女子高校生。

 同じ女子としてなら分かることもあるんじゃないか?


 善は急げという事で、早速愛子に訊ねてみる。


「なぁ愛子。なんで俺、こんなに避けられてると思う?」


「っ…………」


 ぴくりと眉を動かす愛子。

 明後日の方向を見ながら、応じる。


「わ、わかんない。建太がひどいことでもしたんじゃない?」


「ひどいことかぁ。してないんだけどなぁ」


 今回の加藤さんの件なんか、自分がどのように接したか鮮明に思い出せるが、まるで思い当たる節がない。

 無意識に胸ガン見してたとか、そういうのはないと思うしな。


「ま、まぁ建太。そう落ち込まずにさ、もっと身近に目を向けてみようよ」


「身近? なんだよ身近って」


「そ、そりゃあ……近しい間柄って言うの?」


「近しい間柄の女の子がそもそもいないから、どうにでもできないんだよ……クソッ!!」


 嘆いていると、愛子が意味ありげな視線を送ってきた。

 頬を赤らめて照れくさそうにしながらも、自分に指を差して何かを訴えかけてくる。


「……?」


「っ⁉」


 キョトンとした顔を浮かべていると、がっかりしたように肩を落とし、俺の隣に座ってきた。


「建太って、鈍いよね」


「鈍い? 何が?」


「もういいよ」


 呆れたように嘆息する愛子。

 人に対して鈍いって使うっけ? と思ったが、今は何も考えたくないので頭の回転を止めた。


 そして再び、心の内を吐露する。


「あぁーあ、このまま一生、彼女できないんかなぁ」


 昔から人一倍恋人のいる青春に憧れておきながら、こうも理想が叶わぬものなのか。

 現実とは誠に非情だとはよく言うが、まさにそうだ。


 ぐったりとうな垂れていると、愛子が俺の顔を覗き込んでくる。


「いいよ、彼女なんか作らなくても」


「なんでだよ。このまま一人は寂しいって」


 愛子は俺の言葉ににひりと小さく微笑んで、呟いた。



「ふふっ、私がいてあげるよ」



 とろんとした瞳に、一瞬吸い込まれそうになる。

 数秒ののち、ようやく我に返り、応じた。


「でも、愛子モテるしなぁ」


「大丈夫、私は建太だけの味方だからね?」


「…………」


 やっぱり、愛子は昔と変わらず俺の味方でいてくれる。

 それがどれだけ心の救いになっていたか、今この時気づいた。


「ありがとよ、愛子。俺が好きな子に避けられても、何とか学校に行けるのは愛子のおかげだ」


「ふ、ふぅん? ま、まぁね?」


 愛子に慰められて、少しだが立ち直れた気がする。

 俺はベッドから起き上がり、再び気合を入れ直した。


「うし、次こそは彼女作る!」


 高らかに宣言すると、愛子は目を細めて、小さく微笑んで言うのだった。



「ふふっ、頑張って?」










 ――十年後。


「今日も綺麗だな、愛子」


「ふふっ、建太もかっこいいよ」


 軽くキスを交わし、見つめあう。

 

 俺と愛子は、三年前に結婚した。

 結局、愛子が最初で最後の彼女だった。


「ねぇ、今日は仕事も休みなんだし、一日中に家にいない?」


「いいな、それ。そうしよう」


 ソファーに密着しながら座り、テレビを見ながらくつろぐ。

 

 これまでの人生を振り返れば、結局俺のことを避けずにいてくれたのは愛子だけだった。

 高校卒業後も大学や会社で気になる人ができたが、それも軒並み全員に避けられるようになったし、そう考えれば愛子が俺と結婚してくれたのはありがたいことのように思う。


「(永遠の不人気銘柄だったしな、俺)」


 でも、別にモテなくたっていいのだ。

 俺には愛子がいる。そして――愛子だけいればいいんだから。


「ねぇ建太、私のこと愛してるよね?」


「もちろん、愛してるよ?」


「私だけしか見てないよね?」


「見てないというか、愛子だけしか見えない。だって俺には――愛子しかいないんだから」


 そう告げると、愛子は目をとろんとさせて、再び唇を重ねてきた。

 今度は深く、長く触れ合う。


 そして満足げに笑うと、いつものように言うのだった。



「ふふっ、よかった」



 もちろん俺は気づかない。それは俺が死ぬまでずっと。

 でもそれでいいのだ。俺は愛子がいれば満足だし、二人だけの世界が俺の全てだから。


 世の中には知らなくていいことがある。


 そう、当人がそれで幸せなら、ね。



「ふふっ♡」



                      完




――――あらすじ――――


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好きな子ができても何故か全員に避けられるので、幼馴染に相談しようと思う 本町かまくら @mutukiiiti14

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