終章 夢、うつつ
「……ま。……さま」
いつからか続く音色。歌を聴いてた。果てしない闇の中で続く歌をいつまでも。
「姉様、ねえさま……」
――こ……ゆき?
「ねえさま……」
優しい響き。懐かしい声。甘く心に残る音に、真冬の心がその時ようやく反応をしめした。
――いけない。小雪が呼んでいる。起きなくちゃ。
「ねえさま」
薄くなっていた氷が割れる。重い瞼をやっともちあげた真冬の瞳に映ったのは、ただただ深々と雪が降りつもる山の斜面だった。風が小さな雪だけを運んでくる。
凄惨な出来事は遥か昔。真冬がそれを忘れてしまっていたのも時のなせるわざだろう。
寂しさが募る。首を巡らせても小雪はいない。
「小雪どこ? ねえ小雪」
立ち上がり、見知らぬ山を彷徨い歩いた。何時間も。どこまでも。小雪の名を呼びながら。そしていつ崩壊してもおかしくない小さな小屋を見つけた時、真冬の両膝は震え、崩れるように雪の上へと下されたのだった。
「こゆ」
いつも傍にいたはずの可愛い小雪の姿は、残酷に蘇った記憶によってかき消された。声もなくむせび泣く真冬の瞳から、透明な雫が止め処なく零れていく。
「ねえさま」
優しい音色。その声に振り返ってようやく真冬は気がついた。視線を手元へとおろしていく。ずっと握り締めていた小雪の心臓へと。そして弱弱しい輝きがたった今、失なわれた事に気づいたのだった。
真冬の砕けた心に呼びかけ、引き戻してくれた優しい輝きが消えた事を。
崩壊した世界を見ることもなく、その年の春に真冬の子供は誕生したのだった。
雪女は笑わない 神原 @kannbara
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