3/4
地獄の饗宴のような世界から抜け出し、居酒屋の外に出た。酔いが回っているせいか、あの異常な光景に目に焼きついているせいか、視界の色が妙に赤い。ベタついた血の赤。その赤。黒くて赤い。街灯に照らされた道を歩くと、夜道をスタスタと歩く
「み、見るな!」
突然自分の口から叫び声が漏れた。どうにも自分が今地面に立てているような気がしない。逃げるように必死に夜道を走った。あの赤黒い血の残像は目に焼きついたまま。
自分の頭がどうにかなってしまったのだろうか。助けてくれないか。誰か。
気づくと自宅の扉の前に立っていた。「ただいま」と声を出そうとすると声が掠れていることに気づく。酒で焼けたのだったっけか。いつの間に喉がやられたのかも、すでにわからない。
今自分が立っている世界が元の世界なのかもわからない。何か、今現実に戻ってきているのだという確信が、実感が、欲しい。ちゃんと無事、いつものように帰って来れているのだと。
そうだ、芽衣子。
リビングは電気がついていなく真っ暗だった。芽衣子どこだ。芽衣子。視界が揺れ、一気に重力をなくしたように目の前の景色が上にずれていく。体の力が抜ける。手が届きそうな適当な場所に手をかけると、目の前にあった冷蔵庫の扉に手がかかった。
扉が静かに開く。冷気に包まれた中にひっそりと佇む
「そんなところにいたのか、芽衣子。どうした? 寒いじゃないか」
凍えそうな
『どうしたの湯浅君? そんな焦ったような顔をして。今日は研究で遅くなるんじゃなかったの?」
「そう、いや、違うんだ。ただ、うん、芽衣子と話したくなった。話を聞いてもらいたくて。怖くなったんだよ」
『一体どうしたの? 大丈夫。いつも話は聞いてあげるって言ってあげてるじゃない』
「ごめんよ芽衣子。今日、僕は君を裏切ってしまったんだ」
『どういうこと? ゆっくりでいいから、説明して。聞いてあげるから』
「今日実は芽衣子に黙っていたことがあるんだ。研究で遅くなったんじゃなくて。違くて。そう、ごめん芽衣子。やっぱり君がいないと僕はダメになってしまうみたいだ」
うまく言葉が出てこない。地獄から一心不乱に駆けてきた夜道の中で浴びた視線とは違い、今の芽衣子の視線はさらさらと冷たい。でも、どこまでも私を優しく包んでくれそうな眼差しは海のようにずっと懐が深かった。謝らなければいけないのに。黙って、ずっとその表情の深さに引き込まれたくなる。
『大丈夫よ。あなたは大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫』
「ああ、芽衣子」
私はぎゅっと小さな彼女の頭を抱きしめた。
「な、何してるの?」
声がした方向に頭を向けると、扉の傍にも芽衣子が立っていた。寝ていたのだろう、服装はパジャマ姿だ。頭には
「あれ、め、めめ、め芽衣子?」
「湯浅君、一体、何に話しかけてるの? それ、何?」
頭を
「あれ、顔はどうしたんだ、めめい芽衣子」
「いったい何を言っているの?」
『私はここよ。湯浅君』
頭のない
「ねえこっちを見てよ」
『ねえこっちを見てよ』
二つの芽衣子が私に喋りかけてくる。二つの芽衣子が二つの目で私をじっと見つめている。私を憐れむような視線。やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。やめてくれやめてくれ。
私は逃げるように、
駅に向かい、ただひたすらに走った。道ゆく
と思うと同時にドンと何かにぶつかり、私は仰向けに転んでしまった。目がチカチカする。打った腰をさすりながら目を開けると、目の前には
「兄ちゃん、突然ぶつかってきて、なんなの?」
ホクホクと
さっきまで恐怖していた滑稽な景色を改めて見つめ返すと、なんだか笑えてきた。
「ヘラヘラしてるんじゃなくて、まずは謝れよ、おい」
もう一個の雑に皮が剥かれた
「えー、兄ちゃん、俺たちのこと舐めてんの?」
今の痛みでだいぶ頭がさっぱりしてきたようだった。だんだんと頭が冷静になり、じっと目の前の芋をよく観察できた。見れば見るほど
頭がだいぶクリアだった。ひたすらに駆けていて、きっと酸素が脳に行き届いてなかったのだろう。今は頭の中の痛みや痙攣もなく、肩も軽い。
気分がいい、そんな気がする。そう、そういう時は料理でもしようそうしようそうしよう。
まずは目の前の
いい感じに仕上がってきたところで突然体が後ろに飛ばされて、殴りつけられた。起きあがろうとすると目の前にさっきの
「何しやがんだぁ! てめえ!」
声が聞こえ、腹や顔に痛みが走った。何が起こっているんだろう? 芋男に殴られているのか。芋に? というかなんだ、芋男って。
遠くから、なぜか芽衣子の声が聞こえてきた気がする。耳も痛いな。痛い。目の前で激しく動く滑稽な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます