第14話 雪羅

 見る見る辺りが黒雲に覆われる。巻き起こる稲光。周囲の気温が急激に低下していく。眩い雷光と漆黒の闇が入れ替わりたち替わりにその存在を主張しあいだす。


 立ち上がった真冬の表情は白金の髪で隠れ。心臓を掴んだ手からは青白い光が溢れ出していた。


「真冬。おまえ……」


 何の反応も見せない真冬の心はすでに壊れてしまっていた。ただゆっくりと雪羅に向かって一歩一歩踏み出していた。


 真冬が子を生むまでの繋ぎだった大切な最後の銀の子供。大地を少しの間だけ崩壊から防ぐ事が出来る小雪のその心臓が取り出された事を。真冬が正気を失ってしまった事を、その時になってようやく雪羅は理解したのだろう。


「ぐっ!」


 気づいた瞬間に左腕が吹き飛ばされていた。雪羅に向けられた心臓。そこから迸った巨大な氷柱が一瞬で腕をもぎ取っていったのだ。


「真冬っ!」


 叫び放たれた、最大の力を込めた雹が、真冬の掲げた心臓から広がった薄氷にぶち当たって砕け散る。自分のなした結果に雪羅の瞳からも雫が零れ落ちた。


 対決などと言う物では最早なくなっていた。腕の付け根から溢れる青い血潮。

表情を失った真冬がただ虐殺するのを待つ生贄。それが今の――。


「させるかよっ!」


 闇で見えない何かが真冬の背中を襲った。無言のまま真冬が背後へと振り返る。驚きも何もその表情に宿す事はない。


 時折稲妻によって浮かび上がる暗闇の世界で、新たに一つの影が生まれていた。青い血に染まった男の影がゆらりと浮かび上がっていた。。


「雷っ」


 生きていた。真冬の後ろを取る形で共にこの最悪な戦いへと繰り出された白金の髪のもう一人。


 真冬が肩を抑えて蹲る。


「!」


 次の瞬間、満身創痍の雷の姿は塵も残さずに消え失せていた。全身を稲妻に貫かれ、燃える事すら許されずに蒸発していく。


 白く大きなもやが拡散して消えていった。


「うおおおぉぉぉぉっー!」


 残った右腕が巨大な雹で覆われ。絶対零度にまで力を高められた雪羅の腕は、後ろを向いている真冬の腕へと、跳躍しながら振るわれていた。


 眩い光。圧倒的な力の放出。闇の世界が刹那まっ白に染まった。


 それが雪羅の見ただろう最後の光景となっていた。


 白金の髪である真冬の力と、銀とは言えその生涯を支えるはずだった小雪の心臓のありったけの力が、真冬を周囲ごと超硬質な氷で閉ざしたのだ。


 雹もろとも砕け散った右腕、そして既に無い左腕の断面から流れ出る膨大な血液。閉ざされる意識の中で雪羅がその事を理解する事はなかったかもしれない。


「ただ、守りたかっただけなんだ。ごめん……」小さな声は真冬に届く事なく消えていた。





 心が砕けた真冬を守り抜き閉じ込めた氷は、いつまでもそこへ佇んでいた。






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