中編


 放課後。


 いつも通り愛子と並んで帰る。

 愛子と一緒に下校するのは小学校低学年からの習慣であり、お互いに放課後用事があっても、それが終わるのを待って帰ることもあるほどだった。


 後ろから車が近づく音が聞こえる。

 さりげなく愛子と位置を変わり、道路側に移ると愛子が小さく感謝の言葉を口にした。


「ありがと」


「いいってことよ」


 愛子は昔からぼーっとするタイプで危なっかしい。

 俺が守ってやらねば、という母性本能が常に働いているのだ。


 ふと、今日のことが思い出され、愛子に話を切り出す。


「そういやさ、聞いてくれよ愛子」


「どうしたの?」


「俺さ、転校生の加藤さんと結構仲良くなったんだよ! すごくないか⁉」


「……へぇ、すごいね」


「ほら、俺今までめちゃくちゃ避けられてたじゃん? 特に女子とか。でも加藤さんは避けるどころか好意的に接してくれてさ、もうそれが嬉しくってさ!」


「そう、よかったね」


 やはり自分の嬉しかったことは、身近な人に共有したくなるものだ。

 その点、俺の喜怒哀楽にまつわる出来事は、大体愛子に話している。


 愛子は傍から見れば愛想が悪いように見えるが、デフォがこれなだけで俺の幸せをわが身のように喜んでくれているに違いない。

 楽しくなってきて、どんどん話したいことが口から溢れ出てくる。


「ってか加藤さん、かなり可愛いじゃん? 男の中でも、もうすでに人気高いし」


「へぇ? じゃあ、私とどっちが可愛い?」


 無表情なまま、愛子が問いを投げかけてきた。


「う~ん……難しい質問だな。そりゃ、愛子はスカウトされるくらい可愛いけどさ、系統が違うっていうか、なんていうか……」


「分かった。じゃあ欲情するのはどっち?」


「ブッ‼ おま、どういう質問してんだよ⁉」


「普通でしょ? 私たち、幼馴染なんだし」


「その理由付けは意味分からなすぎるんだけど」


「幼馴染だから答えて」


「幼馴染だからっていう免罪符は存在しないはずなんだけどな……」


 割と真剣に俺に答えをせがむ愛子。

 正直な話、女子に欲情とか性欲云々の話はし難い。

 だが、愛子の頑固さは一級品。俺が答えるまで一生この質問は終わらないため、恥を捨てて真摯に答えるしかない。


「う~ん、まぁ、強いて言うなら加藤さん?」


 アンケートに答えるみたいに軽くそう言うと、ぷいっとそっぽを向いて嘆息する愛子。


「……クラスメイトの女子でアレコレ考える変態」


「そりゃひでぇな⁉ 愛子の質問と解釈が歪み過ぎてんだぞ⁉」


「いいよ、別に」


「あ、愛子ぉー」


 愛子は口を尖らせ、すっかり拗ねてしまった。

 じゃあここで俺が「愛子に欲情する」なんて言えばよかったんだろうか。


 それはそれで嫌だろう。

 常に一緒にいる男にそういう目で見られてると知るのは、不快以外の何物でもない。

 じゃあこの場合正解ないじゃん。最初から詰みか。


 不満げにそっぽを向いた愛子が投げやりに聞いてくる。


「建太はそんなに加藤さんのことが好きなんだ」


 さっきみたいに地雷を踏まないように答えようと一瞬考えたが、どう答えようが状況は変わらない気がしたので何も考えずに応じる。


「まぁな。何せこんなに話せた女子は加藤さんが初めてだ。何としても加藤さんと付き合いたいよ」


「……そ。頑張れば」


「おう! サンキューな!」


 なんだかんだでこうやって、いつも俺のことを応援してくれる。

 背中を押してくれる愛子のためにも、頑張らないとな。


 また一段気合を入れて、今日も今日とて帰路を歩くのだった。





     ◇ ◇ ◇





 ――翌日。


「(今日も加藤さんとたくさん話して、好感度を上げるぞ俺! 一日一日の積み重ねが、彼女ゲットに繋がる!)」


 グッと拳を握りしめ、愛子と教室に入る。

 俺の席を見やると、すでに隣には加藤さんが座っていた。


 高鳴る胸の鼓動を抑えながら、足早に自席に向かう。


「(ここはさりげなく、いつも通り爽やかに挨拶だ! やるぜ俺!)」


「おはよう。加藤さん」


「っ‼ お、おはよう。日野、くん……」


 あれ、少し変だな。

 いつもなら元気溌剌とした加藤さんが、顔を引きつらせ、ぎこちない笑みを浮かべている。


 返答も随分と歯切れが悪かったし、どこか体調でも悪いのだろうか。


「大丈夫? どっか体調とか悪いのか?」


「い、いやっ! ぜ、全然そんなことないから!」


「そっか。ならよかったけど」


 加藤さんがそこまで言うなら、俺が意識的に気にかけるのも変な話だ。

 逆にこちらがいつも通り接するのがここでの正解。昨晩用意しておいた会話デッキを、頭から引っ張り出す。


「そういえば、昨日の課題が――」


「あ! いっけない用事があったんだった! あちゃちゃー、私うっかりしてたなぁ……」


「ちょ……」


 加藤さんが急に席を立ち、逃げるように教室から出て行く。


「(あれ? この感じ……)」


 脳裏に過る、既視感のあるこのパターン。


「(いやいや違うだろ! 違うに決まってる! 昨日までは大丈夫だったんだし……大丈夫だよな? ……いや、大丈夫だろ!)」


 そう心に言い聞かせて、のほほんと別のことを考えて気を紛らわせていたのだが……。










「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁなんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 部屋で叫び散らかす高校二年生、童貞。

 しかし、叫んでしまうのも無理はない。


 何故なら――



「加藤さんに完全に避けられてるんだがぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 あれから何度か話しかけようとはしたのだが、全部見事に交わされてしまい、結局会話することができなかった。

 昨日までは何なら加藤さんから話しかけてくれていたのに、今日は言葉のキャッチボールが一度も続かなかった。


 ――絶望。


 まさに絶望。

 見えていた一筋の光が完全に途絶え、お先真っ暗な状態に陥っている。


「もうダメだ……俺は一生彼女ができないんだ……」


 枕に顔を埋めて、厳しい現実に打ちひしがれているとトントン、とドアが叩かれた。



「建太?」


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