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「今日も良い日ですね。体調はお元気? 湯浅さん」
「ええ、おかげさまで」
病室の窓のカーテンを看護師さんが開けてくれた。昼の陽光が部屋を満たし、包帯だらけの私の手を照らす。テーブルの上の花の水を入れ替えてくれている。
「ねえ大丈夫なの? 身体中殴られて打撲が酷いって聞いたけど」
芽衣子が優しそうな声で聞こえる。
「うん。頭の方はさておき、体の方は大丈夫だよ。別に骨折とかじゃないからね」
身体中が痛み、動かせない首の代わりに私は包帯だらけの手の親指を立てて、芽衣子の声に応えた。
「あら可愛いわねー。珍しい。もしかしてお見舞いで?」
「ええ、僕の彼女が仕事をくれて」
「湯浅くんがお世話になっているそうで」
芽衣子が申し訳なさそうな声で挨拶をするのを聞いて、私は居た堪れなくなる。
酔っていたのだろう、だいぶ記憶は朧げだが、医者から聞くには道端で酔っ払いと殴り合いの喧嘩になったらしい。気づけば一方的に殴られて血まみれになっていたところを、芽衣子が止めに入ってくれて、そのまま私は近くの病院に搬送された。
しばらくして警察が話を聞きに来た。自分が殴ってしまったらしい男性二人組とはまだ連絡はついていないらしい。
「で、湯浅さんは当時、飲み会の席で相当酔ってしまったと」
「はい。あの日は実は彼女に黙って、飲み会に参加してしまって」
「彼女さんというと、あなたを病院に運び込んでくれた女性の方?」
「そうです。彼女です」
口はまだ血が滲んで痛かったし、鋭い眼差しの刑事の聴取はとても緊張した。いつも以上に頭が真っ白になってしまいそうだ。それでも芽衣子に対する罪悪感がそうさせたのか、それともじっと見守っていてくれている彼女のおかげか。なぜか変に肩を張らずにスラスラと喋ることができた。嘘偽りなどなく、最初から。自分が人の顔を見れないほど、緊張しがちなこと。研究の内容。奢っていた自分の心境なども包み隠さず、芽衣子にも聞こえるように。刑事さんはところどころ「一体なんの話です?」なんて言いながらも、私の話に耳を傾けていた。
一通り聴取が終わり、「では相手の方が見つかりましたらまた連絡します」と言って、無骨な
聴取が終わった後、「お疲れ様」と看護婦さんが夕食を運んできてくれた。一瞬、ジャガイモが使われた料理があるんじゃないかと思って身構えたが、料理はサバの塩焼き定食だった。よかった。
トレイを受け取り、看護師さんが病室を出ていく時、扉に手をかけながら「そういえば」と言いながらこちらを向いた。
「湯浅さん、テーブルの上のそれ、そのままで大丈夫かしら?」
「え、なんです?」
「その可愛いお芋。そのままだと腐ってしまうんじゃないかなと思って」
看護師さんがテーブルの方を指差す。その指は芽衣子を指しているようにも見えた。彼女はカーテンの陽光で眩しく、輪郭はぼんやりとしているが輝いているようだ。綺麗な芽衣子。こんな芽衣子をあの看護師さんは、芋女とでもいうのか。
「なんてこと言うんですか!」
「え、なに? ご、ごめんなさい。そんな大事なものだったなんて知らなくて」
「早く出てってください!」
いそいそと扉から姿を消した看護師さんを傍目に、芽衣子がくすくすと笑う声が聞こえてくる。
「え、な、なに?」
「いや。そんなに怒らなくてもと思ってさ。でもありがとう」
「そんなことないさ」
「よかった、優しい湯浅君に戻ってくれて」
ふふ、っと芽衣子の笑う声が漏れ聞こえてくる。そうだ、芽衣子にはだいぶ酷いことをしてしまった。だから、そう、芽衣子に一つ確認しなきゃいけない。
「ねえ、芽衣子」
「なあに?」
「あれは君が置いていったのかい? やっぱり不気味になって?」
「一体なんのことを言っているの? 湯浅君」
あれほど明るかった昼間の光は徐々に翳り、窓の外は夕方を迎え暗くなってきていた。窓から差し込む光はスッと消え、部屋の中は薄暗い。風が入ってくるのだろうか、なんだか薄暗い。
「ねえ、湯浅君、一体なんのことかしら? ねえ、ねえ」
芽衣子の声は止まない。優しく、冷たい、あの吐息が私を包む。
『ねえこっちを見てよ』
芽衣子の声は止まない。だから。
なあ、芽衣子。
『なあに?』
なあ、芽衣子。
『なあに?』
なあ、芽衣子。
呼びかけるが、あの声の返事はなかった。
どうしてだか首がまわらないせいで、芽衣子の方を向くことはできない。
頭はどんよりと重く、何か得体の知れない物が頭いっぱいにゴロゴロと詰まっている感じだけが、静かに残っている。
<了>
ポテトヘッド 蒼井どんぐり @kiyossy
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